七木純蓮①
賑わう文化祭をあゆ達と回って楽しむ。感覚を研ぎ澄ませて選んだ、いぶの温もりが少ない服を着て。いぶに馴染んでいる服を着ると、喜びと罪悪感でどうにかなりそうだったから、時間をかけて選んだ。本当にこれがあまり着られていないのかは分からない。でも、そう思い込むことで、ほんの少しでも心拍数は落ち着くから。
皆と話している傍ら、そんなことを考えていると、今はいぶがシフトの時間だからか、訪れる予定なんてないのに、自然と教室の前まで足が進んでいた。
「うちのクラスじゃん。ちょっと中見る?」
友美奈がクラスを指す前に、私は首を振った。
「やめとこう。なんか圧かけにきたみたいに見えちゃうかもだし。小夏ちゃんに挨拶だけして、別の所行こう」
「わざわざ偵察しに来るくらいクラスのこと大好きじゃ〜んってなりそうだしね〜」
「考えすぎだと思うけれど。せっかく来たのだし、入らなくても通りがてら様子見るくらい許されるでしょう」
沙雪のその提案で、クラスの人には気づかれない程度に中を見るだけになった。
本音を言えば、いぶに会いたくて、気づいてもらいたくて、笑いかけてもらいたくて、話したかった。でも、いぶに会うと、あゆ筆頭に皆いぶに話しかける。
いぶが誰かに好かれるのがどうしようもなく嫌で、ずっとずっと、いぶに注目がいかないようにしていた。
どういう心変わりか、中学でいぶが積極的に人に関わろうとしないのは正解だった。
でも、それでもいぶは──
「──あなたみたいな意志の弱そうな人間が、側にい続けられるわけないじゃない! 藍川依吹! 私はあなたを信じない!」
不意に、そんな声が教室から聞こえてきた。
「依吹さん、面倒ごとに巻き込まれているのかしら」
「藍川が標的なんて珍しいじゃん」
「ま、依吹ちゃんならどうにかできるでしょ。本当に困ってそうなら、今までの仲の誼で助けてあげてもいいけど。でもこういうの一番収めるの上手いの依吹ちゃんだから、焼け石に水かもね〜」
こういう評価は昔から変わらない。昔からいぶは、いぶ君ならどうにかできる、藍川ならなんとかなる、私、俺が助けなくても、どうせ一人で解決する。そう、評価され続けてきた。
それと同時に、いぶ君巻き込むのは違う、藍川に申し訳ない。そう、渦中の外に置かれ続けてきた。
いぶは、信用に足らない人間じゃない。むしろ逆。いぶならなんとかしてくれるって、皆確信を持っている。争っていたのが嘘のように、いぶが間に入ればあっさり解決してくれる。それが分かりきっているからこそ、誰もいぶを巻き込もうとしない。
人は、圧倒的な善人に自分が嫌なこと、困っていることを押し付けるのは憚られる。罪悪感がある。でもそれ以上に、自分が悪者になる気分だから。大半の人間は、自分が悪者になるのは望まない。
でも、仮に今、いぶが本当に困っていて、助けられるのが私だけだったとして、私は今の言葉からいぶを救ってあげられるのだろうか。
答えは否。いぶに向けられたあの言葉に、否定できる部分はないから。
いぶは意志が弱いわけじゃない。ただ、自分の意志以上に相手の意志を尊重してしまうだけ。
側にい続けられない。なんのことかは分からないけど、もし、いぶが側にい続けたいと思っても、相手が離れてと言えば、きっといぶは離れてしまう。
ねえいぶ。いぶがもっと自分の意志を大切にする人だったら、あるいは私がもっと自分本位に気持ちを伝えられる人だったら、私達はここまで拗れる事はなかったのかな。
小夏ちゃんはいいな。いぶにストレートな気持ちを伝えられて。
白葉は上手いな。ちゃんといぶと一線引けれて。
私は失敗しちゃったから、二人が羨ましいよ。
私も、二人みたいにいぶの側で過ごしたい。いぶの隣で笑いたい。いぶと一緒に歩みたい。でも全部、今の私は選べない。そんな資格、私には無い。
ねえいぶ。以前、私の裏側を見ないでって言ったよね。そしたら、見せたい部分しか見ないって言ってくれたでしょ。いぶの優しさと思いやりと好意が伝わる、嬉しい言葉だった。けどね、本当に欲しかった言葉は、裏側を見せてほしいっていう、強引な言葉だったんだよ。




