65話 満月の夜
――聖都ブラドライト、大聖堂前の広場。
大聖堂を出ると、野外の簡易鑑定所に何やら見知った顔を見つける。
「はぁ!?よく見ろよ、どこがニセモンだよ!?絶対これ聖遺物だろ!?」
橙色の短髪をした若き冒険者とその幼馴染パーティ――、ダルトン達『満月の夜』だ。
彼らも聖遺物の鑑定にブラドライトを訪れていたようで、久しぶりの再会につい笑みが漏れてしまい、シーラに首を傾げられる。
「なにがおかしい?」
「いや、おかしくはない。嬉しい、の方が的確かな」
「へぇ。じゃあ、なにが嬉しい?」
視線の先に同じように三人を見つけながらシーラは他人事の様に俺に問う。
「なにがって、なぁ」
鑑定待ちの冒険者たちの間を縫って進み、ダルトン達のほうへと進む。なにやら揉めている様子。
鑑定をしている年配の修道士はモノクルを片目につけ、眉を寄せて彼らの持ち込んだ古びた壺を見定める。
「ふぅむ。見れば見るほど……まがい物ですなぁ。土産物の骨とう品でももう少しそれっぽく作りますよ?」
ダルトンの態度にカチンと来たのか、修道士さんも冷静を装いながらも好戦的に鑑定結果を述べる。
「あぁ!?」
「ほら、もういいでしょ。行こ」
「……あはは、ご迷惑をおかけしました」
エイラがダルトンを引っ張り、ナインは苦笑いで修道士に頭を下げる。そこで終わりでいいだろう。いいはずだ。
「まったく、自分の見る目のなさを棚に上げて……。親の顔が見てみたいわ」
わざと聞こえるような大きさの声で、ため息交じりに修道士は呟く。
「なんだと、てめぇ」
当然、それはダルトンの怒りの導火線に着火する。
「まぁまぁ。親じゃねぇけど、こんなおっさんの顔で勘弁してくれませんかね」
へらへらと軽薄かつさわやかな笑顔で両者の間に割って入る。幸い、修道士のおじさんは俺とシーラの顔を知っていた様子。
「なっ……『神戟』の!?それに、黒姫!?」
俺の後ろで三人の驚きの声が聞こえる。
「リューズさん!?」
「よっ、久しぶり。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「お久しぶりです、リューズさん。シルヴァリアさん」
「ん」
ナインからの挨拶を、無視でなく短く一言返すところに成長を感じてまた目頭が熱くなる。
「おっさん、こんなとこでなにしてんだよ。いくら古びててもあんたは聖遺物じゃねーぞ?」
シーラの成長への感傷をダルトンの嫌味が中和してくれたので、ちょうどよく涙も止まる。
「わはは、そりゃそうだ。元気してたか?」
「まぁな。あんたは相変わらずそうで。別に興味ねーけど」
腕を組みながらそっけなく答えてダルトンはそっぽを向く。エイラとナインはその様子を眺めてニヤニヤと意味ありげな含み笑いをする。
「あ、ねぇ」
珍しくシーラがナインを呼び掛けて、ナインは驚き目を見張る。
「僕、ですか?」
「そう言ってる。暇?」
「え」
まさかの問いにナインは絶句する。隣のエイラはキラキラしたまなざしで二人のやり取りを見ると、足早に俺の方へと駆け寄ってくる。
「リューズさん、リューズさん!……これは、どういうことなんです!?」
「……シッ!黙って見てろ」
「暇なら付き合って。あとお前も」
「お前って。俺の方が年上だろ!?」
「関係ない」
――場所は変わって、ブラドライトの冒険者ギルド。
大きな街にはギルドがあり、ギルドにはだいたい壁に囲まれた鍛錬場がある。
訓練用の木の剣を手に取り、シーラはヒュンと軽く振って見せる。
「ん。いいよ、かかってきて」
