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花火大会

 朝というには少し薄暗く、しかし、視界に映る床は明らかに日が昇ったことを示していた。


 ほんの少し上体を動かすと、すみちゃんが私の顔の両側に手を置き、私の顔に影を作るように、視線が交錯した。


「──ち、違くて、その、じょ、冗談だから!」


 すみちゃんが急いで手を退けようとしたので、私はすみちゃんの首に手を回し、そのまま腕をベッドにすみちゃんごと近づける。


「おはよう、すみちゃん」


 すみちゃんは一気に大人しくなり、手だけベッドについていたのを、腕ごとくっつけ、一度深呼吸をした。


「おはよう、いぶ」


 朝は軽くご飯を食べ、昼は昨日のカレーの残りを食べ、夕方はお互い着付けをする。


「すみちゃん、もしかして新しく買った浴衣?」 

「うん、そうだよ。よく分かったね」

「すみちゃんの浴衣ピンクのイメージだったから。白も似合うね。可愛いよ」


 すみちゃんは視線を逸らしてありがとうと言った。


「いぶもその、かわ──かっこいいね」

「ありがとう。これ兄のお下がりなんだ。兄が小学生の時に買ったらしいんだけど、高学年の時だったから恥ずかしがって着なかったんだって。いいよねこの浴衣。すみちゃんの瞳みたいに鮮やかな青で素敵」


 すみちゃんはしばらく黙った後、髪やってあげると、私に座るよう促した。


「私もすみちゃんに髪やってあげられるくらい慣れていたらな。次は、たくさん練習して私もすみちゃんのヘアアレンジできるようにするね」

「楽しみにしてる……。はい、できたよ」

「ありがとう。それじゃあ、行こうか」

「うん」


 会場までは普通に手を、会場に着いてからはあまりの人の多さに圧倒され、絶対に離れるわけにはいかないと、自然と恋人繋ぎに切り替わった。


「人かなり多いね。ちゃんと花火見えるかな?」

「ちょっと離れた場所からなら見えるかもしれない」

「じゃあ穴場探してみようか。辛くなったらちゃんと言ってね」

「うん」


 まずは人混みから抜けることを最優先に動く。

 人と人との僅かな合間を縫って、止まることなく進んでいく。


「いぶ、ま、待って──」


 すみちゃんにそう言われて、足を揃えて止まる。


「疲れちゃった?」

「えっと、暑くて。ちょっと喉、乾いちゃって」


 私は鞄からペットボトルを出して、すみちゃんの方に向ける。


「私の飲みかけだけどいる? 熱中症は怖いからね、ぬるくてもとりあえず水分補給しといた方がいいよ」


 私はペットボトルを開けるために、恋人繋ぎから腕組みに変えて、蓋を開ける。


「はい。途中で飲み物買おうね」


 すみちゃんはペットボトルを受け取ると、恐る恐る口につけた。


「あ、ありがとう」


 返されたペットボトルを受け取って、そのまま私も水分補給と、後で捨てられるようにと飲み干した。

 ペットボトルの蓋を閉めた後、顔を真っ赤にしたすみちゃんの手を先ほどと同じように握り、また人混みの中を縫っていく。


「すみちゃん、コンビニだよ。買い物がてら涼みに行こう」


 会場から少し離れたコンビニではあるものの、中は人で沢山だった。


「すみちゃんは何が──」

「あれ? いぶっちゃん?」


 そう声をかけられた瞬間、すみちゃんから手を離された。

 後ろを振り返ると、浴衣に身を包んだ入雲さんがいた。


「入雲さん。こんにちは。夏休み中に会えるとは思わなかった」

「私もいぶっちゃんに会えるとは──あれ? 七木さん?」

「こんにちは入雲さん」

「こんにちは。──こなっちゃんと一緒じゃないの?」

「ううん。違うよ」

「七木さんと来たの?」

「うん」

「へー、意外。二人仲良かったんだね」


 入雲さんがそう言うと、すみちゃんが少し焦ったように口を開いた。


「えっと、その、たまたまと言いますか、その──」


 すみちゃんは嘘をつくのが下手だ。嘘をついて告白を断るのが嫌だから私と付き合ったくらい、嘘をつくのが苦手だ。誰も見てないところでも、嘘を本当にしようと行動するくらい、嘘をつかない。

 だから、こういう時は私が代わりに嘘をつく。


「たまたま夏休み中に七木さんに出会ってね。話の成り行きで七木さんがこの花火大会の事を教えてくれて、せっかくだし一緒に行こうって流れになったんだ。小夏の勉強見てくれたお礼もしたかったから」

「へーそうなんだ。私は彼氏と。今レジで会計してもらってる」

「素敵だね。じゃあ私達もレジ行くからこの辺りで。入雲さん、デート楽しんでね」

「いぶっちゃんもこれを機に七木さんと仲良くなれたらいいね。七木さんも」

「うん」

「ありがとう」


 買った物が入った袋を引っ提げて、再び手を繋いで穴場探しに行く。


「結構歩いたね」

「今日だけで結構痩せれたかも」

「それじゃあその分美味しいもの食べようね」


 三駅分歩き、私達は人のいない、坂の上に作られた公園の柵に寄りかかって、花火が打ち上がるまで他愛のない話をする。


「ねえいぶ。私達のこれは、デートとお出かけどっちになるの?」

「好きに捉えて良いと私は思うよ」

「いぶは、どっちなの?」

「そうだね〜」


 しばらく考えて、すみちゃんの方を見る。


「デートだったら素敵だね。お出かけだったら楽しいね。両方だったら最高だね」

「ずるい……」


 すみちゃんが喋った後、少し遅れて花火が打ち上がった。

 花火の全体を目に収められるくらい遠くの花火。それでも咲き乱れる火花は明るく美しく、音は身体の芯まで震わせる。


「綺麗だね」

「うん」


 ふと、すみちゃんに視線を移すと、すみちゃんは顔ごと私に向けていた。


「すみちゃん、花火を見ないと。私を見ても、火花は散らないよ」

「でも、いぶの顔を照らす花火が綺麗だったから」


 すみちゃんはそう言って、花火に視線を移した。


「確かに、花火に照らされるすみちゃんは、夜にも関わらずより一層輝いて、特別に見えるね。来年も見れたら嬉しいな」

「私も、来年も、再来年も、そのまた次の年も、さらに次の年も、何度も、今日見たいぶを見たい」


 すみちゃんは声を震わせながらそう返した。


「それじゃあ、また来ようね」


 色とりどりの花火に照らされるすみちゃんの顔は、変わらず赤いままだった。

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