止めるべき
心なしか、最近あゆちゃんからのスキンシップが増えた気がする。
「それでね〜、欲しかった色なかったの。でもわざわざ時間かけて買いに行ったわけだから、悔しくてまだあった色買ったんだけど、案の定色濃くて全然似合わないの」
あゆちゃんは寝ている小夏に回していない方の手を両手でにぎにぎしながらずっと週末の事を話している。
「ねえ聞いてる依吹ちゃん?」
「うん、聞いてるよ。それは残念だったね」
「ほんとくやしー。時間もお金も無駄になっちゃったし。しかも中学の頃の元カレに会ってさ、一人でいるの見て今は彼氏いないのかとか小馬鹿にした感じで聞いてきて。いないって言ったらこれ見よがしにわたしより良い彼女できたとか言ってきてさ、マジむかついたんだよね。別にできたならほっとけばいいのに、一々わたしとは長続きしなかったけど今の子とは三ヶ月超えてるとか、わたしより男心分かってるとか、わたしより性格良いとか、ほんっと、イライラする」
感情を込めているのか、あゆちゃんの握る手の力がより一層強まった。
流石はバレー部というべきか、正直ちょっと痛い。
「もうちょっと配慮してほしいよね」
「ね! そもそも未練あるの丸わかりだし。わたしに嫉妬させてフラれたの後悔させようとか考えてるのも透けて見えて浅はか。依吹ちゃんは分かってくれるよね」
あゆちゃんの目は共感を求めているけれど、むやみやたらによく理解していない事を共感するのもよくないと思うので、あゆちゃんが不機嫌になるかもしれない事を覚悟の上で対応しよう。
「私はそういう経験ないからよく分からなくて。ごめんね」
「まあ依吹ちゃんは恨み買うのもするのもしなさそうだしね。こういうのは入雲の方が共感してもらえたかも」
「でも、あゆちゃんは交友関係が広いから、良い出会いも悪い出会いもしちゃうのも必然だと思う。でも、むしろそれはあゆちゃんの良さの表れでもあると思うよ。今回のことだって、その人があゆちゃんにそこまで執着するくらいあゆちゃんに魅力があったからこそのトラブルだしね」
あゆちゃんは顔を近づけて、眉を顰めて口を尖らせ、拗ねた声色を出した。
「じゃあなんで依吹ちゃん、魅力溢れるわたしをフッたの?」
「あゆちゃんの事恋愛的な目では見てないから」
「じゃあどうしたら意識してくれるの?」
「それは私にも分からなくて……」
「じゃああれ? 心が無理なら身体からってやつ? まずはちゃんとキスすればいいの?」
あゆちゃんの顔が迫って、私は顔を遠ざける。遠ざけてもあゆちゃんの顔は迫ってくる。
小夏がいるので無理に動けなくて、抵抗する手もあゆちゃんの元にある。私に残されているのは口だけになる。
「あゆちゃん、ここクラスだよ」
「外堀から埋めてみるのもありだと思うんだよね」
悪戯な笑みで視界がいっぱいになる。
あゆちゃんは顔の角度を少し変え、ゆっくりと目を瞑る。
せめてもの抵抗で口を固く閉ざしたけれど、結局は無駄な抵抗になった。
「いた、いたたた、いたたたた」
すみちゃんが両手であゆちゃんの頭を掴み、私から離すようにすみちゃんの方へ引っ張っていた。
「何やってるのかな〜あゆ〜。藍川さんに迷惑かけちゃダメって言ったよね〜」
「かけてないじゃん〜。髪乱れる〜」
すみちゃんから離されたあゆちゃんは、真っ先に鏡とくしを取り出して、髪を直し始めた。
「なんで純蓮は毎度毎度依吹ちゃんの時邪魔するの」
「藍川さんが優しいからって迷惑かけるのは違うでしょ」
「じゃあこれはどうなのさ」
あゆちゃんは私にしっかり掴まって寝息を立てている小夏を指した。
「小夏が依吹ちゃんベッドにしているから依吹ちゃん下手に動くこともできないじゃん」
「受け入れられているかいないかの違いだよ」
「じゃあ依吹ちゃんからキスしてくるのはいいってことね⁉︎ じゃあ依吹ちゃんわたしにキスしてよ!」
あゆちゃんは半分やけになっているのか、顎を上げて唇を尖らせて、目を閉じて、いわゆるキス待ち顔というものを見せた。
現実でキス待ち顔を見たのはこれが初めてで、頭が混乱していく。
すみちゃんは私の肩を押して、少し体を後ろに退けさせ、間に顔を割り込ませて、あゆちゃんの顔を覗き込んだ。
「そんなにキスして欲しいなら私がしてあげようか?」
あゆちゃんは目を開け、白けた表情に一瞬で変化した。
「いや、わたし純蓮を惚れさせたいとは思ってないから。結構」
「じゃあ藍川さんにもやめようね」
「依吹ちゃんと純蓮は同じ目で見てないから」
「私との付き合いの方が長いのに酷いね」
「純蓮だって依吹ちゃんと対して関わってないのにやたら肩入れしてどうしたの?」
「あゆの行動が目に余るからだよ」
「でもわたしが適当に告白されてオッケーしてすぐ、やっぱ無理でフっても何も言わないよね。なんで依吹ちゃんだけ?」
「優しさに漬け込んでる感があるからだよ」
これは、喧嘩なのだろうか? それともただの言い合いだろうか? 止めるべきか止めないべきか。どうしよう。
「酷いね〜。本当に優しさに漬け込むなら、嘘でっちあげて付き合ってもらうようにするよ。そうだね、例えば、執着されて困ってるとか、告白されすぎて実生活に影響が出てるとか、とにかく嘘でもなんでも言って、依吹ちゃんが付き合ってくれないと困るって状況を提示するかな」
ずっと笑顔だったすみちゃんの顔が崩れた。まるで、見たくないものを見てしまった絶望的な表情に。
「そ、れは……うっ……」
「純蓮?」
すみちゃんは口を両手で塞ぎ、走ってクラスを出ていった。
「純蓮どうしたんだろ? ね」
「…………どうしたんだろうね」
ただ一つ分かることは、止めるべきだったことだけ。




