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藍川依吹②

 朝起きて、私はドタドタと大きな音を立てながら二階に上がっていく。


「にい! 朝だよ! 学校だよ!」


 兄のベッドに飛び乗ると、グエッと声を漏らしながら兄は起き上がってきた。


「お前な〜。起こすなら王子様っぽく起こせ」

「王子様っぽい起こし方ってどんなの⁉︎」

「知らねー。少なくとも寝てる相手に飛び乗ったりはしないな」


 兄はそう言って再びベッドに横になった。

 

 私はリビングに行き、朝食を食べているパパのズボンを引っ張った。


「パパ、ヴァイオリンちょーだい」

「流石にヴァイオリンはないなー。やりたいのか?」

「にいが王子様らしく起こしてって」

「それでお兄ちゃんは?」

「寝たよ」

「全く。……なら歌とダンスを披露してあげなさい。王子様らしいと思わないか?」


 私は再度兄の部屋に行き、知っている曲に合わせながら、ただひたすら激しく身体を動かした。

 兄は一度布団を被ったものの、すっかり目が覚めたのか、逃げるように部屋から出ていった。


「いい、依吹。帰りはお兄ちゃんいないからね。ちゃんと一人で寄り道せず、気をつけて帰ってくること」

「はい!」


 私は手を大きく挙げて返事をした。


「奏多はちゃんと依吹と登校すること。分かった?」

「へーへー」

「じゃあ二人とも、いってらっしゃい」

「いってきます!」

「まーす」


 兄は大きなあくびをかきながら、私の手を握って力無く歩いた。

 思えばあれは、兄なりに私の歩幅に合わせていたのかもしれない。


「小一はいいよなー昼に帰れて」

「にいは帰れないの?」

「小六は昼の後も授業だ。知ってるか? 小学校では小六が一番偉いから、小一は小六の言うこと聞かないといけないんだぞ」

「ママがにいが調子いい事言ってたら嘘だよって言ってた」

「ちぇー。可愛げがないな」

「かっこいいからね」

「違うけど。まあなんだ、その可愛げなさでいじめられたりしたら、ちゃんと兄ちゃんに言うんだぞ。小六の威厳を見せてやる」

「おお〜! なんかすごそう」


 兄は鼻から勢いよく息を吐き、そうだろうと胸を張った。

 ちょくちょく何かしらの用事を作っては、私のクラスの様子を見ていたけれど、特段いじめられることはなかった為、兄としては杞憂に終わってくれて安心しただろう。


 むしろ、結構周りの子と仲良くできていた方である。楽しそうに話している子達の輪に入って話に参加したり、一緒に遊んだりと。


「いぶ君、一緒に遊ぼう」


 そう、クラスの子に手を引かれることが何度もあった。


「すみちゃんも遊ぼう」


 そして私は、すみちゃんの手を引くことが多かった。

 消極的であまり大勢の輪に入っていくことが苦手なすみちゃんの手を取って、一緒にクラスの子達と遊んでいた。

 女の子と遊ぶ事が多かったから、時折男子には女とばっか遊んでると揶揄われる事が多かった。同性の子とばかり遊ぶのがそんなに変なのかと思ったから、放課後は男の子ともよく遊んでいた。


 それは学年が進んでもあまり変わらなかった。

 ただ、すみちゃんの隣に並ぶことは徐々に減っていった。すみちゃんに声をかけようとする前に周りの女の子がいぶ君こっちと、よく私を引っ張り、腕を組んで前に進んでしまうから。

 だからすみちゃんは大人しく、何も言わずに後ろについてくることが多かった。


「ねえ、いぶ君も変だと思わない?」


 中休み、女の子に机を囲まれていの一番にそう言われた。


「何が?」

「純蓮ちゃん。英語話せないんだって。日本人だから。ああいう見た目なのに日本人って変だよねー」

「そうかな? 私はすみちゃんの見た目好きだよ。お人形さんみたいですごく可愛い」


 そう言うと、女の子達は揃えて口を噤んで、別の話題に切り替えた。


「いぶ君、あのね」


 帰り道、私とすみちゃんは家が同じ方向だから、いつも手を繋いで帰っていた。

 教室では中々腰を据えてすみちゃんと話せる時間は取れないから、私達にとって、帰宅はお話タイムみたいなところがあった。


「今日は、ありがとう。嬉しかった」

「何が? 私何もしてないよ」


 すみちゃんは手をぎゅっと握りしめて、顔を真っ赤にして私を見つめた。


「あのね、皆の前じゃ言えないけどね、私ね、いぶ君の事、好きなの」

「私もすみちゃんの事好きだよ。一緒にいると楽しいし。だからもっと遊びたい」

「じゃあね、今度、一緒にお家で遊ぼう」

「やったー! 遊ぼう!」


 すみちゃんはお母さんに聞いとくねと言って、その日は別れた。


 翌日、すみちゃんは恐る恐る私に近づいてきたけれど、すみちゃんが私に声をかける前に、別の子が私に声をかけてきた。


「いぶ君、今度お誕生日会するんだけどいぶ君も来て!」

「いいの? 嬉しい。楽しみにしてるね」

「いぶ君は何が好き? ママに好きな物いっぱい作ってってお願いするね」

「嬉しいけど、私じゃなくて真帆まほちゃんのお誕生日会なんだから真帆ちゃんの好きな物作ってもらわないと」


 真帆ちゃんは私の両手を握ると、ニコッと笑顔を浮かべた。


「真帆の好きなものといぶ君の好きな物作ってもらうからいいの」

「そしたら来る子皆の好物だらけになるね」

「いぶ君だけ特別だよ。真帆はいぶ君の事好きだから」

「私も真帆ちゃんの事好きだよ」

「ずるい! いぶ君私は⁉︎」

「もちろん好きだよ」


 その時、人の輪の間から見えたすみちゃんの顔が、一層暗く見えた気がした。

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