70話 冒険者の街・ヴィザ
王都からヴィザまでは通常の定期馬車で三日。だが、俺とシーラは竜馬を飛ばす。馬車より値は張るが、竜馬なら半日もすればヴィザに至る。
駝鳥の様な二足歩行の竜馬の背でミアリアの手紙を読む。シーラはピッタリと俺の隣を並走し、横から手紙を眺めている。
「邪魔だよ。無駄に騎乗技術すげぇな。後で読ませるから下がれ」
「は?いやすぎる。いつ読もうが私の勝手」
「……それは自分勝手って言うんだよなぁ」
それ以上のお小言は意味をなさないのだろうから、もう言わない。
手紙にはミアリアの少し丸っぽい文字で、要約すると『リュー兄元気?誤解のないようにはっきりと文字で書くね。私とリュー兄がした約束は、『神殺しの魔窟』をクリアすることじゃなくて、『二人が生きてこの街に帰ってくること』だからね。だから、クリアなんてしなくてもいいから。無理だと思ったらいつでも帰ってきていいからね。でも、応援してる。頑張って。また手紙書くね』――と、書かれていた。
涙腺が仕事を始めようとした瞬間、シーラは苦々しい顔で手紙を指さす。
「ここ字間違ってる。私は間違えない」
「……なんなんだよ、その対抗心はよ」
日も沈んだ夜の街道を二匹の竜馬が往く――。
そして、夜明け過ぎ。俺たちの目の前に巨大な石の壁で囲まれた城塞都市が現れる。同じく壁で囲まれたウィンストリアは流れる水が優雅さすら感じさせたが、ここはそんな飾りっけは一切ない。どう考えても城壁である。
「ここは来た事あるんだろ?」
国境沿いにあるシーラの親……ドラッケンフェルド家の領地からウィンストリアを目指す場合、通り道になるのだから来ない理由はない……と思う。普通なら。
「うん。闘技場あるとこでしょ。やったよ」
「えーっと、それは闘技場に出場したって事?いくつの時?」
俺の問いにシーラは首を捻る。
「12?13?まぁその辺」
「へ、へぇ、そうっすか」
闘技場では賞金や商品のかかった腕試し大会が頻繁に行われている。個人戦やパーティ戦。その年齢のシーラがおそらくソロで出たそれがどんな結果になったのかは現地に行ってのお楽しみといこう。
竜馬を係留所に停めて、街に入る。冒険者は腕のギルド証をかざす事で身元確認が済むので手続きが早い。
街は早朝にもかかわらず、今までみたどの街よりも活気に溢れていた。
「朝から皆さん元気だなぁ」
他の街と違い、路面に普通に武具店も並んでいる。
街を眺めながら俺たちは街の中心を目指す。大体どの街でも冒険者ギルドは街の北東にある。
だが、ここはヴィザのギルドはすべてのギルドを束ねるギルド本部。この街のギルドは街の中心にあるんだ。
街の中心に鎮座する四角い石棺のような無骨を極めた建物。そこがヴィザのギルド・ギルド本部だ。
四方向全てに出入口があり、手近な扉を開いて中に入る。
押し扉はキィと軽い音を立て、俺たちを室内へと誘う。
薄暗い室内に入ってきた俺たちを見て、冒険者たちは驚きの声を上げる。――正確には、入ってきた『シーラ』を見て。
「くっ、黒姫!?」
「馬鹿野郎!様を付けろ、殺されるぞ!」
「黒姫様のご帰還だァ!」
朝から酒を浴びていた荒くれ者どもは統率された声を出して、入り口から受付への道の左右をビシッと整列して取り囲む。
「黒姫様!おかえりなさいませ!」
一糸乱れぬ動きで両脇の冒険者は頭を下げる。
「ん」
シーラは一切意に介さない様子で受付へと歩みを進める。
「え?これ普通な感じ?12年前はこんな感じじゃなかったよ?……お前、なにしたんだよ」
引きつり笑いで俺が問いかけるが、それが荒くれものの逆鱗に触れる。
「貴様ァ!従者の分際で黒姫様をお前呼ばわりだと!」
「……バカ、その人は従者じゃねぇ!知らねぇのか!?」
静止を聞かず男の手が俺の胸倉をつかもうとした瞬間に、部屋の空気は真冬よりも冷たく凍り付く。
「ねぇ」
短い一言。ゆっくりと動いたシーラの左手。その人差し指は男を指す。
「リューズに何かしたら殺すから」
男は無言で、何も言えずに、ただただ震えるように頷くのを繰り返し、潔白を示すように、降伏を示すように両手を高く上げた。
出会った頃なら即座に武器が出ただろう。それに動きの緩急を学んだせいか、所作の一つ一つに威圧感が備わってしまっている気がする。
「さすが黒姫様っすなぁ」
「は?うざ」
黒姫様の伝説の一端に触れられたようで、なんだか少し嬉しいよ。
受付カウンターに向かうと、カウンターにいた生真面目そうな中年男性は俺を見て眼鏡をクイっと上げ、幽霊でも見たかのように驚き立ち上がる。
「リューズくん!?リューズくんじゃないか!」
眼鏡の男性――ネアルコスさんは、慌てた様子で俺に駆け寄ってくる。
「あ、ネアルコスさん。ご無沙汰してます」
ヘラヘラと笑い、頭を下げると、ネアルコスさんは嬉しそうに俺の両肩をポンポンと叩く。身長はシーラより低く、小柄で細身の優男。
「いやぁ、元気そうでよかった!大きくなったねぇ!」
「なってねぇと思いますよ」
「この小さいおじさん知り合い?」
シーラがネアルコスさんを指さして俺に問う。
「おぉい、無礼が過ぎる」
「ははは、いいのいいの。シルヴァリアさんは本当に大きくなったね。前にここに来た時なんてこんな小さかったのに」
にっこにこの笑顔でネアルコスさんは指で極端に小さい大きさを表す。おやじギャグである。効果はてきめんで、シーラは眉を寄せて半歩距離を置く。
「え、やば」
「そんなにやばくはねぇだろ」
「おっと、僕だけ楽しんでたら妻に怒られちゃうよ。今部屋にいるから会ってあげて」
そう言ってネアルコスさんは奥の扉を手で示す。
「え~……、朝は機嫌悪そうで嫌なんすけど」
「大丈夫!君が来たって知ったら朝日よりも燦然と輝く笑顔を見せてくれるさ」
無責任に親指を立てて彼は言う。けれど、それを見せるのはきっとあんたにだけと言うことも俺はよく知っている。ネアルコスさんは、ギルドマスターであるセレスティアの夫なのだ。
「ねぇ。ギルドマスターってすごいの?」
シーラがネアルコスさんに問うと、彼は笑顔を絶やさずに即答した。
「うん、すごいね。すべてのギルドと冒険者の頂点だ」
「『神戟』よりすごい?」
「すごいね」
それを聞いたシーラのスイッチが入る。
「は?じゃあ私より強いんだ?」
ネアルコスさんは眉一つ動かさずに即答する。
「強いよ。間違いなく」
シーラは足早に扉へと向かう。
「リューズ。行こ」
「……ネアルコスさん。余計な薪くべるの止めてくださいよ」
「事実を言っただけだよ?まぁすぐにわかるでしょ。僕は仕事があるから、またあとで」
「もうこれ絶対トラブル確定じゃん。やれやれだよ、本当……」
にこにこと手を振るネアルコスさんと対照的に、肩を落とした暗い顔の俺はギルドマスターの部屋へと向かう。




