9話 仲間を見捨てるクズ
「嘘つき。全然変わんない」
俺が青年の足を診ていると、シーラは不満げに俺の足を蹴る。
「痛てっ、蹴るな。治療中だ」
クレームを入れるがシーラは構わずもう一度俺の足を蹴ってくる。
「嘘ついたのが悪い」
良いことをした後のメシはうまいぞ、と言った事に対しての苦情だ。そりゃものの例えな訳であって、実際味が劇的に変わる訳無いだろうよ。
でも、そんな理由は黒姫様には通じない。
「待て待て。まずかったのか?それなら謝るけどそこんとこどうなんだ?」
「おいしかった。でも嘘は嘘」
治癒魔法を使う前に患部を水で洗い流す。石とか混ざると後で困るから。そんな最中にまだ蹴ろうしてくるシーラの足を手で押さえる。
「わかった!デザートだすから!蹴るな!」
シーラは小さくため息をつくと、岩に座り腕を組む。
「早くね」
「……はいはい」
俺とシーラのやり取りを眺めて青年は呆気に取られている。そりゃそうだ。ここはまだ崖の下。辺りには沢山のワーウルフの死骸。血の臭いが周囲を覆う戦地なのだから。
彼は不意に崖から落ちた様で、右足と右腕が派手に折れ、傷を負っている。何とか残った手と足で岩陰に逃れたのは命を分けた賢明な判断。
「ちゃんと治癒魔法使うのなんて12年ぶりだからな。……下手になってたらごめんな」
始める前から予防線を張り、愛想笑いを浮かべる。痛みに顔を歪ませながら青年はこくりと頷く。
そして、緊張の面持ちで右手をグーパーと何度か開いた後で、彼に触れて呟く。
「【治癒】」
仄かな光が彼を包み、負傷した手足と多くの擦過傷は時を巻き戻すようにじわりじわりと治っていく。
額に冷や汗が浮かぶが、何とか治癒終了。
「……ふぅ、なんとかできたぜ。時間かかって悪いな」
俺の言葉に青年は驚きの顔で両手を眺め、動かして見せる。
「いや、……え!?もう!?……普通の骨折でもこんなに速く治らないし、それに無詠唱の【治癒】で!?」
「わはは。キャリアだけは無駄に長いもんでな」
驚きながら何度か確かめるように両手両足を動かしてから、はっと思い出したように俺のほうを向く。
「あ、あの……。ありがとう、ございます。リューズさん、……シルヴァリアさん」
「お?シーラはともかく俺の事も知ってる感じ?」
問いかけると、彼は申し訳なさそうに頷いた。
「リューズさんは、その……何かと有名な方なので。あっ!すいません、助けてもらっておいてそんなこと!」
「まぁ、気にすんな。お互い様よ」
偉そうに言うが、腕に銅の腕輪が付いていることから彼はC級であり、俺より上である。
「ロープ伝っていけば上がれるだろ?気を付けて帰れよ。一人か?」
と、聞いて青年の顔が曇る。あぁ、なるほど。そもそも本来はダンジョンなんて一人で来るところでは無い。どこにどんな危険があるかわからない。ソロでダンジョンに潜るやつなんてのは、よほどの実力者か死にたがりのどっちかだ。
「まさか仲間が――」
「長い。デザート。また嘘つくの?」
話の腰を折ってシーラが催促をかけてくる。
「今おじさんが真面目な話してるでしょうが」
シーラを嗜めると、青年は申し訳なさそうに手でシーラを促す。
「あ、あの。お先どうぞ」
「当たり前」
「じゃねぇわ。……ったく、甘やかすとつけあがるぞ」
と言いながらも収納魔石を開いて真っ赤でツヤッツヤのリンゴを取り出す。キンキンに冷えたおリンゴ様だ。
ドヤ顔でシーラを見ると、眉を寄せてげんなりした顔。
「それかぁ。ガラスみたいな食感のやつ」
「比較がおかしいわ!……マジで何でも食うのやめろって」
ナイフを出し、リンゴの皮を剥く。当然、ウサギカットだ。
「ほれ、ウサちゃんリンゴ」
「へぇ」
見たことが無かったらしく、シーラは皿に乗せたリンゴを色々な角度から眺める。
大人しくなったので青年との会話を続けよう。
「……で、仲間は?何人?」
「僕を入れて三人です。見たことのない魔物に襲われて、気がついたら崖から落ち、二人とはぐれて……」
すれ違わなかったって事は、先に行ったのか?
