83話 祭りの前の祭り
――ウィンストリア国王即位50周年記念式典を一週間後に控える。
この一週間、街はお祭りだ。例えでなく、本当にお祭り。いつもは『王都ですが?』と言った風に少しお高くとまった印象を受ける街は、いつもより三割増しに活気のある、ある種乱雑な賑やかさを見せる。俺としてはこのくらいの方が落ち着くな。
「リューズ……!これはすごい!お祭りみたいだ」
日が落ちると、王城へと続く大通りの左右には様々な出店が並ぶ。夜の街路は色とりどりの魔導灯が照らし出し、まるで異世界のような情緒を醸し出す。
「だなぁ。まぁ、みたいって言うか本当にお祭りなんだが」
「あはは、いい匂い。やば」
シーラは目を瞑り、楽しそうにすんすんと鼻を鳴らす。確かに香辛料と果実を煮詰めた甘辛い香りが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する。産まれた時から味がしないと言ったシーラ、香りは普通にすると言っていた。
こんなにもおいしそうな香りを嗅いで、いざ食べると味がしない。それってどんな地獄なんだろうな。俺なんかでは想像もできない。まだ理由も原因もわからないけれど、シーラに味を与える事が出来て本当に良かったと思う。
「リューズ!アレは!?やばくない!?」
俺の手を引き、シーラは興奮した様子で目の前の出店を指さす。
炎と風の魔石を取り付けた回転式の器具。露店のおじさんがザラメ糖を投入すると、熱されたザラメは見る間に雲のように姿を変える。お祭りの定番、『わたあめ』。バルハードの祭りでもおなじみだ。
「お。お前わたあめ初見か。食べてみろよ」
「食べ物なの!?」
ここまで驚くシーラを見られるのもかなり珍しい。笑いながらおじさんに500ジェンを手渡す。
『まいどありぃ!』と威勢のいい掛け声とともに、おじさんは器具にザラメを投入する。シーラはその様子を瞬きもせずに食い入るように眺めていた。もうこの姿が見られただけで500ジェンなんて元は取れたようなものである。つまり――、わたあめは実質無料というわけだ。
「ほれ」
おじさんから手渡されたわたあめを渡すと、わたあめは次の瞬間俺へと差し出される。
「味して」
味がするようにして――、の略だろう。と、考えてどうやってこのシンプルな食べ物に手を加えようかと考えてしまう。隣ではシーラが待ちきれないとばかりにワクワクした瞳を俺に向けている。
「あ、あの~……。不躾なお願いなんですが、作らせてもらえたり……しませんかね?」
おじさんは一瞬なんのこっちゃと首を傾げる。
「まぁ、構わないけどよ。やり方わかるかい?ここがスイッチで……」
「了解っす。……ありがとうございまっす!」
深々と頭を下げると、おじさんは照れ臭そうに笑った。
そして、バンダナを髪に巻き、袖を捲ってバンドで留める。手を洗って準備完了だ。
目の前にはシーラ。視界の隅では腰かけて小休止しているおじさんの姿。――何やら知り合いに話しかけられて彼が立ち上がるのが見えたが、この時の俺は気にも留めなかった。
ザラメを取り、適度に熱された回転機に投入。溶けたザラメの香りは脳を蕩かせる。溶けたザラメは風に舞い、細い細い糸状になる。それを棒にくるくると巻き付けていく。見た目より難しい。できる限りふわっと、形よく、おいしそうに。
回転機の熱か、それ以外か。いつしか額には汗がにじむ。
「へい、お待ち」
完成したわたあめをシーラに手渡す。すでに一つ持っていたシーラはわたあめ二刀流の構えとなる。
「ふふ、来た来た。いただきまぁ……っす」
横着にも『ま』で口を開けたその形のまま大きく口を開けてわたあめをほおばる。
「んっ……、ふふふ!すっごぉ。ふわふわ」
