8話 善行は最高のスパイス
――ダンガロの街、近くにあるダンジョン。
今日も俺はシーラと一緒にダンジョンに潜る事になった。目を離すと平気で岩とか食いかねないからな。
「お前の髪の毛って地毛?」
俺が問いかけると、シーラはチラリと俺の髪を見る。
「リューズはカツラ?」
「まだ違ぇよ!?」
できればずっと、と願いたいところだ。
「いや、俺の事はいいんだよ。髪の色さ。黒って珍しいから気になって」
「別に。普通」
シーラはそっけなく答えたが、『関係ない』と言われなかっただけで嬉しくなってしまう37歳。普通って言っても37年生きていて初めて見たんですが。髪の色は自身の持つ魔力の質に直結しており、例えば俺の銀髪は治癒魔法が得意な傾向にあり、赤い髪は炎魔法が得意な傾向にある。一般的な金髪や茶髪はまんべんなく万能に使える事が多い。
考え事をしながら岩場を進むとつま先がつっかけて危なく転びそうになる。
「……っと、危ねぇ。お前も怪我したら言えよ?。こう見えて一応治癒士だから」
「けが?」
まるで初めて聞いたとばかりに首を傾げるシーラさん。
「しないの?」
「するわけない」
言われてみれば、シーラは到底ダンジョンに潜るとは思えない軽装な事に今更ながら気が付いた。街を歩くような黒い服と黒のショートパンツ、ブーツだけはそれなりに冒険者っぽい仕立て。それに黒のマント。黒い髪。全部黒。黒姫と異名されるのも納得の黒さ。軽鎧や、皮鎧すら着ていない。マント以外は本当に普段着のようだ。
「黒好きなの?」
「ん、楽だから」
答えてくれたのはいいが、いまいち答えがかみ合わず、首を捻る。
「楽、とは?」
「汚れても目立たない」
「あぁ、なるほど」
シーラらしい合理性に思わず納得してしまう。
地図も見ずにスタスタと奥へと進むシーラ。
「もう少し奥に行かないと魔物いない」
広大に入り組んでいるダンジョン、多くの冒険者が探索をしているが意外とかち合わない。
「まずは鍋の回収だろが。ずっと使ってる鍋なんだよ」
「あっそ」
中層を過ぎて、下層に入る。未踏破ダンジョンなのでもっと下もあるのだろうが、現状冒険者たちが比較的安全に活動できる範囲での『下層』だ。
「あれっ!?無いっ!」
ミノタウロスと戦った空洞にたどり着いたが、なんと鍋が無い。よく考えるとミノタウロスの斧も無い。
「切り替えよ?」
「早ぇよ。っかしいなぁ」
周囲を見渡すがどう考えてもこの場所で間違いない。
「考えられるのは、魔物が持ってったか、ほかの冒険者が持って行ったか……」
どっちにしても奥に行くしか選択肢は無い。
「シチュー待ってる時先に進んでたんだよな?なんかいた?」
「ゴブリンとかオークは普通にいたけど」
「食ったのか?」
「普通にいたけど」
「……食ってんなぁ、これ。ちゃんと料理してやるから直食いはやめろよなぁ」
そんなのんきな会話をしていたのも束の間、視界の先に剣が落ちているのを見つける。鞘に入っておらず、使い込まれた剣。鍋ならともかく、ダンジョンで食料の次に必要とも言える武器を忘れていく間抜けはいない。
「シーラ。持ち主探すぞ」
「え……、めんど」
明らかにやる気のない無気力な返事をするシーラ。
「良い事した後のメシはうまいぞ?」
その一言にシーラはピクリと反応をする。
「へぇ」
「今日は果物もいっぱい買ってあるんだ」
続く一言で、無表情なシーラはいそいそと先を急ぎだす。犬であればパタパタと尻尾を激しく振っていることだろう。
「リューズ。置いてくよ」
「へいへい、サンキューな」
いつものんきにトコトコ歩いている姿とは打って変わって、シーラはS級冒険者の片鱗を見せる高速歩行で足場の悪いダンジョンを進んでいく。対する俺は息を切らせてほぼ全力疾走の様な速度で走る。
「ま……、待てシーラ。俺がっ……ついていける速度でっ!」
「急がなきゃ。死んでたら良い事にならない」
ゆえに、ご飯がおいしくならない、とでも言いたいのだろう。
「縁起でもない事言うな。……まぁ、死んでさえなければ任せとけ、こう見えて治癒士なんでな」
何度かの分かれ道を一切の躊躇なくシーラは進む。
「なんで道わかんの?適当?」
「ん、普通わかる」
「普通はわかんねぇんだよ」
十分以上走っただろうか。ダンジョンの奥の方から、濡れた獣のような臭いに排泄物の臭いが混じった風が吹き込んでくるのを感じる。
「良い事見っけ」
おそらくは獣人の類の巣だろう。どれだけの数がいるのかもわからぬ敵地にシーラは嬉々として向かう。
「善意は調味料じゃねぇんだよなぁ」
道の先は崖になっている。シーラは走ったその勢いそのままに崖を飛ぶ。――眼下の暗闇に幾つもの光が見える。それは瞳だ。無数の獣人の瞳が、暗闇の中で俺たちを見る。
同時に敵襲を知らせる遠吠えが響く。
『ウオォォォォォン』、狼の獣人――、ワーウルフの群れだ。
「34匹」
シーラは短く呟く。一秒にも満たない一瞬で、正確に敵の数を把握した様子だ。
情けなくも崖上から見下ろす俺。シーラは左手を真横に伸ばす。
「全属性同時解放展開……XXXIV」
瞬間、天使の輪の様にシーラの頭上に魔法陣が現れ、背後にも光の輪が現れる。
――瞬間。炎、氷、風、土、そして光と闇。34発の、言葉通り全属性の魔法弾が、魔法陣から暗闇に放たれる。色とりどりのそれは、まるで花火を見ている様だった。
炎弾が狼を焼き、氷槍が凍てつかせ、風刃が切り裂き、岩礫が砕き、光が貫き、闇が飲み込む。
ワーウルフ達の断末魔の声が多重奏でレクイエムを奏でる中で、シーラはタッと軽く着地する。
右手を掲げて光球を照明の様に固定する。光球が照らす崖の下は地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。34体のワーウルフが燃え、凍り割れ、貫かれ、絶命していた。
「ねぇ」
シーラは不満げに崖の上の俺を見る。
「だからいらないって」
何を言っているか?俺はシーラが跳ぶ際に継続治癒魔法【再生】を掛けたのだ。俺は飛び降りられない。けれど、S級とは言え歳の離れた女の子一人で戦わせるなんておっさんが廃ると言うものだ。だから、咄嗟に自動治癒を掛けておいた。お守り代わりに、と思ったんだけどシーラからすれば余計なお世話の様だった。
「ははは、そう言うなよ」
岩場にロープを引っ掛けて、崖下へと降りる。
「いた」
魔物達の死骸の中を歩きながらシーラが声を上げる。
指差す先には、岩場の影で震える20歳くらいの若い冒険者がいた。ぼろぼろで明らかに折れた足、全身傷だらけ。出血もあるが生きている。
とりあえず一安心。俺は安堵の息を吐く。
シーラは手近な岩に腰掛けたかと思うと、いそいそと収納魔石を開いて弁当箱を取り出す。
「ふふ、どうかな」
「今!?」
良いことをした後のメシはうまい。言ったよ?言ったけどさ。ワーウルフ達の死骸と、震える冒険者を横目に、俺は苦笑いを浮かべるほかなかった。




