偶然の出会い
私達はカラオケに入り、受付を済ませた後、自分達の部屋を探す。その途中、ドアが開き、中から一人の少女が出てきた。
「あはは、オッケー。じゃあついでに皆の分の飲み物持ってくるね」
「一人でへーきー?」
「平気平気! でもやばかったらルイン入れるかも!」
部屋から出てきた少女、すみちゃんは私達を見ると、笑顔から驚きの表情に変わった。
「い──藍川さんに小森さん、偶然だね」
すみちゃんは私の隣に小夏がいる事に気がつくと、一瞬で呼び名を直した。
「こんにちは七木さん」
だから私もすみちゃんに合わせる。
「七木さんもクラスの人とカラオケ来たのか⁉︎」
「うん。今日は何も予定がなかったから。せっかく誘ってくれたし」
「そうか、すごい偶然だな! あたしも依吹っちと二人で来たんだ! デートだ!」
「そっか、デート──デート⁉︎」
すみちゃんとの付き合いは長いけど、これほどまでに大きな声を出したすみちゃんを私は多分初めて見た。
「え、ふ、ふり、う、うわ──」
すみちゃんは私と小夏交互に見て忙しそうにしている。
「七木さんも友達多いし、よく女の子と二人でお出かけもといデートしたりするの?」
すみちゃんがなんだか勘違いしていそうなので、一応補足になる言葉を出した。不要だったかもしれないけど。
「え、あ、ああ、お出かけ……。そ、そうだね。放課後とかよく遊びにいくね」
「七木さん忙しいんだな! 友達とも彼氏ともデートするなんて」
「…………え、彼氏?」
「七木さん彼氏いるって聞いたぞ!」
すみちゃんは一瞬私の方を目だけで見た後、小夏に向き直った。
「その、彼氏じゃなくて、恋人……」
「…………? 何が違うんだ?」
すみちゃんは困ったように言葉を探している。
小夏にすみちゃんが付き合っているのは彼氏じゃなくて彼女なんじゃないって言うのは簡単。小夏も聞けば納得して、一応注意しておけば勝手に言いふらすような子じゃないし、聞かれても言うような子じゃないけど、すみちゃんはそれを知らないから嫌だろう。
なら、取るべき手は一つになる。
「小夏、あまり七木さんを引き止めるのも悪いよ。それに、時間は有限だしね。部屋に行こう」
「そうだな! ごめんな七木さん! 行くぞ依吹っち!」
小夏に引っ張られ、すみちゃんに何も伝えられなかったので、すみちゃんの方を振り返って、手を縦に立ててごめんという意思を伝えておいた。
◇◆◇◆◇
「よっしゃー依吹っち! 歌うぞ!」
「うん、歌おう」
採点を入れた後、お互い何曲か入れていく。小夏が毎回合いの手を入れてくれるので、採点に引っかからないところも楽しくて全力で歌ってしまうし、画面に表示されないライブのやり取りもやってしまう。
だから私も、小夏が歌う時に全力で盛り上げる。
二人だけなのに、複数人で来ているみたいに盛り上がる。
「ごめん小夏、ちょっとトイレ行ってくる。ついでに飲み物取ってくるけど、何がいい?」
「我が命じる! メロンソーダを持ってくるのだ!」
歌っている曲のセリフに合わせてそう唱えたので、私もそれに準じたセリフで返す。
「仰せのままに」
トイレから出て、ドリンクバーで飲み物を注いで戻る時、トイレの方からちょっと物音が聞こえたので、気になって覗きに行った。
「まじで七木のこと好きなんだ。付き合ってくれないか?」
クラスメイトの男子がすみちゃんに告白しているようだった。何気に高校生になってすみちゃんの告白現場に遭遇するのは初めてだ。
「ごめんなさい。私付き合っている人がいるから」
「いつもそう言って断っているらしいけどさ、それ本当なの?」
「え?」
「だって、誰も七木の彼氏見たことないんだろ。写真だって見せないし。聞けばこの高校、小中の知り合いもいないんだろ? だったら、いくらでも嘘つけるよな」
「嘘じゃなくて……」
すみちゃんは自分の手首を強めに握り、下唇を噛んだ。
「いるなら写真でもいいから証拠見せてよ。見せられないならお試しで俺と付き合ってよ」
すみちゃんにとっては選び難い二択だろう。どうやって助けるべきか。最低限の情報開示は必要かな。
「やめてあげなよ」
私はゆっくりと二人に近づく。
「藍川じゃん。なんかかっこいい格好だな。お前もカラオケ来てたんだな」
「うん。偶然だね。でもそれは一旦置いといて、その辺にしてあげて。必死なのは、それほど気持ちがあるってことで良いことだと思うけど、怖がらせることもあるから本末転倒だよ。だから、引いてあげて」
「でも藍川もおかしいと思わないか? 誰も七木の彼氏見たことないんだぞ」
「でも、付き合っている人がいるのは事実だよ」
「でも七木が嘘──」
「私、七木さんと同じ中学だったの。だから付き合い出したって話とか全部知ってる。七木さんに恋人がいるのは嘘じゃないよ」
「でもだったら、どうして誰にも見せたくないんだ?」
「相手がどんな人か見せたくないのも仕方ないんじゃないかな。七木さん、あなたが好きになるくらい素敵だもん。もしそんな素敵な人の恋人が平凡に思える人だったら、心の中で、こんな人より自分の方がって思っちゃうかもしれないでしょ。七木さんは守るために誰にも見せないんだよ」
クラスメイトは俯いて暗い顔をした後、軽く頭を下げた。
「七木ごめん。感情だけで突っ走って、何も考えてなかった」
「ううん、大丈夫だよ瀬野君。彼女にはなれないけど、変わらず仲良くしてくれると嬉しいな」
すみちゃんの笑顔を見た瀬野君は軽く頬を赤らめて、はっきりしない返事を口にした。
「あ、藍川もありがとな。じゃあ、俺は行くよ」
そう言ってちょっと早足で去っていった。
「大丈夫?」
「うん……いぶ、ありがとう」
「どういたしまして。すみちゃんが泣かなくて良かった」
「え……?」
「すみちゃん、泣くの堪える時唇噛む癖あるから」
すみちゃんは自分の唇に触れて、顔を少し逸らした。
「いぶ……好き」
すみちゃんはそう口にした後、慌てて顔を上げた。
「あ、いや、違くて──」
「嬉しい。私もすみちゃんの事好きだよ」
そう答えると、すみちゃんは私を見て目を見開いたまま、声を上げるでもなく涙を零した。
「え、ええ、すみちゃん大丈夫? 何か嫌なこと言っちゃった? えっと……オレンジジュース飲む?」
オレンジジュースを差し出すが、すみちゃんは目もくれず私の懐に入った。
すみちゃんの震えが私の胸に伝わる。
両手が塞がっているから、少し上体を曲げ、顔ですみちゃんに触れ、手を使わずに抱きしめる。
「大丈夫だよ。我慢しないで」
すみちゃんが泣き止むまで、ずっと胸を貸し続けた。




