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誰もいないシアター

「散々だったわね」


 放課後、日南さんと映画に行くから、当然私は日南さんと下校している。


「まあ、壊れた物はなかったから。壊れたとしても大した物じゃないし」

「あなたは無神経なのか強いのか、一体どっちなんでしょうね」


 日南さんは淡々と言葉を紡ぐ。雑談の一環のつもりなのだろう。


「たまたまだと思うから。たまたま私の机が近くにあっただけ。散々だったのは近くにいた人だと思うよ」

「私はあなたの机だったからだと思うわよ。仮にあの机が私やあゆの物なら、蹴られなかったでしょうね。あなたはこうやって何事も受け入れるから舐められるのでしょう」

「それはそれで私の机でよかったと思うよ。何か壊れちゃ困る物入れている人の机が選ばれなかっただけで」

「そう。でも、嫌な時は嫌って言った方がいいわよ。口に出すだけで案外スッキリするものよ」

「そっか」

「言ってみなさい。別に今ここで言ったところで聞いているのは私だけなのだから」


 私の中の日南さんの印象に、白葉ちゃんから聞いた口が軽いっていうのがあるから中々言い出しづらい。


「どうしたの?」

「いやちょっと……」

「何か私について悪い噂でもあったのかしら?」

「悪いってほどでも……。ただ、日南さんは口が軽いっていうのを聞いたことがあるから」

「あなたの周りには私の事をそんな風に言いそうな人がたくさんいるから、誰が言ったのか見当がつかないわね。別に何でもかんでも口が軽いわけではないわよ。私に関係ない事なら何も話さないわ。興味ないもの」


 日南さんはあまり表情が変わらないから分かりにくいけど、眉間に皺を寄せているのを見ると、あまりその評価を喜ばしく思っていないみたい。

 まあ、口軽いなんて言われて良い気分になる人なんてそうそういないから当然なのだけど。


「じゃあ私と宇河さんの件も日南さんからすれば正直どうでもいいこと?」

「さあ。それは私とあなたの関係次第ね。でも、あなたが私に相談することなんて、白葉さんにも話すことでしょう」

「宇河さんに関してだけは白葉ちゃんに相談できないかな。白葉ちゃん、制御効かなくなっちゃいそうだし」

「そう言えるってことは少なからず悩みがあるのね」


 日南さんは妙に鋭いところがある。本当に白葉ちゃんの言う通りだよ。すごいよ白葉ちゃん。


「ストレスがないと言ったら嘘になるかな。なんであそこまで嫌われるのか、突っかかってくるのか本当に分からなくて。私別に、宇河さんと大した関わりないのに」

「依吹さんに対して仲間意識がないのに、やたらと目につくから追い払おうとするのでしょうね。仲間意識持たれる方も困るのだけれど」


 日南さんはため息を吐き、遠い目をしながら真っ直ぐに歩く。


「日南さん、電車乗らないの?」

「ぼーっとしてたわ。ありがとう」


 電車は他に乗っている人がいるからか、私達の会話は無くなった。でも、一番の原因は日南さんが電車の中で友達と思われる人との会話を始めたから。


「君が日南の被害者?」


 唐突にそう声をかけられて、一瞬自分に声をかけられたと認識できなかった。


「被害者ではないですけど」

「変な事吹き込まないでください先輩」

「ごめんごめん。でもクソつまらない映画に付き合ってくれる子いて良かったね」


 先輩は駅に着くやいなや、そう言い残して降りていった。


「日南さんって、そんなにつまらない映画を好むの?」

「いいえ。私はただ、誰もいないシアターが好きなだけよ。けど、一人だとだんだんと虚しくなるから、こうして誘えるなら誰かを誘っているだけよ」

「趣のある良い趣味だね」

「そう言われたのは初めてね。つまらない趣味や年寄りくさいとは言われたことがあるけれど」

「あまり馴染みがない趣味だからだと思うよ」

「そうね。ある方がびっくりだわ」


 劇場についてから二人で協力して、直近の映画で予約の入っていない作品を探して、予約可能ギリギリまで更新し続けて、誰も入らなかったよく分からない映画のタイトルを窓口でど真ん中の席を指定して取った。


