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重荷

 すみちゃんがずっと抱きついて離れない。

 トイレに行きたくて少し離そうとしても、逆に締め付けるくらいだ。

 声をかけてもあまり反応がない。多分今のすみちゃんに声は届いていない。


 もう最悪すみちゃんを抱いたままトイレに行くしかないのかなと考えていると、チャイムが鳴った。

 すみちゃんを抱き上げながら、若干痺れた足を動かしてインターフォンを覗く。


「げっ⁉︎ 沙雪さん⁉︎ なんで⁉︎」


 そう口にしてようやく、すみちゃんが顔を上げた。


「なんで……」


 すみちゃんは暗いトーンで、インターフォンを覗いて言った。


「沙雪さん? どうしたの?」

「エアコンが壊れたから涼みに来たのよ。早く開けなさい」


 スピーカー越しでも分かる不満気な声。


「ま、待って! 五分だけ待って!」

「早くしなさい。暑いわ」


 私はすみちゃんを降ろして、急いでコップを片付ける。


「すみちゃん、庭から。庭から出て」

「え、あ、うん……」


 すみちゃんの靴と荷物を渡して、庭から出てもらう。


 窓から見えなくなったところで、沙雪さんを招き入れる──前に、ずっと行きたかったトイレを済ませてからドアを開ける。


「いらっしゃい」

「待ちくたびれたわ」


 沙雪さんは私が玄関のドアを閉じている間に既にリビングまで一直線に歩き、少々大きめのバッグをソファに投げ置いて、洗面所で手を洗う。


「エアコンのリモコンはどこかしら?」

「それだけど」


 指したリモコンを手に取ると、一気に温度を下げる。


「ちょっ⁉︎ 勝手に何してるの⁉︎」

「涼しくなったら上げるわよ」


 沙雪さんは人の家ですら傍若無人なのかと呆れてしまうよ。


「それよりも、あなたはお客様に飲み物の一つも出さないのかしら?」

「勝手に来てよく言うよ」

「あなたの家しか知らないのだから仕方ないでしょう。そもそもあなたがいつでも来ていいって言ったじゃないの」

「一人が嫌になったらって意味だけどね」

「ええ。だから来たのよ。あんな暑い家に一人でいるのが辛くてしょうがないもの」

「だとしても事前の連絡くらいしてよ。いなかったらどうするの?」


 沙雪さんにリンゴジュースを渡して、そのまま隣に座る。

 沙雪さんは肘掛けで頬杖をつきながらジュースを飲んでる。


「したわよ。既読がつかなかったから寝ているのかと思ったわ」


 そう言われてスマホを確認すると、本当に連絡が来ていた。行っていいかの確認ではなく、行くという意思表示の連絡が。

 すみちゃんの相手をしていたからか全く気づかなかった。


「私が飛行機とかに乗ってたらどうしてたの……?」

「その可能性は抜けていたわね。今度からは電話かけるようにするわ」

「左様ですか。私もそっちの方がありがたいですけど」


 スマホを開いたついでに、グルチャに家に来ないかと連絡を送っておいた。そしたらすみちゃんも自然にここに来られるだろうし。


「迷惑そうに言いながらも結局は皆を誘うのね」

「沙雪さんが来たならもう何人来ようが同じだよ」

「あらそう。ちなみに私は今日泊まらせてもらうわよ」

「そうですか──うん⁉︎ なんで⁉︎」

「修理が来るのに三日掛かるのよ」

「え、全滅なの?」

「私の部屋だけよ」

「じゃああの広いリビングで過ごしなよ⁉︎」

「嫌よ。落ち着かないわ。まだあなたの家に泊まった方がましよ」


 な、なんて自分勝手な理由を……。


「修理に来るまで泊まる気?」

「明日からはなんとかホテル取れてるわ。今日だけ取れなかったのよ」


 リビングで過ごしたくないって理由だけでホテル代出してくれるなんて、沙雪さんめちゃくちゃ甘やかされているとしか……。むしろ義理娘だから優しくなってしまうのか、少なくとも沙雪さんに施していい甘やかしとは思えない。


「急に言われても。我が家の都合だってあるし」

「あら、あなたはただ一言、友達の家のエアコンが全て壊れたらしいから、今日だけ泊めてあげて。そう言えばいいわ。あなたの家族はそれでも泊まりを拒否するのかしら?」


 とはいえ、沙雪さんは先手を打つのが本当に早いから、結局飲み込まざるをえないという可能性も普通にある。


「聞くだけ聞いてみるよ」


 お母さんに電話して、言われた通り言ったらOKをもらえた。そもそも友達が泊まりたいって言ってるって言っただけで許可出す雰囲気出していたから、我が家でのお泊まりは意外とちょろいのかもしれない。


「良いってよ」

「なら良かったわ。それより、もうちょっと離れてくれるかしら?」

「これくらい?」

「もう少し」

「これくらい?」


 私の隣は理由はどうあれそんなに嫌がられるものなのかと思っていると、沙雪さんの頭が膝に乗った。


「ちょ、沙雪さん?」

「今日は暑くてあまり寝られてないのよ。枕になりなさい」


 ほんの少し経つと寝息が聞こえてきた。寝つきは良くて寝起きが悪いんだなと思うと、苦笑いしてしまう。


 頭に触れても起きる気配がない。こんな姿、すみちゃんに見られたらまた不機嫌になるんだろうなとちょっと、いや、思ってしまうし、想像もできてしまう。

 そのことに若干……重荷を感じる自分が少し嫌になった。

 正直、沙雪さんが来た時にほっとしてしまったのも嫌だった。


 二人の空間は好きだけど、でも、地雷を踏んだ後の二人はどうしようもなく息が詰まる。どうすればいいのかも分からないから余計に。私に何を求めているのか分からないから、どう頑張ればいいのかも分からない。

 たくさん我慢させてきた。させている。だから私が悪いのは分かってる。でも、時折どうすればいいのか分からなくて、真っ暗な空間に放り込まれて、不安……ではないけど、動く気がしない時がある。


 そのせいでストレスを感じさせているのが嫌なのか、ストレスを感じているのが嫌なのか分からない。


 ただ今は、どうかすみちゃんが来るより先に誰か来てくださいと心の中で願う。

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