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敗北の味

「依吹っち! 一緒に──どこ行くんだ?」


 三限目が終わり、ジャージを持って日南さんの元に向かう。


「日南さん、少し話したいことがあって。一緒に行かない?」

「構わないわよ。行きましょう」


 小夏に先に行くねと声をかけて、日南さんと二人で更衣室に向かう。


「それで、話って何かしら」

「私に好きな人がいるって話、できれば黙っていてほしいなって」

「そう。黙っていればいいのね」

「誰にも話さないでね」

「もう話したわ」

「まだ話していない人に話さないで」

「話さないわ。あなたの事知らない人にあなたの話をしたところで意味ないもの」


 この時ばかりは私の交友関係の狭さに感謝した。


「じゃあ知っているのは大澤さんとあゆちゃんと七木さん?」

「あとれん翔真しょうまりょうと中原ね」

「そ、そんなに……」

「白葉さんと小夏さんには話していないわ」

「それにしてもだよ。二人きりの場での話って、その人の事を信頼して打ち明けている事もあるから、あまり言いふらしたりしないでね」


 日南さんは反省の色は全く見えず、いつもの調子で澄ました顔で澄ました声で、非を感じさせずに言い放つ。


「なら言いたくない事はあらかじめ言っておくことね。あなたが宇河をうざがっている事は言っていないもの。そもそも聞かされた方も一々気にする義理なんてないわ。それに、まともに話すようになって然程時間も経っていない人にする話なんて、大したことないものよ」

「信頼関係に時間なんて関係ないよ。今回は釘を刺さなかった私も悪いけど、あまり気にせずペラペラと人の事を話したら誰も話してくれなくなるよ。実際、日南さんは口が軽いからあまり大切な事を話さないようにって、何人かに忠告受けたから」

「でも、忠告を受けたという事は、それを知った上で私と付き合う人がいるということよ」

「そういう事じゃなくて──!」


 日南さんは呆れた横顔を見せて、軽く息を吐くように言葉を吐く。


「あなたとはとことん価値観が合わないわね」

「今はそういう話をしたいわけじゃなくて──」

「話は終わったのでしょう。ならどんな話に切り替わろうと自由じゃない」

「そういうのははぐらかしって言うんだよ。口止めされたされてないに関わらず、話題を口にする前に言っていいかどうか考えるべきだよ。日南さんだって、勝手に好きな人がいるって広められたら良い気はしないでしょう」


 日南さんは足を止めると、まるで面倒くさいと言いたげに息を吐いて、真っ直ぐに伸びていた体は歪み、視線を上げた。


「何とも思わないわ」


 それが日南さんだってようやく身に染みた気がした。何を言っても無駄。良くも悪くも自由で、自分基準で動いている。


「依吹さん、静かだものね。きっと中学では目立たないような子だったのよね。だったら分からないわよね。勝手にありもしない噂を流される日々」


 日南さんはゆっくりと近づいてきて、接触しそうなほど近くでようやく足を止める。私よりも高い身長を活かし、見下げるように私を見つめる。

 あえて威圧を強くしている。正直この異様な雰囲気に緊張している。でも、悟られないように、負けないように、日南さんから目を離さない。


「嘘を流されることに比べれば事実なんてどうでもよくないかしら。私が話したことであなたは何か不利を被ったかしら?」

「少なくとも良い気はしない」

「そう。ならなぜあなたは大して仲良くない私にあんな話をしたのかしら? 所詮はその程度よ。きっとあなたはあの場にいたのがあゆであろうと大澤であろうと純蓮であろうとしていたでしょう」

「日南さんの言葉が力になると思ったからだよ。ずっと悩んでいた。だからこそ、そういうさっぱりした考え方をする日南さんの言葉が必要だと思ったの。一緒に話して、一緒に遊んで、心配してくれた日南さんのこと、私は仲良くないなんて思っていなかった。少なくとも、私は日南さんに友情を感じていた。だから話したんだよ。日南さんだから。それを裏切らないで」


 日南さんは口を開けずに深呼吸をし、目を閉じた。


「そう。少なくとも私はあなたを友人とは思っていない。という事を付け加えたら、あなたはどう思うの? 怒るのかしら?」

「怒っていないと言ったら嘘になる。でもそれは、友人じゃないって言ったことに対してじゃない。それと日南さんは、今朝私の事を友人って言っていた」


 日南さんは若干口角を上げて笑った。


「怒られたのは初めて。案外いいものね。依吹さん、私はね、必要なら簡単に嘘を言うのよ」

「喜ぶことじゃないよ」

「ええそうね」


 更衣室に行くまでの道のり。もちろん廊下。友達同士で話している人も、授業で移動している人も、トイレに行く人も、他にも色んな用事や息抜きで多くの学生が往来している廊下で、私は日南さんにキスされた。

 話し声や靴音で騒がしかった廊下が、その一瞬全くの無音になり、次第に小さな声が響き始める。


「な、何……なんで⁉︎」

「あなたも恥ずかしがるのね」

「答えになってないよ⁉︎」

「お互いのよく回る口を閉じただけよ。それと、お詫びね。仮にあなたの噂が広まったとしても、今この話題より勝るものはないわ」


 日南さんはおかわりと言わんばかりに再びキスをする。もっと深く、強引に。

 満足したのか、まるで無邪気な子どものように笑って、歩き始めた。


「依吹さん、早く来なさい。授業に遅れるわよ」


 本当に自分勝手な自由人で、変な感情を抱かされる。これが負かされた気分というやつなのだろうか。

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