「んんっ!?」
再び話の腰を折る声が聞こえ、チラリとシーラを見るとリンゴを片手にキラキラと輝く瞳で頬に触れている。
「……さわやかなあまずっぱさ」
まさかの食レポについ噴き出してしまう。
「ぷはっ!さすがS級様、飲み込みが早いわ」
「嚥下は普通」
「何言ってんだこいつ」
俺のツッコミも気にせずシーラは両手にリンゴを持つ。
「ガラスより全然おいしい」
「当たり前だ」
青年の視線を感じたので、ゴホンと一度咳払いをして年長者の威厳を保つ。
「こっちはS級様がいるんだ。あとは任せて先帰ってな」
「い、いやです!」
青年は震えながらも睨むようにまっすぐに俺を見る。
「仲間を見捨てるやつはクズですから」
「……青年」
俺は年長者らしい包容力のある微笑みを見せた後で苦々しい顔で彼を睨む。
「それは俺への当てつけかな?」
「ぃいえっ!?違いますよ!?」
慌てて否定する青年。俺はニッと笑い、彼の頭をポンと叩く。
「良い心がけだ。自分の身は自分で守れよ、……治癒くらいはしてやるけどな」
「……はいっ!」
彼はナインと言い、年齢は丁度20歳。C級冒険者であり、職は戦士。仲間と3人で『満月の夜』と言うパーティを組んでいるらしい。
「奥行くの?」
食事とダンジョンを進む事に関しては何故か積極的なシーラさん。ウサリンゴを完食して少し上機嫌に見える。
「あぁ。あと2人いるらしい」
「ふーん。手分けする?」
「いや、しない」
俺は毅然と首を横に振る。情けないがこれが最適解。
本来真っ暗な崖の下。シーラの頭の上に浮かぶ光球が辺りを照らす。会話をしながらシーラはワーウルフの死骸から魔石を探している。
「あっ、僕も手伝います!」
「あげないよ」
「もちろんです!」
「ワーウルフは左肺の下な」
さほど時間をかけず合計34個の魔石を回収。ミノタウロスと違い個々の強さがあるわけではないので、魔石も小ぶりで、指で丸を作ったくらいの大きさだ。薄い琥珀色の魔石や、翡翠色の魔石。全ての魔物には魔石がある。
「ひらめいた」
魔石を集め終わるとシーラがボソリと呟く。
「何が?」
俺の問いに答えず、シーラは得意げにほんの少し口元を上げる。
「見つけかた」
「お!さすがS級シーラ様!一つお願いしますよ!」
「任せて」
シーラはそう言うと、間をおかず大きく息を吸い込んだ。それは俺の常識で考えるよりも長く、遥かに長く、その長さに比例して嫌な予感が膨らんでいく。
「なんかヤバい……、耳塞げ!」
「はいっ!」
俺たちが両手で耳を塞ぐと同時に、シーラは声を発する。
それは、ワーウルフ達の遠吠えなんかよりも遥かに長く、とんでもなく大音量で、大声を出しているシーラはどこか楽しそうで、空気がビリビリと振動するのが肌で感じられる物だった。
パラリ、と壁面から小石が落ちてくる。ダンジョン崩れない?と本気で心配してしまいそうなほどの音量と音圧だ。耳を塞ぐだけでは足りず、ぎゅっと瞼を閉じて固く目を閉ざす。
遠吠えは一分は続いただろうか?シーラはふぅ、と小さく息をつくと、暗闇の先を指差す。
「見つけた。二つ動いた」
「……バケモンかよ」
俺が呟くと、シーラはムッとして俺を睨む。
「人間」
コウモリとかが音の反射で居場所を探る……ってやつか?思いついた、って言ってたよな?ワーウルフの遠吠えから着想を得たのか。すげぇな、本当。
「行こうぜ、人間」
俺がそう言うと、シーラはこくりと頷いた。




