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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
祝福の大聖女と丸いパンケーキ

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66話 月のない夜

 ――ブラドライトの冒険者ギルド。その裏手にある鍛錬場。


「なぁ、旅先で久しぶり会ってよ、『飯でも食うか』って言われたらさ、普通思うじゃん?どっか良いとこで奢ってくれるって」


 許可を得て鍛錬場の片隅で調理をする俺を見てダルトンは苦言を呈する。

「それはあんたが勝手に思っただけでしょ?私はリューズさんのご飯の方がいいな」

 隣で野菜を切るのを手伝ってくれながらエイラが味方してくれる。

「あっ!そうだ!僕も鍋買ったんですよ!見てください!」

 

 収納を開けたナインは、中々に値の張りそうな合金製の寸胴を誇らしげに見せてくる。

「ほう。……名前は?」

「なっ……名前!?」

 俺の問いかけに若いナインは驚きの声を上げる。まだまだ青いな。

「お前なぁ。これから苦楽を共にする相棒に名前の一つも付けないのは失礼だとは思わないのか?」


 シーラが『きも』と呟くのが聞こえたが、聞こえないふりをする。

「そっ……そうですね。それは確かに一理……あります!」

 真面目な顔でナインが頷き、エイラはあきれ笑いで手を横に振る。

「ないない。付けないよ」


 大きめの炎魔石と網を取りだす。天気もいいし、せっかく外だし、シンプルにバーベキューがいいだろう。

 

 肉を焼きながら考える。【解析】の祝福を持つと言う大聖女・アミナと彼女が放った言葉の意味を。


「なぁ、エイラ。大聖女って偉いの?」

 神聖術を嗜んでいるエイラなら、俺より教会には詳しかろうと思って問いかけると、野菜を網に置きながら彼女は驚きの顔で俺を見る。

「その質問がすでに不敬では!?ブラドライト正教会に対する多大なる貢献と奉仕の結果認められる女性修道士最高位の称号ですよ!?」

 だいぶ年下の女の子に無知をなじられるのってなかなかにキツイ。


「お、おう。そうだな。やっぱり偉いんだよな」

「当然です!」


 と、考えるとやっぱり違和感がある。信教の中心である大聖堂。その地下深くに用意された地下室。あの子はいつもあそこにいるのだろうか?それとも鑑定の時だけ?どちらにしても、どう考えても偉い人にする扱いではない。教皇に同じ扱いをするかと考えれば必然答えはわかるだろう。

 ――あれは閉じ込める為の檻だろう。


 あくまでも想像にすぎないのが、その方面で考えると傍にいた護衛の剣士……ゲオルグ君の役割も変わってくる。護衛である事は間違いないにしても、もう一つの役割もあるのだろう。視たものの全てがわかる【解析】。すべてを知りえる存在だなんてメリットとリスクがでかすぎる。それならなぜ――


「リューズ」

 シーラが俺を呼ぶ声でハッと我に帰ると、ワクワクした表情のシーラは網の上の肉を指さす。

「焦げてる。ちょうだい」

 そう言って『あ』っと大きく口を開ける。

「うわっ、悪い!ちょっと待ってろ、新しいの焼くから!」

 考え事をして肉を焦がすなんて料理人にあるまじき失態。あれ?俺料理人だっけ?

 俺の言葉にシーラは首を横に振る。

「それでいい。焦げてる味も食べたい。ふふ、どんなかな」

 

 シーラはワクワクした風にクスクス笑うと、再びひな鳥のように口を開ける。弛まぬ味覚への探求心につい俺も笑ってしまう。

「身体によくないから今回だけだぞ」

「平気。治癒魔法で治る」

「そういう問題じゃないんだよなぁ」


 塩コショウを振った肉をシーラの口へと運ぶ。

「へへ」

 待ちわびた肉の到着。二度、三度と咀嚼をすると困り顔ながら楽しそうに笑う。

「にっが。うまみを塗りつぶすような黒い苦み」

「ふはは、なんだよその食レポ」


 気軽に笑っていると、三つの視線に気が付く。ナインとダルトン、エイラの視線だ。

「な、なにか?」


「いや、『なにか?』じゃねぇよ。あんたらデキてんの?」

「デっ……!」

 いぶかしげな顔でダルトンが俺に問いかけ、エイラが復唱しようとして言葉を止め、俺の次の言葉を待つ。

「ま、まぁまぁ二人とも。余計な詮索は失礼だろ。……そりゃ気にはなるけど」


「はぁ?馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺は37でシーラは17。あるはずねぇだろ」

 言うまでもなく当然の事をを敢えて言葉にして否定する。

「なんだよ、面白くねぇ」

「その言い方」


 エイラは胸に手を当てて俺をじっと見る。

「リュッ、リューズさん。わ……私!20歳です!」

「知ってるっつの。エイラがっていうか、三人ともだろ」


「リューズはマリステラが好き」


 焼けた野菜を食べながら他人事の様にシーラが呟き、その言葉に三人は食いつく。

「マジかよ!?」

「今でもですか!?」


「……ことあるごとに俺の初恋ばらすのやめてもらっていいですかね?」



 ――しばしの歓談のあと、後片付けをして三人と別れる。


 聖遺物の鑑定は一週間程度行われている様子で、静謐な雰囲気に似つかわしくない冒険者たちの往来が目立つ。……と、まぁそれは俺たちも人のことは言えないのだけど。冒険者にはいろいろな見た目の人たちがいて、腕に文字や紋様の入れ墨が入っている荒くれものもいる。それをチラリとみて少し思考の種が育つ。



 夜になる。宿はベッドが二つの同じ部屋。寝転がりながらなんとなく懐かしさの理由に気が付く。

 『神戟』は四人、『満月の夜』は三人。勝手な思い入れだし、勝手な思い込みなんだろうけれど、勝手にあの三人に”俺のいない『神戟』を重ねてみてしまっている事に気が付いた。

「……はっずかし。あいつらには言えねぇよ、そんな事」


 シーラはベッドの上で足をパタパタと揺らしながら大判の図入りレシピ本を眺めている。

「ねぇ。明日も行く?まだあるけど」


 一瞬なんのことかと思ったが、きっとアミナの事だろう。どうしてこいつの言葉は主語がないのか。『ねぇ。明日も教会に行く?聖遺物まだあるけど』言い換えるならそんなところだろうか。


 重ねて俺って常識の枠から出られない人間なんだとそんな一言で思い知る。

「そうか。別に一度きりなんて言われてないんだもんな。明日も持って行っていいのか」

「当然」

 

 ガバっと勢いよく身体を起こし、顎に手を当てて考える。

 アミナが言った二度の『お答えできかねます』、そして彼女のおかれた境遇。依頼はあくまでも聖遺物の鑑定。いらぬ世話のおせっかい。


 彼女は世間話を求めている。ゲオルグもある程度はそれを許容している。俺の自己満足にすぎないのかもしれない。それでもいい、それなら明日はもう少し踏み込んでみようか。


 少し考えて俺はシーラに問いかける。


「なぁ、シーラ。俺はどうやったら鍋を食べられると思う?」

 俺の問いにシーラは眉を寄せて化け物を見るような目で俺を見る。

「え、きも。鍋好きすぎじゃない?無理でしょ」

「だよなぁ」


 窓の外には月は無い。同じ質問をアミナにしたら、彼女はなんと答えるだろうか――?

 

 

 

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