7話 黒姫とお弁当
昨日は妙な一日だった。S級冒険者シーラ、ミノタウロス、超高級レストラン。Fランクのおじさんには刺激が多すぎだよ。さてさて、今日もいつも通りダンジョン探索へと向かうことにしよう。忘れた鍋を取りに行かなきゃならないしな。高級品だとかそんなのじゃなくて、もう20年近く使っている愛用の一品だから。傍から見たらゴミに見えて捨てられるかもしれないから、すぐに行かないと。
この街で常宿にしている安宿を出ると、まるで俺が来るのが分かっていたかのようにシーラと出くわす。
「よっ、おはようさん」
俺が軽く手を挙げて挨拶をすると、シーラは腕を組んだまま小さく手を挙げて挨拶を返してくる。
「まさかお前もここ泊まってるだなんて言わないよな、公爵令嬢様」
シーラはふるふると首を横に振る。
「私はあっち。こんな汚いとこじゃない」
そういって昨日行ったレストランがある目抜き通りの方を指さす。
「ははは、ハッキリ言うな」
歯に衣着せぬ物言いに笑いながら俺は収納魔石を開く。
「これ持ってけよ。弁当。厨房借りて作ったんだ」
「弁っ……当!」
そう復唱するシーラの瞳がキラキラと輝いて見えた。
「多めに作ったからちゃんと保冷しとけよな」
俺の話を聞かずにシーラは弁当の入ったバスケットを両手で抱えていそいそと宿の階段に座る。
「今食べる。お腹すいた」
「……お前そればっかだなぁ」
なんて言いながら口元が弛んでしまう37歳、Fランク治癒士。
バスケットの中に三つほど入れた弁当箱の一つを、まるで宝箱でも開けるかのようにワクワクした雰囲気でシーラは開く。
「わぁ」
別に中身はなんて事はない卵焼きとか、ハンバーグとか。あとはこいつは明らかに野菜が足りていないだろうからミニトマトとほうれん草のおひたしが入れてある。余談ではあるが、ハンバーグとは鉱山の町ハンドバング発祥で元々鉱夫たちに人気の賄い料理だったものが全国に広がったものらしい。
「この赤いのから食べよう」
シーラは得意げにミニトマトを一つ摘まむ。
「ヘタは取れよ」
「下手じゃない」
「多分そう言う意味じゃねぇ」
「つべこべうるさい」
そういって口を『あ』と開けて当然ヘタごとミニトマトを口に入れる。
「……っふ」
短く声を漏らし、明確にシーラは微笑んだ。
そして、得意げに俺を見て感想を述べる。
「すっぱ甘い」
「甘酸っぱい、が一般的かな」
「あまずっぱい」
続いて、ハンバーグと卵焼きを指で選び、卵焼きを手に取る。
「フォーク使えよ」
「いい」
目を閉じて、卵焼きを味わう。公爵令嬢様は手づかみがお好き。
何度か咀嚼してから、シーラはかみしめるように呟く。
「なんで味がするんだろう?」
「そりゃ味付けしてるからだろ」
何を当たり前の事をと苦笑すると、目を開けたシーラはまじめな顔で首を傾げる。
「他の食べ物は全部味がしない。生まれた時からずっと」
「え?」
苦笑いのまま間抜けな声を出して固まってしまう。『うそ』とか、『冗談』とか続くかと思ったが、シーラはそのまま弁当に視線を移して言葉だけ続ける。
「だから何食べても同じだったんだけど。スライムも、岩も、おにぎりも」
「その並びはおかしいだろうよ……」
「もちろん、情報としては知ってた。『おいしい』って。だから、リューズの料理が初めて」
少し大きめに作ってしまったハンバーグを小さな口を大きく開けて一口で食べるシーラ。口にケチャップをつけながら俺を見上げる。
「これがおいしい、だ」
そこまで言われると早起きして弁当を作った甲斐があるというものだ。歳を取ると涙腺が緩くなるので、ぐっと堪える。……原理も原因もわからないが、嘘を言っている様子ではないし、生まれつきと言うからには祝福と関係あるものでもないのだろう。もしかして、俺の治癒魔法で――?
「リューズ」
考えていると、シーラは俺に手を伸ばす。ハンバーグのケチャップが付いた手を。
「一生私にごはんを作って」
「……は?」
俺の答えにシーラは不満げに眉を寄せる。
「は?じゃない。一生私にごはんを作って」
「いやいやいや!お前さ!それじゃまるでプロポーズだぞ!?いいか!?俺は37歳で、お前は17歳!それにまだ会ったばかりだろうが!」
慌てて大きな身振りで俺が抗弁をすると、シーラは苦虫をかみつぶしたような顔で俺から少し距離をとる。
「プロポーズ……?なんで私が?こわ、憲兵呼ぶね」
「お前が言ったんだろ……」
俺から距離を取りながらもハンバーグをつまんでいるシーラ。
「あー、それ二段目がおにぎりだから。おかずばっかり食べてるとバランス悪いぞ」
「先に言って」
シーラは足をばたつかせて苦言を呈する。
一生かどうかはおいておいて、この街にいる間くらいは作ってやるよ。と言おうと思ったけど、憲兵呼ばれるのは嫌だから思うだけにしておこう。
「これからまたダンジョン潜るけど、お前も行くか?」
「ん」
問いかけると、シーラはもぐもぐと口を動かしながら小さく一度頷いた。
ふと気が付くと、見上げた空は青かった。きっと、気のせいではなく12年間で一番青い空。