一切脈絡のない行動にナインとダルトンはあきれ顔だ。
「はぁ?何言ってんだ、こいつ」
後衛の俺とエイラは壁沿いの椅子に座り成り行きを見守る。
「訓練を付けてくれる、って事ですか?」
エイラの問いに俺は首を横に振る。
「いや、逆かな。シーラが訓練したいんだろうな。ほら、俺剣は素人だろ?ある程度実力がないと訓練相手にもなれないだろ」
「訓練……。シルヴァリアさんが……ですか?」
なかなか始まらない戦闘に、退屈そうなシーラはあきれ顔でため息をつき、木剣で肩をトントンと叩く。
「いいから早く。真剣でいいから。はーやーくっ」
困惑したダルトンは俺を向いて声を上げる。
「おっさん!どういうことだよ!?」
「悪い!最近シーラ剣の訓練にハマってんだ!付き合ってやって!」
両手を合わせて懇願する。ダルトンは面倒くさそうに頭を掻きながらも木剣を手に取り、一度宙に放る。そして、くるくると弧を描き落下する木剣をパシッと手に取り不敵に笑う。
「別にいいけどよ。ケガしても知らねぇぞ」
ダルトンの参戦にシーラは嬉しそうに口元を上げ、その場で一度軽く跳躍をする。
「問題ない。早く」
「おっさーん!合図!」
「はじめっ」
右手を上げるのが戦闘開始の合図。
ダルトンはC級とは思えないような速度と力強い剣でシーラに迫り、シーラは嬉しそうにその剣を受け流す。
「うん、やっぱりちょうどいい。ちょうどいい速さ」
「なんだと、てめぇ」
「お。思ったよりきれいな剣筋なんだな」
性格からしてもっと勢いだけの剣を想像してしまって申し訳ない。俺の独り言を聞いて、隣のエイラが胸を張る。
「ふふん、でしょう?ダルトンもナインも5歳の頃からアルバンテ流の道場にも通ってましたから」
そう言って、隣の座る俺の顔を見上げる。
「手袋を貰った次の日から、街を出る日まで十年ずっとです」
その言葉の意味はまっすぐ俺に刺さる。
「そりゃ光栄だ」
お茶を淹れつつ若者たちの鍛錬を眺める。
アルバンテ流に基づく性格に反して綺麗な剣筋。そこに時折交えられる我流の体術。考えなしに攻撃してくるゴブリンの攻撃と違い、シーラの受けにも綻びがみられる。
『あ』
シーラとダルトンの二人の短い声が重なったかと思うと、受け流し損ねた木剣が軽くではあるがシーラの頭に当たる。
ダルトンが得意げな顔をするよりも早く、シーラは目にも止まらぬ超速でゴッとダルトンの頭を木剣で打つ。
「ってぇな、てめぇ!」
「1ひく1はゼロ。私は当たってない」
「しししシルヴァリアさん!?大丈夫ですか!?【治癒】……、いや!【神聖治癒光檻陣】ぉ!」
勢いよく立ち上がったエイラが、杖を振りかざし術を唱えると、シーラの周りを縦横無尽に光の柱が牢獄の様に囲み、その中に癒しの光が満ちる。
治癒と防御を兼ね備えた上級神聖術だ。本当にC級?
「エイラ、平気。当たってなさすぎる」
シーラは首を横に振る。
「当たってただろ!そんじゃもう一回だ!」
「ちょうど遅すぎて当たっちゃう。次はそっち」
シーラはナインを指さす。
「はい、『当たった』って言った~」
失言をしっかり拾ってシーラを煽るダルトン。それは的確にシーラに刺さる。
「は?うざすぎる。ぶっとばす。バカ」
セイランの時と言い、基本人と関わってこなかったし、最年少S級冒険者として畏敬を以て距離を置かれていた為か、シーラの煽り耐性はなかなかに低い。
でも、どんな形であれ、同年代の友達とワイワイやるシーラを見ていると、本当にコーヒーがうまく感じるよ。
コーヒーの湯気の先でシーラの木剣がダルトンの頭に直撃していたとしても。




