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受容

 テストが返ってきた。ここ最近ずっと学校で勉強ばっかしていたのもあって、そこそこ良いスタートを切れた気がする。

 盗み見るように私の背後からテストを覗いた宇河さんが、不機嫌そうに舌打ちしたと思ったらすみちゃんの方に向かって、半強制的に奪うようにしてすみちゃんの点数を見た後、宇河さんは私の方にやってきた。


「え〜! 藍川さん、あんなに勉強してたのにその点数⁉︎ 純蓮ちゃんより低いじゃん!」

「七木さん、凄いよね」

「いやいやいや! あんなに勉強しててその点数はちょっとやばいでしょ!」

「そうかもね」

「藍川さんってさ、もう少し愛想良くとか、言葉のキャッチボールとか、そういうのできないの? そんな風に相鎚打つだけで要領悪いからぼっちになるんだよ」

「うん」


 宇河さんは否定されないことが気持ちいいのか、段々とエスカレートしていく。


「藍川さん友達いた? あんまいなさそうだよね。藍川さんつまんなさそうだし。あゆちゃんとかとさ一緒にいたから気づいてなかったと思うけどさ、藍川さんヤバいよ。もっと人とコミュニケーション取らないと。一生寂しい人生だよ。あゆちゃんも藍川さんと一緒じゃつまんないから離れてったんだよ。まじであゆちゃんかわいそ〜」


 次の瞬間、教室内にバンっ! と、高く鋭く、重い音が響いた。

 白葉ちゃんでも、あゆちゃんでも、日南さんや大澤さんでも、もちろん小夏でもない。


 テストと共に返されていたワークを筒状丸めたすみちゃんが、強く机を叩いたようだった。

 真顔……というには顔に力が入りすぎているすみちゃんが近づいてきても、宇河さんは尚もヘラヘラと笑みを浮かべている。


「どうしたの純蓮ちゃん?」

「あなたに用はない。今までも。これからも。もう、一生関わらないで。私にも。私の大事な人にも。いぶ、おいで」


 すみちゃんは私の腕を取って、そのまま廊下に一緒に出ていく。


 白葉ちゃんと話した屋上の扉の前で、今度はすみちゃんと二人きりになる。


「ごめんね、いぶ。すぐ止められなくて」

「ううん」

「いぶの悪口ずっと聞いていたのに、ずっと止めなかった」

「うん」

「ずっと、悩んでいたの。止めた方がいいのか、それともそのままの方がいいのか。でも、直接言っているのを見て、耐えられなくて、今日止めることにしたの」

「うん」

「それとね、ようやくいぶがどうして今みたいになったのか、自分なりに答えが出たの」

「……うん」

「いぶが考えなしに関係を壊すわけないってずっと考えてた。考えて考えて、ようやく辿り着いた。すごく簡単なことだった。いぶも、自分で選択するんだって」


 私は壁に沿ってゆっくりと下がっていき、床に座る。

 すみちゃんも私の隣にスカートを汚すのも厭わずに座った。


「私に合わせてくれたわけじゃない。私の提案に乗ってくれた。同じようで違う。私だけの選択じゃなくて、いぶの選択でもあった。それに気づくのにここまでかかった。ずっと、私がいぶを縛っていたと思っていた。ううん。そこはたぶん、変わらない。でも、いぶは承知の上だった。いぶは優しいけど、都合の良い人間じゃない。私は重いけど、支配はしない。そのことに私は気づいていなかった。いぶ、ごめんね。めちゃくちゃにさせちゃって。無理をさせちゃって。本当にごめんね」


 膝を抱えて謝罪の言葉を口にするすみちゃんの頬に人差し指を沈める。


「すみちゃんは、自分の事許せそう?」

「褒められた行動じゃないし、簡単に許されていい行動だとも思えない。でも、ずっと罪悪感で包み込んで逃げるわけにもいかない。全部引っくるめて、私は受け入れないといけない。いぶは優しいけど、でも、意外と躊躇ない事する人だって今回知れた。ずっと、私の言動で無理をさせ続けるんじゃないかって思ってたけど、意外とそんな事なくて、意思が固いところもあって。多分、本当に私のした事なんとも思っていなかったんだろうなって。そう思えた。いぶは、私を責めなかった。見捨てなかった。それが何よりの証拠で。全部分かった上でいぶが受け入れてくれたんだから、私も受け入れないとって」


 たったこれだけのことを教える為に、本当にやりすぎたと思う。他に方法はいくらでもあったと思う。でも、すみちゃんが自分を責め続けない為に、私がすみちゃんの事を知っていると教える為に、何より、私の選択でもあったことを教える為に、ここまでやらかした。その事実は絶対に消えないし、そして成功した。

 私だけだったら傷つけるだけで絶対失敗した。白葉ちゃんがサポートしてくれたからこその成功だった。

 本当に、白葉ちゃんには頭が上がらない。


「すみちゃん、辛い思いさせてごめんね。こんなになる前にもっと早くから寄り添えていれば傷つける必要なかったのに」

「大丈夫だよ」


 すみちゃんは両手で私の腕に抱きつき、床についている手を握る。


「私、いぶの優しいところとか、常に気にかけてくれるところとか本当に好きなんだけどね、小学生の頃いぶが私よりも他の子優先することなんていくらでもあったし、無視されるの慣れてるから平気なの。それよりも、いぶが私の為にあんなに身を削ってくれている姿がなんというか、慣れてないのに皆を巻き込んで自分を傷つけている姿にギャップ萌えというか、もっと好きになったというか」


 私を見つめるすみちゃんの目の底に、なぜかハートが浮かんで見えるけれど、おそらく気のせい。


「ほら、いぶって大抵の事深く突っ込まずに流して、割とどうでもいいみたいな、事なかれ主義って感じでしょ。だから皆に優しくできると思うんだけど。でも、それを捨てて私の為に嫌な日々過ごしてくれたと思うとそれだけで、こんなこと言っちゃダメなんだけど、愛されてるなって思えて。いぶが私の事好きじゃないのは知っているけど、でも、どうしようもなく嬉しくて」


 すみちゃんは本当に嬉しそう私に笑みを向けて語っている。


「だからこそ、許せなかったの」


 そしてその笑みは一瞬で消えた。真顔で感情のない、怖い圧がすみちゃんに漂う。


「いぶの事馬鹿にして、悪く言って、私の為の行動嘲笑って。本当に許せないの。どうしようかなってずっと考えてる。今も考えてる。でもとりあえず、いぶ、これでまた、幼馴染に戻れるよね」


 コロコロと表情が変わるすみちゃんに恐怖と愛らしさ両方を感じる時点で、私は割とすみちゃんを好意的に思い始めているのかもしれない。


「うん。皆との関係も元に戻そう」

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