進路相談
今日は進路相談がある。時間的に一旦家に帰ってもいいけど、小夏が私の前だから、一緒に学校で待つことにした。
「あゆちゃん進路相談昨日だったよね。どうだった?」
廊下に出ようとしていたあゆちゃんを引き止めて、そう声を掛ける。
「ちょっと長引いたかな。わたしの場合はとにかくママに宇河と関わらせるなってずっと抗議してもらった感じ。あとね、もしかしたら改めて親入れた上で、皆集まっての話し合いがあるかもだよ。島ちゃん夏休み中で都合の良い日聞いてたから」
「そっか、ありがとう。引き止めてごめんね」
「いいよ〜。依吹ちゃんの頼みならできる限り応えたいからね」
その言葉にちょっと甘えたくなって、失礼とは思いつつもつい口にしてしまった。
「もう一つ聞きたいことがあって」
「なになに?」
「あゆちゃんって交際人数三桁いってるの?」
あゆちゃんは特に不快そうな顔はせず、ケロッとした表情でどうだろうと零した。
「わたし結構モテてたからね。ノリで付き合ってもいたし。いっててもおかしくはないかな。あ、でも今は依吹ちゃん一筋だよ。付き合いたくなったらいつでも声かけてね。わたし浮気はしなかったから」
あゆちゃんはウインクをして、少し駆け足気味に廊下を走って他クラスに入っていった。
あゆちゃんもいなくなったので、席に戻ろうとすると、小夏が前から抱きついてきた。
「どうしたの小夏?」
「あゆっちがさっき言ってた。夏休みも親呼んで話すかもって」
「うん、そうだね」
「あたしも、呼ばないと駄目なのかな……」
小夏の服を掴む力が強くなっていく。皺ができてしまいそうなほど。
それほど何かあるのかもしれない。小夏はあまり家のことも自分のことも語らない。
でも新年の時、家族で過ごせることを喜んでいたから、家族仲が悪い感じではないと思う。
聞いてあげたいけど、踏み込んでいいことじゃない。それがどうしようもなくもどかしくてしょうがない。
「小夏は呼びたくないの?」
「迷惑かけたくない」
「そっか……」
迷惑じゃないよなんて、所詮他人の私が言えることじゃない。
ああ、なんか、白葉ちゃんの気持ちが分かった気がする。
小夏はきっと、言ったことを素直に飲み込んで我慢をしてしまう。罪悪感とかそんな理由じゃない。小夏に我慢を、無理をさせてしまう。その覚悟が持てない。
「小夏」
私は一度腰を屈め、小夏を思いっきり抱き上げる。
「わ⁉︎ 依吹っち!」
「私と一緒に迷惑かけよう! 大人に迷惑かけよう! 子どもの内にいっぱいいっぱい迷惑かけて、大人になったらその分の恩を何倍にもして返そう! ね」
小夏は驚いて見開いた目をほのかに細め、私の頭を抱えるように抱きついて、コップから水が張り付きながら溢れるように、ママ。と、小さく、それなのにまとわりついて離れない声を吐いた。まるで、母性本能に呪いをかけるように。
◇◆◇◆◇
小夏の進路相談の時間が近づいたので、一緒に教室前で待つ。
カッカッカッという音が段々大きくなる。シンと静まり返った校舎だから本当に分かりやすい。
小夏と一緒に階段の方に目を向けると、派手な格好を隠すようにトレンチコートを着た、私達高校生の親にしてはかなり若そうで派手な女性がやってきた。
「小夏ちゃ〜ん!」
高いヒールを履き慣らし、少し興奮気味に走ってやってくる。
「小夏ちゃんのお友達?」
「あ、はい。藍川依吹と申します。小夏さんにはいつも仲良くしていただいて、感謝しています」
「こちらこそ小夏ちゃんと仲良くしてくれてありがとね」
親ではなく、まるで友達のようなハリのある若々しい声。
「あの、失礼ですがお姉さん……ですか?」
「あら〜そんな若々しく見える? 嬉しい〜! でもあながちお姉さんは間違いじゃないのよ。小夏ちゃんは私の姪だから」
「そうだったんですね。わざわざ進路相談来てくれるなんて良い叔母さんだね、小夏」
「本当にいい叔母さんだ」
「いいのよ小夏ちゃんの為ならね〜。小夏ちゃんは良い子すぎちゃうくらいよ!」
前の人の進路相談が終わり、呼ばれた小夏達は入っていく。
私の側は一気に静かになって、脱力するように椅子に座る。
「ママ……ね」
靴音が響いた時、小夏は少し残念そうな顔をしていた。叔母さんを見た時も。安心したような表情をしていたものの、その前に見た残念さの名残もあった。
私のママも少ししたらやってきて、今日話すことを二人で整理と確認をし合う。
出てきた小夏を軽く紹介し、保護者同士も軽い挨拶を済ませて、今度は私達が教室に入っていく。
進路の方は二年でそこまで成績が悪いわけではないのもあって割とすんなり切り上げられて、さっさといじめの方に移っていった。
多分小夏より時間がかかったと思う。
日南さんとの関係も、直接的な表現はなかったものの、特別親しい関係ということに言及されながら話し合いをされた。言っといて本当に良かった。
私はほとんど置物で、とにかくママが、宇河さんには関わってほしくない。庇ってくれる皆との縁を切らせたくない。なぜ被害者のこの子が友達との関係について悩まないといけないのか。宇河さん以外の皆が宇河さんと関わりたくないというのなら、学校としてこれ以上生徒に負担をかけない為にもそうするべきとひたすらに主張していた。
先生はひたすらにそれを聞いて、最後に分かりましたと締めた後、後日全員揃ってもらって、学年主任と生活指導を交えての話をしたいからと、都合の良い日を聞いて終わった。
「多分先生、関わらせないようにする為に動いてくれているよ。安心して大丈夫」
「ありがとうママ」
「次の話し合いはもしかしたらパパも来てくれるかも」
「そっか。パパにもお礼言わないと。ねえママ、忙しいのにごめんね」
「いいのよ。子供は気づくと大きくなっているからね。親の出番がどんどん減っていっちゃう。だから、こうやって守る時こそ親は全力を出したいものよ。依吹の為は迷惑じゃない。だから、謝っちゃだめ。謝るならその分、ありがとうを言いなさい。その方が親は頑張れるのだから」
ママはそう言って私の頭を撫でる。
パパのような厚く大きい、頭を鷲掴めるような手じゃないのに、全身を包み込まれるような温かさがあった。
「うん、ありがとうママ」