満足げにシーラは一口、一口とわたあめを食べる。そして、探求心旺盛なシルヴァリアさんは、反対の手に持つ『俺が作っていない』わたあめもぱくりと一口。
「あー、綿だ。確かに」
納得した様子で頷いて見せる。綿自体を食べた事がないと出てこないシーラ特有の食レポである。
「こっちはリューズ。あげる」
そのまま俺の口元に食べかけのわたあめを向けてくる。
「さんきゅー」
子供の時以来何十年ぶりのわたあめ。やはり懐かしく、そしてうまい。
「これはおいしい。綿とは比べられないくらいおいしい」
「ふっ……、ははは。そりゃそうだろう」
シーラは店先で本当においしそうにわたあめを食べる。全身黒で揃えた黒く長い髪の美少女が、おいしそうにわたあめを食べるその珍しい光景に祭りを訪れた人々は何人も振り返る。
「わたあめ一つくださいっ」
初等学校に上がったくらいの男の子が、俺に500ジェンを差し出してきた。
「おっと、そうだった。おじさん、ありがとう!お客さん――」
振り返ると、おじさんはそこには座っていなかった。そこで俺はさっきおじさんが立ち上がってどこかに行ったことを思い出した。
「わ、悪いな坊主。今ちょっとお店の人がいなくて……」
「そっかぁ……」
期待に満ちた子供の瞳はたちまちに曇る。だが、間を置かずシーラが呟く。
「大丈夫」
子供の頭にポンと手を置き、得意げに、誇らしげに、わたあめをほおばりながら言葉を続けた。
「リューズが作ってくれる」
毎度の無茶ぶりに思わずぶるりと武者震いがする。本来であればお店の人がいないんだから勝手に作るだなんて言語道断。だけど、二人分の期待に応えないのも同じくらい……いや、それ以上に罪深いことだろうよ。
「任せとけ!」
軽く安請け合いをして、俺は再びわたあめを作る。二回目ともなればもう慣れたもの。
「わたあめ、お待ちっ」
屋台の中から差し出すと、それを受け取ったシーラは子供にそれを手渡す。
「ん」
子供の表情は一気に満面の笑顔に変わる。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「おいしいよ。世界一」
「本当!?……おいっしい!」
「当然。リューズのわたあめは世界一おいしい」
シーラは得意げに胸を張る。
「すごいね、世界一のわたあめなんだ!」
店先でシーラと子供はそんな風に声を上げる。そんな大げさな感想を聞いて、屋台の周りには次第に人が増えていく。
「世界一だって」「おいしそ~」「てか、あの子……【黒姫】じゃないか?」「【黒姫】お墨付きかよ」
気が付けば長蛇の列。
「並んで。リューズの世界一のわたあめ。一つ500ジェン。並んで」
苦笑いを浮かべる俺に、シーラは得意げに微笑む。
「リューズ。わたあめ二十六個。早くね」
まったく、簡単に言ってくれる。
「……まいどぉ!」
――しばらくして、おじさんが屋台に戻ってくる。
「いやぁ、悪いね兄ちゃん。ちょっとカカァから呼ばれちゃってさ――」
戻ってきたおじさんは売り上げを見て驚き目を見張る。
「うおっ!?こんなに売ってくれたのか!?」
「すいませんね、勝手にやっちゃって」
「いやいやいや!じゃあ、これ……少しだけどよ!」
差し出された五千ジェンを丁重にお断り。
「や、お気持ちだけで。わたあめうまかったっす」
「リューズ。次。行こ」
シーラに促されるまま、おじさんにペコリと一礼をして祭りの中へと向かう。
「お店の練習ができて楽しかった」
満足そうにシーラは笑う。
シーラの頭の中にはきっと、いつか俺が開くと言うレストラン。もしかしたら、本当にそんな未来があり得るのかもなぁ、と思ってしまい心の中でまた首を振る――。




