できるというよりしたい
「依吹ちゃんは、ちゃんとその人のこと好きなの?」
「うん。好きだよ」
あゆちゃんが泣き止んだ後、私達はフードコートに移動して、飲み物片手に席についた。
「分からないとかじゃなくて?」
「あゆちゃん、日南さんにどこまで聞いたの?」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。この調子じゃ全部知られている気がする。
「沙雪にペラペラ話さない方がいいよ。ポロって出した瞬間まあいっかで全部話すからね」
「今すごく実感しているから今後は気をつけるよ。それで、続けるけど、もう、分からないは脱したよ。好き好き言われて、応えようと思って好きになったんじゃないかってずっと分からなかった。だからね、お願いしたの。私に、好きな人というフィルターを外して接してみてって」
「中々酷な事を強いたね」
「それは思う。酷だし、難しい事。その子はね、結局上手くできていなかった。いや、もしかしたらできていたのかもしれない。でも、私は余裕でいられたの。この子はずっと私の事好きなんだなって。いつもと違う一面をちょこっと見せてもらっただけ。でもね、その事がある意味私の中で確信に繋がった。その子が私をずっと好きでいるように、私もその子がどんな一面を見せようと、この余裕は揺らがない。それってつまり、私もその子のこと好きだから、好いてもらえる余裕を素直に受け取れるのかなって。きっかけは気持ちを知ったからかもしれない。でも、きっかけがなんでも、好きに嘘がないのならそれだけで十分だって」
あゆちゃんは飲み物を持って私の隣に座ると、見せつけるようにため息を吐いた。
「依吹ちゃんは酷いね。振ってすぐの相手に好きな人の話をするなんて」
「え⁉︎ あ、ごめんね!」
「キスしてくれたら許してあげる」
「えっ、うーん」
これはしてもいいのだろうか、ダメなのだろうか。口じゃなくて頬とかなら……。そもそもすみちゃんとも付き合っていない時にしたことあるし、あゆちゃんがダメっていうのもそれはそれで……。いやでも、好きな人がいると話した手前、うん分かったでキスしたらそれはそれでとても軽い女になってしまう気が……。
「冗談。そんなに真剣に悩まないで」
「面目な──」
さっきよりも短い時間だけれど、一瞬私の息が奪われた。
「したいと思ったなら、自分からすればいいんだもん」
「あ……あゆちゃん……」
「ビッチとか言わないでよ。わたしキスしたことあるの依吹ちゃんだけなんだから」
「いや……そういうのでは……」
「友達とかがこんなこと言い出したら絶対止めるし、何馬鹿な事言ってんのって言うんだけどね、わたし、二番目でもいいよ」
「…………ん?」
多分今の私は結構滑稽な顔をしていると思う。二番目でもいい。そこから推測される事が少々インモラルな為、本当に想像している事であっているのか、いや、できれば合っていないでくれと祈っている。
「浮気でもいいよ」
速攻祈りが拒否されて現実を返された。
「いや、ね、ほら……」
「女同士なら、結婚とか妊娠の心配とかないから。依吹ちゃんが好きなのが男なのか女なのか知らないけど、男と浮気するよりかは問題も少ないしセーフかなって」
どっちにしたってアウトでしかない気がするのだけれど。
「ほら、ね。あまり世間的に良くないから」
「世間気にしてたら女の子好きになれないよ」
「いやーそれとこれとは違うような……。その、ほら、付き合っている人が浮気してるとか、されている方も気分良くないでしょう」
「じゃあその人にお願いしてみるよ。依吹ちゃんの好きな人って誰?」
あゆちゃんが中々どころか手強すぎる。浮気はダメな事って言っても今の恋愛脳全開のあゆちゃんには一切効かない。
そもそも好きな人がすみちゃんとも言えないし。言ったら尚更あゆちゃんやる気満々ですみちゃんに直談判しそうだし。そうなるととんでもない修羅場生まれそうだし。絶縁かまさかの二股コースのどちらかになりそうだし。そもそも私まだすみちゃんと付き合ってすらいないのに。
「その、私は一番とか二番とか差をつけたくないし。どちらかを優先したらどちらかを放っておくことになるでしょう。理解していてもきっとどこか寂しいだろうし。私はそんな気持ち抱かせたくない。だから、浮気はできない」
