辛み分け
カフェから出て、私達は近くのショッピングモールに入った。
「うわ〜新色出てる〜」
「いいじゃん。あ、これ話題になってたファンデ」
「え〜どれどれ〜!」
あゆちゃんと大澤さんはコスメショップで盛り上がっている。
「純蓮は何を探しているのかしら?」
「サンダルが欲しくて。いいのないかなって」
「それならあなたに合いそうなやつさっき見かけたわよ」
「ほんと⁉︎」
すみちゃんと日南さんは靴屋でお気に入り探しをしている。
「このサイズじゃ大きすぎるか」
「Lサイズか?」
「Mサイズ」
「白葉っちでM大きいならあたしその服着れないな。Sサイズですらブカブカになりそうだ」
「こなっちゃん服欲しいの?」
「今は財布欲しいな。失くしたから封筒からお金出すしかないんだ」
「どこにやったの財布。ちゃんと見つけるんだよ」
「帰ったらまた探すぞ」
「そうしな。ついでに掃除もして。まあ、新しく買うのは賛成だけどね。あたしもイヤリング見たいし雑貨屋行こ」
「おう! 依吹っち行くぞ!」
小夏は店から出て少し様子を見ていた私に駆け寄って声をかけた。
「あー。いいよ。二人で行っておいで」
正直、オシャレとかイマイチ分からない。私の判断基準は王子様っぽいか、そうじゃないかだったから。
こういうのは、語れる人同士でいた方が変な気遣いをしなくていいでしょうし、二人で行ってもらうのが得策。
「そうか? 本当に行っちゃうぞ?」
「うん、いいよ。私は私で見たいのあるから」
「そうか? じゃあ、行ってくるぞ。迷子になったらちゃんと電話するんだぞ」
「うん。分かった。行っておいで」
小夏は両手で握っていた私の手を離して、白葉ちゃんと二人で雑貨屋に向かった。
私もああ言った以上は移動しないといけないので、適当にショッピングモール内をプラプラと歩く。
深く息を吸って、吐いて、目に入ったソファに座る。
家族サービスで来たのか、少々お疲れ気味のお父さん達と並んで座って、高い天井を見上げる。
また新たに連れの買い物が終わるのを待つ人が来たのか、私の横に誰かが座った感覚がした。
首を定位置に戻し、少しズレた体制を直すと、横から声をかけられた。
「あ! 依吹ちゃんいたー! どこ行ってたの?」
紙袋を持ったあゆちゃんが、近づいて私の顔を見ていた。
「ちょっとソファで休んでた。大澤さんは?」
「ヘアカラー見てる。次はオレンジにするんだって。わたしもそろそろヘアカラー無くなるから色変えようかなって思うんだけど、中々次が決まらなくて」
「そっか。でも、あゆちゃんの今の桃色もとても綺麗で可愛らしいと思うよ」
「……そう?」
「うん。でも、あゆちゃんがしたい色ができたなら、それはそれで別の可愛さが生まれるとは思ってるよ。あゆちゃんセンスいいから」
あゆちゃんは紙袋に手を入れると口紅を、鞄のポーチからはリップブラシを取り出した。
「じゃあ、そんなセンスのいいあゆちゃんが、依吹ちゃんに手を加えてあげましょう」
ブラシに口紅をつけていき、片手を私の顎に添え、頬を指で押す。
「動かないで」
微笑んでいるのに目は真剣で、あゆちゃんは私の唇にブラシを重ねていく。
視線は唇。たまに私と目が合う。徐々に視線が柔らかくなり、ブラシを置いて一度息を吐くと、小さく声を出した。
「ああ、塗りすぎちゃった」
急に顔にかかった力に釣られ、首が、上半身が持っていかれ、唇が柔らかい物にあたり、口が温かく、目を瞑ったあゆちゃんの顔が近くにあった。近すぎて、顔全体を視界に収められない。
ゆっくりと離れると、あゆちゃんの唇の色は先ほどまでとは少し変わり、ほのかにピンクになっていた。
「依吹ちゃん、チークしてないのに頬赤いね」
そういうあゆちゃんは耳まで真っ赤になっていた。
「あ〜どうしよう。どうしようかなー」
あゆちゃんは笑みを浮かべながら、目に潤いを増しながらそう言って、私の手を握った。
「依吹ちゃん、好きな人がいるんだよね?」
「…………え⁉︎ あ、うん」
なんであゆちゃんが……と思ったけど、日南さんしかいないだろうな〜。
「そっか〜。ダメだったか〜」
あゆちゃんの手に落ちた涙が、隙間に落ちるように私の手に落ちて消える。
「あゆ……ちゃん?」
「惚れさせるって言ったのに、また振られちゃったな〜。今度は結構、本気だったみたい。本気で好きだったよ」
ハンカチを持った私の手が、あゆちゃんの顔に触れる前に止まった。
「ごめ──」
「依吹ちゃんは何も悪くないからね。大丈夫。わたし、何度も別れたことあるから。今回はちょっと本気なだけだったから。大丈夫」
笑顔を見せて振る舞うあゆちゃんに何も言えなくて、何もできなくて、私はただ、見ることしかできなかった。
瀬野君の時は周りに励ます人がいた。今のあゆちゃんには誰もいない。こういう時、誰が側にいてあげるべきなのか。
ここは人の往来も視線も多い。私は立ち上がって、あゆちゃんの手を引いて、あまり人のいない奥まったところまできた。
「嫌な事は嫌って言うように、辛い時は辛いって出した方が、きっとスッキリできるよ。私を気遣わないで。我慢しないで」
あゆちゃんの顔からは笑みが消え、代わりに力と皺が入った。何を叫ぶもなく、ただ私の胸に顔を埋めて、嗚咽を出しながら泣いていた。
励ませる人がいない時、一体誰が側にいてあげるべきなのか。それはきっと、その子の好意を受け取れなかった、辛さを目の当たりにした人がいるべきなのだろう。同じ量の好意を持つ事はできない。でも、辛さを理解する事はできるから。
ごめんねあゆちゃん。好きになれなくて。




