七木純蓮③
いぶにどうすれば確実に好きを伝えられるのか、ずっと考えていた。言葉で伝えても、好きと言われ慣れているいぶにはきっと、本気の気持ちは伝わらない。だから、いぶに手紙を書いた。何度も書いて、捨てて、書き直して、結局渡せない。そんな日々を繰り返していた。
渡せなかった手紙はどんどん増えていって、輪ゴムから机の引き出し。机の引き出しからお菓子の箱。お菓子の箱からお菓子の缶。お菓子の缶から蓋付きのカゴになっていった。
年々、渡せない手紙の厚さ、密度が増えていく。いぶへの気持ちを書き留めるのが、私の日課になっていた。
カゴがいっぱいになって、入らなくなったらいぶに手紙を渡そう。そう、決めていた。
そして、その日が来た。放課後、別れる時に手紙を渡そうと決めて、ランドセルに丁寧に手紙を一枚入れた。
足取りが重くて、心臓が痛くて、でも、世界が晴れて見えた。
──いぶ君にようやく、気持ちを知ってもらえる。
それがどうしようもなく怖くて嬉しかった。
学校につくと、クラスはなんだか騒がしかった。
「いぶ君女の子なの⁉︎」
そんな声が聞こえた。
音が遠くなった。視界がぼやけた。まるで、夢の世界に入ったような気分だった。
いぶはきっと、自分が男の子と思われているだなんて思っていなかった。その時も思っていなかった。たぶん、その時いぶは、からかわれて女の子なのか再確認されたくらいにしか思っていなかった。だから、いつも通り笑顔で
「うん、女の子だよ。可愛げはないけどね」
そう、返していた。
小学生の頃の私は、女の子が女の子に恋をするのは変だって、女の子は男の子に恋をするものだって思っていた。その世界しか知らなかった。誰も、女の子が女の子に恋をすることもあるって教えてくれなかったから。
だから、私の恋心は持っちゃいけないものだって、おかしいものだって、否定された気分になった。
家に帰って、持ってった手紙を見て、気持ちと同時に破り捨てようと思った。でも、できなかった。おかしいって分かっているのに、捨てることはできなかった。
帰ってきたお母さんが、部屋で手紙を握りしめている私を見て、どうしたの? と、声をかけながら駆け寄って抱きしめた。
私は手紙を離し、お母さんに抱きついた。
「いぶ君、女の子だった……女の子だったの〜〜〜」
お母さんは何も言わなかった。お母さんはきっと、知っていた。いぶが女の子だったことも、私がいぶの事を男の子だと思っていたこと。そして、私がいぶの事好きだから、お母さんは、いぶが女の子である事を言わなかったんだと思う。いつか、自分で気づいて、昔勘違いで女の子を好きになった時があったんだよねと笑えるくらいに成長するのを待ち望んでいたと思う。
子供が同性愛者である事を手放しで容認できる親なんてあまりいない。だから、お母さんはこの失恋を糧に、普通に男の子と恋愛して、普通に男性と結婚して、普通に子供を産んで、普通に家庭を築いて、普通に生きて欲しかったと思う。
私も、そうしようと思った。
いぶ君が女の子だった。男の子だと思ってこの気持ちを抱いた。だから、この恋心は時間と共に無くなっていくと思った。ただの友達だと、自分に言い聞かせた。あくまで女の子同士だと、自分に言い聞かせた。いぶ君は女の子。私は男の子を好きになる。だから、女の子のいぶ君を好きになるはずない。何度も何度も言い聞かせた。でも、その度に胸が締め付けられるくらい痛くなって、吐きそうになって、吐いて、熱を出して、いぶの顔を見るのが、見てくれるのが、辛くなった。
私はやっぱり、たとえ女の子であろうといぶが好きだった。
何度泣いたか分からない。すみちゃんって呼ばれるたびに、嬉しくて、辛くて、堰き止めている感情が涙として出てくる。
その度に心配されて、触れられて、また、胸が、頭が、目頭が、全身が震えて痛くなる。
解放されたくて、一度だけ、意を決していぶに言った。
「私、いぶ君が女の子でも、好きだよ。……本当に、好きなの」
私の震える手をいぶは両手で握った。
「嬉しい。私もすみちゃん好きだよ」
好きって言葉に心が跳ねて、世界が明るくなった。でも、直後に別の子が、いぶ君私は〜? て聞いてきた。それにいぶは、もちろん好きだよって返した。
世界が歪み、暗転する中でもちゃんと、その子が私に意地悪な笑顔を向けているのが見えた。
何度言葉にしても私の気持ちはいぶに伝わらない。それどころか、現実を知って辛くなるだけだった。徐々に、私はいぶから離れていった。でも、完全に離れることはできなかった。だから、小学校の間は一緒に帰った。修学旅行の班もいぶと一緒になった。中学も、お母さんからいぶの行く中学を聞いて、そこに合わせた。
いぶが、王子様みたいな人が好きだって言ったから、王子様になろうとした。
私にとっての王子様はいぶだったから、中学進学を機に、いぶの真似をした。