こんな振り文句を言うとは、今まで一度も思わなかったし、普通に生きていれば一生思わなかっただろう。
「そっか……」
あゆちゃんは全身を脱力させ、哀愁漂わせて口角を少し上げた。
「依吹ちゃん」
あゆちゃんは私の目を見て、私の手を取って、自分の頬に沿わせる。
「わたしは、まだ諦めないよ。諦めきれないから。だからね、もし、依吹ちゃんが好きな人と上手くいってなかったら、わたし依吹ちゃんの事奪っちゃうからね。あと、浮気したいなって思ったらいつでも言ってね。わたしは待ってるよ」
一度言葉が詰まって、飲み込んで、声を出す。
「次の恋を見つけて。なんて言えない。諦めるも、諦めないも、あゆちゃんの自由。でも、この我儘だけはお願いしたい。縛られないで。あゆちゃんが歩き出したくなったらそれでいい。その相手が私であろうと、他の人であろうと。だから、今日という日を、私に恋した日々を苦いだけの思い出にしないで」
「……うん」
あゆちゃんは穏やかな顔をして、ほんの少しだけ涙を溢した。
◇◆◇◆◇
スマホが鳴る。現実が私達を呼び戻す。
あゆちゃんは急いでトイレに入り、泣き跡や崩れた化粧を直す為にポーチの中を広げた。
「ねえ、依吹ちゃん」
化粧が済んで、皆が待っている場所に向かう中、あゆちゃんが声をかけてきた。
「今度デートしようね」
「……友達として?」
「片思いの女の子とその相手として」
「それは中々に楽しくて酷なデートになりそうだね」
「でもきっと、良い思い出にはなるよ」
「そうだね」
皆の元に戻ると、ただの日常に帰って、友のように私達は接する。
私達の関係性が変わった事を知る人はここにはいない。それがちょっと不思議な感覚だった。
◇◆◇◆◇
じゃあまた学校で。その言葉で私達は各々帰路につく。
家の最寄りに着いてから、私とすみちゃんは横並びになった。
「ど、どうだった? 素っ気なくできてた?」
すみちゃんが恐る恐るといった感じで聞いてくる。きっと、自分でも自信はないのだろう。
「頑張りましたかな」
「え〜。すっごい我慢したのに」
「でも、知りたいことは知れた。それに関してはよくできましたをあげたい」
「そっか。それなら良かった」
気づくとすみちゃんの家が目の前にある。いつもなら門の前まで止まらず進むけど、今日はほんの少し手前で止まる。
「どうしたのいぶ?」
少し先に進んだすみちゃんが、不思議そうに全身振り返った。
「ねえ、すみちゃん。今日から幼馴染って関係やめない?」
しばらくの沈黙が私達に流れる。すみちゃんはしばらく呆然とした後、私の側に駆け寄って、縋るように私の両手を握りしめる。
「何か怒らせちゃった? ごめんね。もう、やらないから」
「そうじゃなくて」
すみちゃんの手を握る力が弱まる。低くした腰を伸ばして、なるべく私と目線を近づけようと背筋を伸ばした。
「彼女になりたい」
じっとすみちゃんの目を見つめる。瞼がより一層開いて、瞳孔が開いて、胸が膨らんで、息が浅くなって、力が強くなって、顔が、耳が、手が、全身が真っ赤になっていく。
「私は、すみちゃんが好きです。付き合ってください」
瞳が濡れて、ポロポロと溢れていく。
手を一層強く握り返すと、驚いたように離して、涙を拭う。
「ほ、ほんとに? 私にずっと好きって言われたからとか、私が付き合って欲しいからとかじゃなくて」
「心の底から好きです」
すみちゃんは何度も何度も目を擦る。涙を拭っているようにも見えるし、真っ赤になった顔を隠そうとも見える。
「じゃ、じゃあ、キスできる?」
私は顔に触れているすみちゃんの腕を退けて、グロスが落ちかけたその唇にキスをする。
舌も呼吸も入らない。ただ心音だけが聞こえる、まるで止まっているかのように錯覚する時間を作り出す。
「できるというより、したいかな」
固まっているすみちゃんにそう声をかける。
すみちゃんはズルズルと地面にへたり込み、私も屈んですみちゃんの高さに合わせる。
「私も、好きです……付き合ってください……」
すみちゃんは絞り出すように、小さく告白した。
「喜んで。すみちゃんは?」
「ずっと、待ってました」
「嬉しい」
すみちゃんが立てるようになるまで、ずっと二人並んで手を繋ぎながら地面に座る。
見上げた夜空に大して星は見えないのに、満点の星空以上に輝いているように見えた。