「すごい、本当に誰もいない」

「圧巻でしょう」


 思わず写真を撮ってしまう。入り口から。最後列から。端っこから。どこから撮っても人が映らない。初めての体験で感動を覚える。


 誰もいないシアターで、ちゃんと予約した席に日南さんと並んで座り、ホルダーに飲み物を入れる。


「きっとつまらないわよ」


 そう言う日南さんの言葉には期待が込もっているように感じた。

 結果から言うと、無理やり監督が言いたい事を思い出したかのように詰め込んで、矛盾が発生し、あなたこんなキャラでしたっけ? と思わず言いたくなるような、伏線も起承転結もめちゃくちゃな映画だった。


「とてもつまらなかったわね。今回もハズレたわ」

「人が入らない理由は分かった映画かな。ところで、日南さん何してるの?」


 日南さんは指を折って熊手のようにした手を、一生懸命手首を使って振っていた。


「ビームが出ないかと思ったの」


 さっき見た映画に影響されて実践するなんて、子ども心が全面に出ていて可愛らしいと思える。


「日南さんってお茶目だね。可愛い」


 日南さんは足を止め、私の顔を覗き込んでフッと笑った。


「そういうところがあなたが好かれるところよね」

「それはありがとう」

「どういたしまして。大半のつまらない映画にも、一点くらいは褒めるべき点はあるわ。気に入ったシーンは再現してみたくなるものでしょう」

「そうだね」

「好きな人の為に心臓の血液をビームにして助けるなんて、安っぽい感動場面だったわね」

「言っていることが矛盾している気がするけど、それでも気に入ったんだね」

「ええ。私も好きな人ができれば馬鹿になれるのかと思うと興味が湧くわ」

「どうなんだろうね」

「依吹さんは好きな人いるの?」


 日南さんは少しワクワクした表情で聞いてくる。映画の話の延長線上なのか、それとも単純に恋バナが好きなのか。どっちもありえる。


「いるけど、本当に好きなのかは分からない」

「あなたも矛盾しているのね」

「その子は私の事が好きなの」

「両思いじゃない」

「でもね、私はその子が好きって知ったから好きになったんじゃないかなって。本当は好きじゃないかもしれないって」

「別に好きでいいじゃない。あなたは単純なくせに難しく考えるのね。好きって言われて好きになるなら、その人が好きである限りあなたも好きでいられるのだから何も問題ないじゃない。私はいくら好きって言われても好きになれなかったわ。好きになれるだけ儲けものよ」

「でも、好きに差ができるかもしれないから」

「そんな事一々考えてたら一生付き合えないし、付き合ったところで疲れるわよ。合わなかったら別れればいいじゃない。私は適当に選択して、気持ちに従って別れたし部活も辞めたわ。けど何も困っていないわ。後悔もしてないわ。別に別れたら終わりじゃないのよ。今好きってことが大事じゃないのかしら?」


 日南さんは結構さっぱりしているけれど、それはそうなのかもしれない。こんなに考えている私の方がきっとかなりの異端なのだろう。


「そうかもしれないね」

「あまり響いてなさそうね。あなた大澤みたいね。恋愛を神格化してる。恋愛なんて、ちょっと関係を弄るだけじゃない。頼まれて偽で付き合うことはできるのに、本当に付き合うとなると慎重なのね。結婚するわけでもないのに」

「それはそうだけど」

「ちなみにあなたが好きな人ってあゆ?」

「ええ⁉︎ 違うけど⁉︎」


 なんで急にあゆちゃんが出てきたんだろう……?


「あら、じゃああの子は失恋したのね。でもきっと気にしないわよ。一度あなたに振られた身だしね。チャンスがあればくらいだったでしょうし。恋愛なんてこんなものでいいのよ。重い感情で付き合うと、それはそれで相手に負担を掛けると思うわ。それとも、相手の好きはあなたをそこまで悩ませるほど重いのかしら?」


 どうしよう、なんか色々と頭に入ってきて上手く整理ができない。あゆちゃんが私の事好きだったとか、恋愛云々とか。


「なんか、頭がパンクしそう」

「整理できたら単純だったって思うわよ。あなたが複雑化しているだけで事実なんてそれほど多くないのだから。色々話していたら外に出たわね。夕食は外と家どっちで済ませたいかしら?」

「整理したいので家で」

「そう。じゃあ帰りましょう。今日は付き合ってくれてありがとう。また行きましょう」

「うん。こちらこそ」


 頭の整理がつくのに、大体一週間くらいかかった。主に、あゆちゃんを見るたびに私の事好きなんだという思考のせいで。

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