信頼のいじり
朝登校すると、珍しく日南さんが私の席に座っていた。
「おはよう。来たのね。今日、放課後何か予定はあるかしら?」
「ううん。特にないよ」
私は荷物を置きながら、日南さんのそんな問いに流れるように答える。
「そう。なら映画に行きましょう」
「何を見るの?」
「それは行ってから決めるのよ」
「あー! 沙雪、あの変な趣味に今度は依吹ちゃん付き合わせる気⁉︎」
聞き耳を立てていたと思われるあゆちゃんが、気づくと私達の間に立っていた。
「変とは失礼ね。あなたが行かないと言うから、行く人を探しているだけよ」
「時間の無駄だから辞めた方がいいよ依吹ちゃん」
「映画を見るだけじゃないの?」
「ええそうよ」
「クソつまらない映画見て時間とお金を無駄にするんだよ」
「あら、たまに当たりと思える作品にも出会えるわよ。あなたの時はたまたま大外れだっただけよ」
「そもそも部活は?」
「あら知らないの? 私一年で退部したわよ」
「初耳なんだけど」
日南さんは言ってなかったかしらと言いたげな表情に、あゆちゃんは言ってないと顔で返事しているようだった。
「後輩の面倒まで見る義理はないわ」
「辛辣〜。後輩ちょー可愛いのに」
「日南さんは何部だったの?」
「吹奏楽よ。クラリネットやってたわ」
「映えそうだね」
「ありがとう。それで、映画は行くでいいのね?」
「うん。いいよ」
「マジでつまらないよ〜」
「そういう作品ほど、触れる機会はないからいいかなーって」
「あら、分かっているじゃない」
日南さんはちょっと嬉しそうに微笑み、あゆちゃんには得意げに笑った。
「なになに? 何の話⁉︎ 沙雪ちゃん出かけるの⁉︎」
宇河さんが割って入ってくると、日南さんは表情を固め、口から吸った息を鼻から出した。
「あなたには関係のないことよ」
宇河さんは今度は私に何の話してたのかと、正直に教えてという圧を放ちながら喋りかけてきた。
「映画行くって話だよ。依吹ちゃんに一々絡まないでくれない?」
私が言葉に詰まらせていると、先にあゆちゃんがそう答えてくれた。
「え〜! いいね映画! 私も行こうかな〜」
宇河さんは日南さんの方を見ながら連れてってほしいとアピールする。
「一人で行く分には勝手にすればいいじゃない」
「一人映画とかつまらないし、ああいうのって友達いない人が行くものでしょ〜。何より大勢の方が充実してる感あるじゃん! 沙雪ちゃんの見たいのに合わせるから一緒に行こうよ」
「私、映画は静かな人と行きたいの。そもそも大人数を好まないわ。遠慮してくれるかしら。それくらいの空気、読まなくても分かるでしょう。あと、私は一人で普通に映画行くわよ。そうなると、私はあなたの嫌いな友達がいない人なのだから、私じゃなくて他の人と行きなさい」
日南さんが私の席から立って、すみちゃんと大澤さんの方に移るやすぐに、大澤さんとハイタッチして、そのまま手を握っていた。
「あんな風に言わなくてもって感じだよね〜。なんだろうね。私がいると感動も笑いになっちゃう的なやつかな? てか一人映画も冗談だしね〜。沙雪ちゃんって結構冗談通じないタイプだよね」
居心地が悪くなったのか、どうにかして空気を戻そうと宇河さんは必死に言葉を紡いでいる。
「たとえ冗談だとしても人馬鹿にするのは乗りにくいし普通に不快なんだけど」
「いやでも、あゆちゃんだってよく沙雪ちゃんとか純蓮ちゃんにさ、ノリ悪いとか友美奈ちゃんに厳しすぎとか言ってるじゃん〜」
「信頼関係って知ってる? 初めからそんな事言うわけないじゃん。ちゃんと本気じゃないって分かって、上手く返してくれるって信頼があるから投げかけられるのであって、ただ馬鹿にしてるわけじゃないんだけど。あんたのと一緒にしないで」
「いや、それはそうだろうけど……」
宇河さんは納得いかないと、少々苛立ちを滲ませ始めた。
「藍川さんはどう思うわけ?」
「それがその人達で分かり合えている事ならいいと思うよ。私も、小夏には小夏の、白葉ちゃんには白葉ちゃん特有の関係があるわけだし」
「別にそういう答えほしいわけじゃないんだけど。藍川さんってズレてるし面白味ないよね」
「困ったら依吹ちゃんサンドバッグにするのやめなよ。そういうとこほんと性格悪いよね」
「いや別に、そういうノリじゃん。ね〜」
「わたし、今さっき信頼のないいじりやめろって言ったよね」
「そんなガチにならなくても……。何あゆちゃん、藍川さんの事好きなの?」
「好きだけどなに? 文句ある? だから一層不快なんだよ」
…………ん? すみちゃんの影響でちょっと引っかかったけど、友達としてって意味だよね? そりゃそうか。好きと言われると恋愛的な意味を勘ぐってしまうようになったの、悪い癖がついちゃったな〜。
「いや、え? は? え〜趣味悪〜」
「こんないい子好きで趣味悪いとかあんたまじ歪んでるね。依吹ちゃんおいで。入雲のところに避難しよう」
「いや、避難とかさ〜そういう言い方──」
「親切心で言ってあげるけどさ、あんた高望みしないで気の合う友達見つけなよ。惨めだよ」
あゆちゃんに引っ張られて白葉ちゃんの元に避難すると、宇河さんは両手で髪を掻きながら、おそらく近くにあったからって理由だと思うけど、私の机を蹴飛ばした。
周囲はなにあれ怖っ……と、宇河さんに静寂の空気と視線を向け、本人は静かに自分の席に戻って伏せた。
白葉ちゃんだけは腕をぶんぶん振り回して文句言ってくると鼻息荒くしていたので、どうにか抑えてもらった。
私は誰も手付かずで、むしろ近づき難がれた自分の席を元に戻し、その瞬間から、落ちた物だけは周囲の人達が一緒に拾ってくれ、大丈夫? などの心配の声かけをもらった。
クラスの空気は、なにも知らない小夏が来てようやく、ほんの少しいつもの調子を取り戻していった。




