曖昧な確定した約束
二人で私の部屋に入り、私はすみちゃんがブレザーを掛けている間に座椅子を用意する。
「手洗いすみちゃんが二階の洗面所使って。私は一階の使うから」
そう言ったのに、すみちゃんは何も言わずに私に付いてきた。
一階の方が使い慣れているからかなと、特に不思議には思わなかった。二階指定するようなことを言って変に気を使わせちゃったかなくらいだ。
「ないな〜」
すみちゃんが手を洗っている間にお菓子とか探しているけれど、昨日出せるもの出しちゃったから煎餅とかそういうのしかなかった。
「兄のプリン……」
冷蔵庫の奥に一個だけ、食べるなと貼り紙されたプリンを見つけた。限定品だったら気が引けるけど、別にどこのスーパーでも売っているちょっといいプリンだし、そもそもこの前兄にハゲダーツのアイス食べられたからおあいこだしいいだろうと、すみちゃんに煎餅とジュースを添えて出す事に決めた。
「お待たせ〜すみちゃん」
肘で開けたドアを足で閉めながら、勉強机の上に持ってきたものを一旦置いて、すみちゃんが座る座椅子の前にローテーブルを置き、持ってきたものを配置する。
「ありがとう」
「いえいえ〜」
二人っきりの時のすみちゃんは、学校でのすみちゃんと違ってあまり話さず明るくない。私としてはこっちのすみちゃんの方が馴染みがあるけれど。
でも、昔のすみちゃんも今ほど静かじゃなかった。よく、いぶ君いぶ君と、一生懸命話しかけて手とか握ってきていた。
「い、いぶ……⁉︎」
「んー?」
「手……手、どうして……」
「昔はこんな風によく手握ってたよね」
指を絡めるいわゆる恋人繋ぎ。すみちゃんはよく、部屋の中でも、いや、部屋の中の時こそこうやって繋ぎたがった。
「いぶは、なんとも思わないの?」
「ん? あったかいなーって思うよ」
「そうじゃなくて……」
「じゃなくて? ……あー! 懐かしいなって。昔に比べてすみちゃんの手、大きくなったなって。でも、大きくなってもすみちゃんは変わらず可愛いね」
「……いぶも、可愛くなったよ」
「髪伸びたからね。すみちゃんに可愛いと思ってもらえたなら嬉しい。ありがとう」
再び、静寂の時間が訪れた。すみちゃんが握る手に力を込めたら、お返しするように私も少し力を入れて返す。
「ところですみちゃん、さっき門の前で何言おうとしたの?」
「え……あ、それは、その……」
「ん?」
「私も、いぶと出かけ──デートしたい」
「いいね。絶対楽しくなるよ。何しようか。夏はイベントが盛りだくさんだからね、想像するだけで楽しくなるね」
すみちゃんは唇を噛んで、しばらく黙っている。握っている手は、少し痛いくらい強く握り込まれている。
「いぶと」
「うん」
「旅行、行きたい……」
すみちゃんはスカートを少しずつ濡らしながらゆっくりと答えた。
「旅行か〜。どこ行こっか。北海道は涼しそうでいいよね。場所は近くの避暑地にして、ちょっと贅沢するのもいいし、無難にテーマパークとか歴史を感じに行くのもいいね。沖縄の海も憧れるけど、夏はちょっと暑いかな。台風も警戒しないとだしね。すみちゃんはどこ行きたい?」
ティッシュですみちゃんの涙を拭いながら問う。拭いても拭いても、増えこそしないが止まる気配はない。
「すみちゃんは相変わらず泣き虫だね〜」
昔のすみちゃんは、泣くたびに私に抱きついていたけれど、今のすみちゃんはただその場に座っているだけ。
私はそんなすみちゃんの頭を撫でる。
「いい子いい子。すみちゃんはいい子だね〜。もう大丈夫だよ。私がちゃんと側にいるから大丈夫だよ。辛いの辛いの、依吹の方に飛んでこーい。──うっ心臓が⁉︎ でも、おかげですみちゃんは少し楽になったかな?」
すみちゃんは顔を上げると、口角を上げ、目を細め、クシャッと笑みを作った。
「ふふっ。うん。楽になった。ありがとう、いぶ」
「どういたしまして。すみちゃんが笑ってくれたならそれだけで十分だよ。旅行、行こうね。すみちゃんとの旅行、どこ行っても楽しめちゃうから、私じゃ決められない。だから、すみちゃんが行きたいところ教えてくれると嬉しいな。決まったら、また教えて」
「うん。いぶ、今日はありがとう」
「こちらこそ。すみちゃんと話せて嬉しかった」
私は開けたまま手がつけられていないプリンを見て、スプーンを手に取ってすみちゃんの口にプリンを入れる。
「おいしい?」
すみちゃんは目を見開いて驚いたあと、ゆっくりと視線を落としていく。
「うん、甘くておいしい」
「それは良かった」
兄に怒られる未来の私も報われる。




