眠気
学校に必ず一人くらい、誰もが知っている人気者がいるだろう。その我が校の人気者が私の恋人兼彼女兼ガールフレンド兼愛しい人兼好きな人兼幼馴染の七木純蓮ことすみちゃんだ。
付き合って初めての朝。本来ならば一緒に登校したかった。したかったのに、私は珍しくやらかしてしまった。
昨日帰ると、兄が私の部屋でずっとメソメソしていて、聞いてもいない破局話を永遠と夜中までされた。
そう、昨日我が家の人間に、成就と破局、相反する二つの出来事が起きていた。
正直兄の破局に関してはどうでもよかった。そもそも彼女いたことすら初耳だったのもあって、大して話を聞いていなかったけど、とにかくそのせいで寝られなかった。ただでさえ浮ついていた心だったというのに、追い討ちのように兄の妨害を受けた私が寝られたのは、ほんの少し外が明るくなってるかな? って錯覚する時間帯だった。
朝ごはんも食べず、髪も整えず、とにかく歯磨きと着替えだけ済ませて全力で駆けた。
乗り換えの間ですら、もしかしたら一本早いのに乗れるかもと、ありもしない希望を抱いて駆けた。
学校までも駆けた。
チャイムが鳴り終わったタイミング、ギリギリアウトで滑り込んだけれど、先生の温情で見逃してくれたのか、特に何も言われなかった。
せいぜいクラスの人の視線を一身に浴びたくらい。
「どうしたの今日? 遅かったね」
「ちょっと兄に邪魔されて寝不足で……目がしょぼしょぼする……」
「眠いのか⁉︎ 寝ろ寝ろ。寝るのが一番だ」
「生理重いってことにして保健室で寝かせてもらったら?」
「うーん。本当になった時困りそうだから大丈夫」
「ならここで寝ろ! 一時間目はなっちゃんだから寝ててもそんなに怒られないぞ! これ枕にしていいぞ!」
小夏はブレザーを折りたたみ、私の机に置いた。引き寄せられるかのように力を抜いて向かうと、ゴッという鈍い音と共に額に痛みが走った。
「うぇ〜」
「こんな情けないいぶっちゃんの声初めて聞いた」
白葉ちゃんは自分のブレザーで小夏のブレザーを包み込み、机に置いたあと何度か叩いた。
よしっ。と声が聞こえたので、再び顔をダイブさせる。今度はボフッという音のみが聞こえ、柔らかい感触に包まれた。
「どしたの依吹ちゃん〜おねむ〜?」
「ん〜」
身体が睡眠モードに入り始めたのか、まともな返事ができなくなっている。
「わたしブレザーないんだよね〜。ブランケット貸してあげる」
膝に掛けられた感覚がした後、じゃあ私もと、背中に上着的なのを掛けられた感覚がした。
「え、何、こっち見て。なんかあげろってこと?」
「もう十分でしょう」
大澤さんと日南さんの言葉を最後に、いつの間にか私の意識は落ちていた。
息苦しさを感じて意識が戻った時、ここは学校なのかと錯覚するほど真っ暗だった。
慌てて上半身を上げると、私の身体からジャージやブレザーやブランケット、色々落ちていく。
こんなに重ねられていたのかと、視界が暗かったことにも、息が苦しかったことにも納得はいった。
ただ、その瞬間をちょうど名津先生が見ていたのもあって、新手のイジメに遭っていると勘違いされてしまった。
「誰のこれ。こんなにたくさん。それぞれ取りにきて謝りなさい。息できなくなったらどうするの!」
「はーい、ごめんなさーい」
あゆちゃんが立ち上がって膝に掛かっていたブランケットを回収すると、各々立ち上がって私の元に来た。
先生の本当になんてことをしているのって小言を聞きながら、皆あまり心のこもっていないごめんなさいを、体裁上、私というより先生に言いながら回収していく。
そんな中日南さんだけは、ごめんなさいではなく、よく眠れたかしら? と聞いてきた。
「おかげさまで」
「顔に掛けたら危ないでしょう」
「寝たいと言うので、暗い方が寝れると思っただけです。殺すつもりなんて微塵もありません。友人ですもの」
「つもりがなくても死んじゃったらどうするの」
「その前に起こすつもりでしたので」
日南さんはそう言って、飄々としながらジャージを片手に自分の席に戻っていった。
「大丈夫藍川さん。いじめられてたりしない?」
「大丈夫ですよ。今回は皆気遣いがいきすぎただけなので」
「そう? 何か悩みとかあったらちゃんと裏でもいいから言うのよ」
「分かりました。でも今は大丈夫ですので。ありがとうございます」
先生は授業を始め、ある種の緊張感ですっかり眠気が覚めて私としては結果オーライにはなった。皆はちょっと、先生に目をつけられて散々だっただろうけど。




