どうして
二人で出ていった教室。入る時は別々になる。先にすみちゃんが戻って、後から私が入る。
「おかえり依吹っち!」
「ただいま」
小夏に触れる私を、すみちゃんはいつも横目で見ている。今もあゆちゃん達に話しかけられながら、左目の視線だけは私の手に向いている。
「ねえ、白葉ちゃん。奢る件はどうなった?」
すみちゃんとの機会を作るには、こうした集まりを開くのが一番になる。いくら私の気持ちがすみちゃんに傾いていると教えたとしても、より早く答えを出して安心させる為には、できるだけ早く進めることが大切になる。
「ん? ああ、あれね。ぼちぼち進んでるよ。二人である程度決めてから、全体連絡したほうがリスク低いってことだから、あたしらだけで進めてる。流石の宇河も、たとえ嗅ぎつけたとしても二人だけで出かけるって言えば引き下がるだろうしね」
「そもそも白葉っちちょっと怖がられてるもんな〜」
「そうなの?」
「まあね。流石に手が出る相手は怖いらしいよ」
白葉ちゃんは自嘲気味にだけれど、どこか誇らしげに笑っていた。
「こういうこと聞いていいのか分からないんだけど、どうして白葉ちゃんって人に手を出す選択肢を取れるの? スポーツでもしてた?」
白葉ちゃんはこめかみを掻きながら、あーと声を出していた。
「まあ、美浜がいたからっていうのはあるかもね。あいつ昔から口が悪くて往生際も悪かったから、仕方なく強制的に黙らせていたんだよ。まああとは、どんなに口で言っても意味ない経験と、手を出したら大事にはなったけど収まった経験があるから、かな」
「怖くなかった?」
「最初の記憶はこびりついて、以降はその後の影響のほうがこびりついている」
「そっか。白葉ちゃんは強いね」
「どうも」
白葉ちゃんは小夏の方は見ないようにし、私の頭を撫でると自分の席に戻っていった。
「小夏。今度一緒に出かけようか」
「いいな! 楽しみにしてるぞ!」
「小夏はどこ行きたい?」
「動物園行ってみたいな。ちっちゃい頃連れてってもらったっきりだ」
「じゃあ、動物園行こうか」
「おう!」
白葉ちゃんと小夏の問題は、きっと白葉ちゃんに聞けば答えてくれると思う。でも、聞いたところで私が勝手に動いても解決しない。白葉ちゃんは動かない。じゃあ、小夏に機会を作らせるしかない。
私とすみちゃんの関係はきっとまとまる。それができたのは小夏と白葉ちゃんのおかげでもある。
そんな二人のわだかまりを解消してほしいと思うのは私のエゴだろうか。
◇◆◇◆◇
「見ろ依吹っち! 象だ!」
「おっきいね〜」
「器用にご飯食べるな〜」
「ねー。あんなちっちゃいの鼻で取って」
「お! あっちにも何かいるぞ!」
小夏はどんどん次に進んでいき、広い園内も小夏に合わせて動くとあっという間に回れそうだった。
「疲れたな〜」
「ずーっと動きっぱなしだったからね」
「楽しくてついな。こういうところ行きたいって言っても、なんか子どもっぽいって言われて行きづらいしな。依吹っちだから一緒に来れたんだ」
「小夏はどうして、いつも依吹だからになるの? 私以外にも、小夏を優先してくれる人いると思うよ。白葉ちゃんとか」
小夏はカップ内で回していたストローから手を離して、手を膝に置いた。
「迷惑……だったか?」
「そんなことないよ。小夏といると楽しいもん。ただ疑問に思っただけ。小夏は私と違って明るいし、友達も多くいただろうし。私以外にも小夏と楽しんでくれる人いるはずなのになって」
「白葉っちとかか?」
「うん。そうだね。私の身近な人だと白葉ちゃんになる」
小夏は笑った。いつもとは違う不気味な笑顔。明るさなんてない。そこにあるのは堪えと自嘲の大人っぽい表情。
「白葉っちは、ダメだ。迷惑かけて、傷つけちゃうから」
「そんなこと…………」
ないよ。とは言えなかった。何があったか知らない私が、軽々しくそんな言葉を吐くことはできなかったから。
「何があったかは知らないけど、話し合いは必要だと思うよ。お互い誤解していることがあるかもしれないし」
「そうかもしれないな。でも、過去は変わらないだろ」
諦念の笑顔がそこにはあった。小夏からしたら、たとえぎこちないとはいえ、今は白葉ちゃんが側にいる。それで十分なのかもしれない。
私だってそうだった。すみちゃんと中学で離れた時、たとえ偽りであろうと付き合おうと言われた時、関わりができたことに喜んで、話さない、他人の日々であっても満足できた。
でも、昔のようになりたいと思う気持ちが消えたわけじゃなかった。安堵と後悔が常に混じっていた。それは中々に辛かった。縮められるはずなのに縮められないもどかしさの繰り返し。
きっと、二人もそうだ。
私は小夏の頬を挟み、顔を近づける。
「過去は変わるよ」
「ふぇ?」
「起こったこととか、その時の環境とかは変わらないかもしれない。でも、その時受け取った気持ちや意味は、話し合うことで変わることができる。小夏が変えたいのが過去じゃなくて関係なら、話し合いは有効だと私は思うよ」
小夏は離した瞬間、力が抜けたように背もたれに寄りかかって俯いた。
「あたしな、いじめられてたんだ。守ってくれたんだ。そのせいでな、代わりにいじめられたんだ。あたしは助けられなかったんだ。嫌われて当然なんだ。それなのになんで、白葉っちはあたしを嫌わないんだ……」
小夏は声を出さずに静かに泣いた。動物園の騒がしさには似付かわない静寂が、私たちのテーブルだけ密かに訪れた。
小夏に触れる手の感覚がどこか遠くに感じられて、夢の世界に迷い込んだ気分になる。
温かいはずなのに、内には冷たさが広がる。
泣き止んだ小夏が気持ちを切り替えて、いつものような笑顔に戻っても、どこか私達は現実に足をつけず、浮遊している気分で一日を終えた。




