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事故だった

 授業が終わると、皆先生から呼び出されて、教卓の前で注意されていた。

 あまり反省の色が見えないものの、授業もあるし、言うべきことは言ったのか、先生は教室を出ていく。


 私はようやく終わった〜みたいな表情を浮かべる皆に近づいて、頭を下げる。


「ごめんね。私のせいで」

「いいよいいよ。勝手に乗っけてったのあたし達だし」

「苦しくしてたようならごめんね藍川」

「ううん。よく寝れたよ。ありがとう」

「ところであなた、ジャージは持ってきてるのかしら?」


 日南さんにそう言われて、家に置き忘れたことに気づく。


「あ〜。忘れちゃった〜」

「今日の依吹ちゃんダメダメだね〜」

「面目ないです」

「私は持って帰ってないからちゃんとあるわよ」


 少々誇らしそうげな涼しい顔を見せる日南さんに、何言ってんの? という表情を皆向ける。


「汚いよ沙雪」

「あら、一週間洗ってないくらい、私は気にしないわ。それとも私は臭いかしら? 少なくともあゆよりはいい匂いよ」

「ひっど! 熟成された汗と今朝の汗だったら、今朝の汗の方が綺麗だよ!」


 日南さんとあゆちゃんが言い合っているのを横目に、小夏は心配そうに私に話しかける。


「借りれる人いるか?」


 正直私は皆のような広い交流関係を持っていない。借りれるとしたら、去年のクラスで交流のあった人達くらい。


「中原君か篠原君にお願いかな……」


 そう言うと、皆の顔が引き攣った。


「やめときなやめときな。いつ洗ってるかも分からない汚ったないジャージ。沙雪のより酷い」

「失礼ね」

「ついておいで。うちが友達に持ってないか聞いてあげる」

「そ、それだったら私が!」

「純蓮よりうちの方が友達多いし」


 すみちゃんは事実が故に何も言えず、悔しそうにしている。


「でもそんな、悪いよ」

「気にしない気にしない。ほら、おいで」


 大澤さんに引っ張られて、各クラスを巡る。

 部活は専用のユニフォームがあるし、やっぱり体育がないと持ってこないのか、どの人にも謝られる。

 話を聞いていた男子がたまに貸そうとしてくれたけど、いつ洗ったのか分からないジャージを貸そうとするなと大澤さんに一蹴されていた。


「仕方ないから後輩当たってみよう」


 一年生の教室に行き、同じようにジャージ持ってないか、大澤さんが聞いている。

 横に立って軽く大澤さんに紹介してもらっていると、メガネをかけた女の子が近くまで寄ってきて、顔を覗きこんだ後大きな声を出した。


「間違いありません! 藍川先輩ですね! お久し──ああいえ、わたしが一方的に知っているだけなので初めましてですね! 会えて光栄です! わたし、藍川先輩と七木先輩追っかけてこの高校に入ったものです! 会えて感激です!」

「え、あ、それはどうもありがとう」


 後輩ちゃんはとにかく早口で捲し立ててきた。何をそんなに興奮しているのか、正直私にはまだその要素が見当つかなくて理解ができない……ん? 七木先輩?


「藍川先輩がこんなおしゃれ自由度の高い陽キャが好んで行くような高校に行ったと聞いた時は心臓が飛び出るかと思いましたが、今の先輩見て、何も変わっていないようで心底安心しました! つるむ友達はキラキラ系になってて少々ショックではありますが! そんな藍川先輩がこの高校に来たのは七木先輩についてきたからなんですね! そんなお二人の愛がわたし大好きです! 七木先輩がフリーになったとかそんな話聞きましたけど、嘘ですよね! 先輩別れてないですよね! 別れてたらわたし泣いちゃいますよ! 推しカプを追ってこんなに努力した結果が破局だなんて泣いちゃいます! いぶすみはまだありますよね!」


 目が異様に澄んでいて、決して希望を諦めない、というより、それ以外受け付けないという固い意志を感じる。彼女の熱量はそんな澄んだ目からも、声量からも、声の速さからも、言い切った後の上下に揺れる肩からも感じ取れる。


 そんな熱い彼女とは逆に、私は氷点下レベルで冷えきり、変な汗までかいてきた。

 すみちゃんはずっと、私達の関係を隠したがっていた。恋人や幼馴染どころか知り合いだったことすらも。一度私が勝手に瀬野君に同じ中学ということをバラした事あるけれど、あれ結局、すみちゃんが後から私がその場でついた出まかせで説得力を持たせる為とかなんとか言って誤魔化したらしいし、とにかく本当にバレるのはまずい。


 でもこの子、絶対同じ中学の子だ。そうとしか考えられない。この場合どうすればいいのすみちゃん! 


「あの! ごめんね、私ジャージ忘れて。借りないといけなくて。時間もないし」


 対処法が分からないならとりあえずはぐらかすしかない。


「ジャージ忘れたんですね! いいですよわたし持ってますし今日体育ないので! いやー良かったです! こんな良いこともあるんですね! 何時間目ですか?」

「えっと、四時間目」

「では昼休みに返しにきてください! もしよろしければ七木先輩とご一緒に!」

「え、いや、洗濯──」

「不要です! 使用済みのまま返してください! あ、もちろん貸すやつは洗濯済みなのでご心配なく!」


 押し付けられる形でジャージを貸され、呆然としながら大澤さんと一緒に戻る。


「藍川さ〜、純蓮と付き合ってたの?」


 心臓がキュッと締め付けられる気分。結構早口だったし、もしかしたら聞かれてないかなって一縷の希望は持っていた。けどそんなもの、最初から存在していなかった。


「気のせいではないでしょうか……」


 それはそれとして、すみちゃんに後で言い訳できるように多少の抗いはしておく。


「藍川先輩に七木先輩。あといぶすみとか言ってたし、流石に無理あるでしょ」

「お──大澤さん、カプ名とかご存知なタイプで……」

「いや、普通に変な単語だったから、前の話から推測して、藍川と純蓮の名前をくっつけた呼び名なんだろうなって。で、付き合ってたの?」


 ごめんすみちゃん。これは事故だった。


「言わないでね。誰にも。七木さん嫌がるから」

「じゃあ二人が中学の頃から高一まで付き合ってた人って、お互いの事だったわけね。だから藍川と純蓮がやたら元気ない日あったのか。あれ別れた時だったんだね」

「私からは何も言えません……」

「聞いてたのが沙雪じゃなくて良かったね。沙雪なら速攻純蓮の顔を見た瞬間、あなた達って付き合ってたのね。って言うからね」

「そこに関しては大澤さんで良かったと心底安心してる……」


 ジャージを借りられて一安心のはずだったのに、私は今日一重い気持ちでいる。


「とりあえず、あゆと沙雪にはバレないように気をつけなね」

「あゆちゃんも?」

「だってあゆ、藍川の事好きだし」

「それは知ってるけど……」

「てか藍川の好きな人というか両思いな人って純蓮?」

「なんにも言えません」

「まあそうなら、あゆにバレたらまじで面倒な事になりそうだから隠しなね。うちも気をつけるから」


 なんで付き合って翌日にこんな目に合わないといけないのだろうか……。これが運気調整というやつなのだろうか……。

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