69話 ギルドマスターからの手紙
69話 ギルドマスターからの手紙
王都に戻って一週間後。ギルドに呼び出されて赴くと、顔面蒼白で大慌ての受付嬢・イズイが両手を大きく振って俺とシーラを急かす。
「あれ?俺なにかやっちゃいました?」
いい年してお叱りを受けるのは地味にきつい。違うといいなぁ。
「ちちち違いますよぉ。先週の聖遺物依頼の報酬が教会から届いたんですけど……」
「結構入ってた?期待していいって言ってたもんな」
軽く笑う俺に大きくため息をついて首を横に振りながら、イズイは無言で報酬明細をすっと差し出してくる。
「聖遺物鑑定12点。おおっ、200万――」
と、ゼロを数えて俺の顔も青ざめる。
「イズイさん。これ、教会の人桁一つ間違えてない?」
2から始まり、そこに0が続く。20000000ジェン。つまり、2000万ジェンである。
「ですよねぇ。一応今教会に照会送っているところなので、もう一週間くらいお待ちいただいていいですかぁ?」
「それがいいよな、ははは」
青ざめた顔で苦笑いを浮かべる小市民二人。そんな二人を気にせず、シーラは受付にでんと額縁を置いて見せる。
「イズイ。これここに飾っといて」
「構いませんけど、なんですか?えーっと、鑑定証――」
その頓狂な鑑定証を見て、イズイは受付の向こうで驚き目を丸くする。
「リューズさん!これ大丈夫なんですか!?ゲオルグって人がシーラさんの事かわいいって認定しちゃってますけど!?第七騎士団長!?何者ぉ!?」
「んー、よくわからん。大聖女様が書けって言って、ゲオルグさんが書いてくれた」
「その辺に飾って」
イズイの受付カウンターの上の辺りを指さし、無責任にシーラは放言する。
「……ゲオルグさんの名誉の為にやめてあげようぜ」
と、苦笑いを浮かべてイズイを見ると少し気になる事が一つ。イズイの左目はいつも前髪で隠れている。
「不躾なこと聞くけど、君左目って普通にあるよね?」
俺の問いに首をかしげながらもイズイは前髪を手でかき上げて左目を見せてくれる。濃い紫色の髪と同じ色の瞳。
「そりゃありますよ」
「だよなぁ。なんでいつも隠してんの?」
「い、いい質問ですねぇ」
ムッと眉を寄せると、きょろきょろ周りを見渡す。そして俺に小声で耳打ちをする。
「……ほら、私受付一番右でしょう?」
「俺から見ると左だけどな。まぁ、いいや。それで?」
「……左目を隠していると居眠りしても隣に気づかれないんですよねぇ!」
想像の十倍くだらない理由でびっくりした。
「あのー、この人ちょくちょく居眠りしてるみたいっすよ」
ほかの二人の受付嬢に早速密告する。
「ちょっとぉ!?言わない約束じゃないですかぁ!?」
「一言もそんな事は言ってねぇな」
「あはは」
聞こえてきたその声で、俺とイズイは時間が止まったかのようにピタリと動きを止める。
油の切れた機械のようにぎこちない動きで後ろを見る。当然そこにいるのはシーラだ。
「今、笑った?」
「うん。何かまずい?」
さも当然とばかりに問い返すシーラさん。
「いや、何もまずくないよ?め、珍しいなぁって思ってさ」
「そう?結構笑ってると思うけど」
絶対にそんな事はねぇよ、と思ったけど、せっかくの楽しい気分に水を差す訳にはいかない。俺はにやける口元を噛み殺しながら、シーラの頭をポンポンと叩く。
「そうだな。お前はよく笑ってるよ」
「それは言い過ぎ」
せっかくフォローしたのにどっちだよ、と思っていると、シーラは得意げに口元を上げて俺の顔を覗き見る。
「リューズ。教えてあげる。人は楽しいと笑うんだよ」
そんな当たり前の事を特別そうに教えてくれるシーラ。
「だよな。12年間、すっかり忘れてたよ」
教会からの報酬は一旦保留。大聖女様と第七騎士団長様の知己を得られたという意味では、報酬以上の物を得られたと思う。
さて、次の任務は――。と掲示板を眺めていると、イズイから声が掛かる。
「あ、そうそう。リューズさん宛てにいくつか書簡が届いてますねぇ」
神樹ガルガンテが育つまで家はできないし、仮住まいにも不在な事が多いので、俺やシーラ宛の手紙はギルド留めになっている。
「へぇ、誰からだろうな」
封書は二つ。一つはバルハードのミアリアから。そして、もう一つは。見るからに高級そうな封書に金箔でメドゥーサ紋が押されている。差出人の名前は無い。だが無くてもわかる。この世界でメドゥーサの紋を使っている人間は一人しかいない。
シーラが覗き込む横で、重い気持ちで封筒を開ける。
『起きたんなら顔くらい見せに来い。殺すぞ』
最後に会った12年前と少しも変わらない、傲慢さと横柄さと、それを補うくらいの面倒見の良さが殴り書きの、手紙とも言えないくらいの短い文から読み取れた。
「は?」
手紙の最後の文字を見た瞬間にシーラのスイッチが入る。
「殺すなら殺さなきゃ」
初めて一緒にギルドに行った時もそんな事言ってたな。それが11歳からほとんどをダンジョンで過ごしてきたシーラの死生観なんだろう。自分を殺そうとする相手を生かしておく理由はない。
「や、シーラ。これは大丈夫な殺すだから。この人にとっては挨拶みたいなものだから」
「意味わかんない。そんな挨拶ある?」
「……ま、まぁ教育に悪いのは事実だから絶対真似すんなよ」
「ふーん。で、こいつは誰なの?」
苦々しい顔で手紙をシーラは手紙を指さす。金色の箔で押された髪が蛇の魔物――メドゥーサの紋。
「頼むから本人に『こいつ』とか言うなよ?……この人は、セレスティア・アズライール。世界に100あるギルドを束ねるギルドマスターにして、……約20000人の冒険者の頂点だ」
ギルドの本部はここウィンストリアから北西にあるヴィザの街にある。ウィンストリアが王権の中心、ブラドライトが宗教の中心であるのなら、ヴィザは冒険者の中心である。冒険者の鍛錬や興行の為に闘技場まである。
「じゃあ、次はヴィザ?」
「……悪いね。ちょっと依頼とかじゃないんだけど、顔見せに行かせて」
乱暴な言葉で書かれた手紙。深読みしすぎかもしれないけれど、『起きたなら』って言葉が少し嬉しかった。俺自身、死んでいると思いながら無為に過ごしていた12年を、この人は『眠っているだけ』と思ってくれていたんだから。
俺の言葉にシーラはコクリと頷く。
「ん、いいよ。名物は?」
「冒険者かな」
「うげぇ」
コーヒーを飲んだ時のような苦々しい顔でシーラは舌を出す。
煮ても焼いても食えない、って意味では正しい反応だよなぁ。




