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名前呼び

 小夏と来週遊びに行く事を今日、彼女に言わないといけない。

 休日にいつも予定がある理由。それは、彼女が我が家に来るから。


「いらっしゃい。上がって」

「お邪魔します」


 単純なきっかけだった。中学で私と付き合っていることが広まったものの、一緒にいることも、帰宅することも、出かけることもなかった。不審がられることもしばしばあった。彼女もよく聞かれていたのだろう。理由付けの為か、休日に我が家に来た事がある。それからなし崩し的に、日曜は彼女が来るようになった。だから私はいつも、何の約束もしていないけれど、日曜日は予定と家を空けている。


 彼女が来たところで、特に何も変わらない。あらかじめ彼女用の座椅子とジュースとお菓子を用意しておく。

 ローテーブルに置いておけば、彼女は勝手に勉強を始める。休日にわざわざ人の家に来てまで勉強するなんてとても真面目だと思う。


 そんな彼女が同じ部屋にいるから、ベッドに横になることも、スマホやゲームをするのも居た堪れなくて、私は座布団を敷いて、少し離れて本を読むようにした。

 挿絵がついて読みやすいという理由でライトノベルを読むようになったのがきっかけで、私は漫画やアニメにもハマっていった。


 そして今日も、彼女はいつも通りワークを開いて、何度でも使えるようにノートに書き込んでいる。


 集中を削がないように、キリのいいところまで解き終わるのを待ってから声をかける。


「あのさ、来週は他の人と遊ぶから、家、入れられない」

「…………そっか」


 彼女はそれだけ言って、ペンを持ったまま、特に動かしたりはしない。


「……嫌なら、聞き流してくれていいんだけど、仲の良い先輩に告られたって聞いた。それ、断っちゃったんだよね。もし、私との関係のせいでそう答えちゃったなら、気にしなくていいから。いつでも好きな時に切ってくれていいから。好きな人が出来たなら、その人と結ばれるべきだよ」


 部屋に静寂が流れる。窓越しに聞こえる鳥や風の音がはっきりと、意識してしまうレベルで聞こえるくらい、部屋は無音で包まれている。


「その人の事、別に恋愛的な意味で好きじゃなかったから」

「そっか。それなら良かった……のかな。……ねえ、私達っていつまで恋人同士なの?」


 彼女はゆっくりと顔を動かし、久しぶりに私を見た。


「あなたが嫌になるまで」

「それじゃあ、今私が終わりにしようって言ったら、私達は恋人ではなくなるの?」


 今度は素早く顔を逸らし、何も答えなかった。

 今すぐには解消されると不都合があるのだろう。


「……小森さん」

「え?」

「来週、小森さんと約束あるの?」

「うん。そうだよ」

「そっか……。仲良いもんね」

「うん。良い子だよ。一緒にいて飽きない」


 また再び、静寂が走る。滲んだ手汗で紙がふやけそうになり、カバーを栞代わりにして閉じる。


「恋人、辞めたい?」


 静音が去ったと思ったら話が帰ってきたから、一瞬反応に遅れた。


「あまり考えたことなかった。ただ、この関係が迷惑になるのなら、いつでも解消してくれていいよ」

「…………好きな人が出来ても、あなたからは解消しないの?」

「さあ、どうだろうね。分からない。肩書きだけだろうと、恋人がいる状況で人を好きになるのかも不明だし。どっちの相手にも不誠実だしね」

「肩書き……それじゃあ、恋人らしいことしよう。そうしたら、肩書きだけじゃなくなるよね」


 思わず笑みが溢れた。


「ダメだよ。そういうのは本当に好きな人の為に残しておかないと。私はあなたみたいな人と恋人らしい事ができるなんて光栄だけど、あなたの初めての相手が私じゃ申し訳ないよ」

「私は別に、そこまであなたを卑下していないから。色んな初めて、分け合っても……いいよ」


 私は座布団を彼女のすぐ隣に移動させ、そこに座る。


「一つ、謝らないといけない事があって。なんか、ギクシャクしていた時期が長かったでしょう。だから、なんて呼べばいいのか分からなくなったの。ごめんね」

「好きに呼んでくれていいよ。その、恋人なんだし」

「何でもって言われるとちょっと悩むけど──すみちゃん。昔みたいにすみちゃんって呼びたい」


 すみちゃんは、私とは逆のドアの方を見て、言葉を返す。


「じゃあ私はいぶく──いぶ」

「うん」

「二人の時は、そう呼ぶね」

「うん、嬉しい」

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