悪い博打
「ただいま〜」
鞄を玄関に置いて、手洗いうがいをしてると、兄が後ろから、お前の友達が来ていると声をかけてきた。誰? と聞いても知らん。としか返ってこなかったから、少なくともすみちゃんでもないし、中学の子でもない。
一体誰だろうと部屋に入ると、思わず心臓がきゅってなった。
神妙な面持ちで正座をしている小夏がいた。
「おかえり依吹っち」
その顔に、いつも見ていた明るい笑顔はなかった。
「少し話そ」
小夏は横を叩き、吸い込まれるようにそこに座る。
「あの、小夏──」
「依吹っち、白葉っちの事嫌いになったのか?」
「そんなことないよ」
「じゃあなんで、ずっと喧嘩してるんだ?」
「…………」
「白葉っちも依吹っちの事嫌いじゃないって言ってたのに。謝ろうよ。あたし、嫌だよ。バラバラになっちゃうの。せっかく、白葉っちと一緒にいられるようになったのに……今度は依吹っちと離れるなんて……」
小夏はポロポロと涙をこぼして、スカートの色が濃くなっていく。
私はベッドに寄りかかり、深呼吸をする。
「謝らないといけない。感謝もしないといけない。白葉ちゃんにはもちろん、小夏にも。でも、今はできない」
「なんでだ? あゆっちが一人になっちゃうからか? だったらあゆっちもあたしらと一緒にいればいいじゃないか。あたしにできることならなんでもやる。だから、一緒にいよう──いたいよ」
「そうじゃない。詳しく言えないけど、元に戻す為に、ある人を前進させる為に、今の状況が必要なの。荒療治だって分かってるけど、そうするしかなかったの。だから、私は今は白葉ちゃんと仲良くしない。小夏とも。ごめんね。いつか必ず埋め合わせするから。巻き込んじゃって本当に申し訳ないとは思ってる。でも、今だけは耐えてほしい」
「いつまで耐えればいいんだ。あたしはもう、見ているだけで辛いんだ」
小夏を抱えて膝に乗せ、身体全体で包み込む。
「私も。でも大丈夫。ちゃんと期限がある。馬鹿な博打だと分かってる。失敗すれば残るのは傷だけ。成功しても、この間に付いた傷は消えない。でも、ある人はずっと抱えている枷から解放されるはず。一人のために大勢巻き込んで馬鹿してると思う。でも、それでも私はその子を助けたい。ごめんね小夏。何も知らないのに、教えられないのに巻き込んじゃって」
小夏は私の服を強く掴み、声を震わす。
「依吹っちは、無理してないか?」
「無理してないって言ったら嘘になる。こんな形で二年生がスタートしちゃったから。本当は笑って一年生終わりたかった。笑って二年生始めたかった。小夏と白葉ちゃんと、皆と。だから、辛い。でも、希望もある。小夏が今日来てくれた。それだけですごく嬉しい。だから、まだ頑張れる。小夏。どうか、笑っていて。それが私のエネルギーになる」
◇◆◇◆◇
小夏はあまり私の方を気にすることは無くなった。
何も聞いてこない。寄ってこない。ただ、挨拶をいつも送ってくるだけ。
白葉ちゃんに向けてよく笑うようになった。白葉ちゃんもどこかほっとした顔になった。
これでいい。
小夏には無関係に色々と背負わせている。白葉ちゃんにも無理させている。あゆちゃんも、日南さんも、大澤さんも、何よりすみちゃんに。
だから絶対に失敗できない。
「あゆちゃん。週末って暇? もしよかったら遊びにいかない?」
「依吹ちゃんから誘ってくれるなんてめずらし〜。行く行く。もちろん行くよ! 部活あってもサボって行くよ!」
「そこまでしてくれなくても。でもありがとう。
楽しみにしてるね」
あゆちゃんともっと仲良くなる。仲良くなって、すみちゃんを刺激する。
完全に利用している。本当に良くない。でも、悪にならないとすみちゃんは救えない。だから私は悪になる。




