64話 祝福・【解析】
――「私は、祝福の大聖女アミナ。【解析】の祝福を持つ私の眼には、映る全てが視えるのです」
両目を隠していた黒い布をとると、その下には眼帯に覆われた右目と、髪の毛と同じ金色の瞳が現れ、じっと俺を見て彼女の口元は優しい弧を描く。
「……す、全てが見えるってのは、具体的にはどんな?」
世界に99個存在するダンジョン。そこを踏破する事で得られるのが【祝福 】と呼ばれる異能だ。現在踏破済みのダンジョンは全てで17個。つまり、この世に祝福を持つ人間は最大で17人しか居ない事になる。当然ながらかなりの希少価値だ。……と、思って気が付いたのだけれど、シーラは一人でダンジョンを三つクリアしているので、【帰還】の他に二つの祝福を持っている事になる。俺が一つ、アミナが一つ、シーラが三つ。全部で17個のうちこの狭い地下室に合計五つの祝福が集まっている事になる。なんだかすげぇな。
俺の問いを受けて、アミナは全てを包み込むような柔らかな微笑みを湛える。
「全てです。例えば、あなたが今までどうやって生きてきたのか。両親のお名前、初恋の相手、好きな食べ物、……今朝何を食べたのか。信じられませんか?」
まるでいつもの事、とばかりにアミナはゲオルグをチラリとみる。ゲオルグもいつもの事とばかりに小さく頷く。
「差し障りの無い内容であれば」
「ありがとう」
頷きに微笑みを返したアミナは呟く。
「いいですね、パンケーキ。私も食べてみたいです」
祈る様に両手を合わせて指を絡め、恍惚の表情で言葉を続ける。
「シーラさんの作ったのも、リューズさんが作ったのも、どっちもすっごくおいしそう。ふふふ、素敵な朝ですね」
「……マジかよ」
今目の前で見ているかのように、アミナは嬉しそうに俺たちの今朝の食卓をなぞる。一瞬、背筋にゾッとしたものが走り、次の瞬間アミナの笑みは眉を寄せた少し寂しそうなものに変わる。
「気色悪いですよね、ごめんなさい」
口を開けたまま言葉を継げずにいると、シーラが得意げに会話に割って入る。
「私の作ったのは世界で二番目においしい。リューズのは世界一だけど」
「それは素敵!世界一のパンケーキなんですね」
期せずしてシーラに救われた形になってしまった。最年長者なのに恥ずかしいやら申し訳ないやら。きっとバツの悪さからしかめ面をしながら俺は頭を下げる。
「いやな気持にさせたら申し訳ない。ちょっとびっくりした」
「平気ですよ、慣れてますから」
「アミナ様、そろそろ。鑑定を」
ゲオルグに催促され、アミナは思い出したように両手を広げる。
「そっ、そうね!ふふ、こんなに話していて気持ちがいい人たちなかなかいないから……つい楽しくなっちゃった。では、鑑定する聖遺物を見せていただいてよろしいですか?」
「ん、これ」
瞬間、シーラの左手に白銀色の大槌が現れる。精巧かつ荘厳な細工が施されたそれは、武具でなく芸術品と言われても納得してしまいそうな雰囲気すらある。
収納魔石も開かずに瞬時に現れたハンマーにゲオルグは驚き一瞬目を丸くするが、すぐに無表情に戻る。
「まぁ。これは年代物ですよ~」
瞬きもせずにジッとハンマーを見てそう言うと、満足気に小さく息を吐いて目を瞑る。
「確かに、聖遺物でした。貴重な情報をありがとうございます。報酬は教会が査定したのちギルドに送られますので、少しお待ちくださいね」
ゲオルグがアミナの両目を再び目隠しの黒い布で覆う。
「まだ見る?」
「いえ、しまっていただいて平気ですよ」
シーラがハンマーをしまって鑑定終了。あっという間に。
「本日はご足労ありがとうございました。貴方方にブラドライトの加護があらんことを」
ゲオルグが胸に手を当て騎士団風の礼をして俺たちを見送ろうとする。
「あ、一つでいいんですか?」
立ち上がりざま、わざとらしく思い出したようにすっとぼける。それが通じる相手じゃなくてもそれは関係ない。
アミナは許可を得るようにゲオルグを見て、決まり事のようにゲオルグは頷く。
「お持ちでしたら是非」
ゲオルグに再び目隠しを取られ、大きく丸い満月のような金色の瞳が再び現れ、人懐っこく笑う。
「シーラ。あとそれっぽいのある?」
「うん。こないだの杖とか」
手品のように右手にパッと杖が現れる。ビスカと一緒に行ったダンガロのダンジョン、神殿のような石造りの間に飾られていた杖。どこからともなく現れた杖にもアミナは驚く事はなく杖を眺める。
「これはまたいい品ですね」
「シーラの”これ”は【祝福】ではないんですかね?」
問いかけると、ゲオルグが眉を寄せて口を開こうとするが、アミナはそれを小さく手で制して答える。
「それはお答えできかねます」
優しい笑みとは対照的に、ピシャリと遮断するように言い放つ強い言葉。それ自体に意味があるのか?と考えるのは邪推が過ぎるだろうか?
「まだあるけど」
シーラは次から次へと武器を出す。
真っ白な大剣、普段使いの黒い双剣、雪のように白い弓、漆黒の二又槍、最近使った透明な刃先の細身槍。ここまでは見たことのある武器たちだ。興の乗ったシーラは止まらない。
柄から刃まで全て真っ青な短剣、宝飾された歪な刃の抜き身の剣、禍々しい意匠の施された両手甲、シンプルな細身剣……など、など。
「あらあら……、これはこれは」
視すぎてぐるぐる目が回るアミナ。見かねたゲオルグが再びアミナの目に目隠しをかける。
「アミナ様。……今日のところはこの辺りにした方が」
「そ……そうね。視すぎちゃいましたね」
「まだあるけど」
「もういいって言ってんだろ」
「あるのに」
不満げに口を尖らせるシーラ。
「たくさんの聖遺物の鑑定。本当にありがとうございました。謝礼は……かなり期待していいと思いますよ」
「そりゃ嬉しいですなぁ」
と、言いながらも鑑定したのは全てシーラの所有物である。パーティで受けた任務とは言え、それを折半ってなんか違くない?
用を終えるとシーラは立ち上がり、促される前に出口へと向かおうとする。途中で立ち止まり、忘れ物を思い出したとばかりに顔だけ振り返りアミナに問う。
「あ、ねぇ。リューズはどうすればちゃんと死ねる?」
問われたアミナは一瞬間を置いて、さっきと同じ返事を繰り返す。
「それは、……お答えできかねます」
「ふーん。また来る」
「はい!お待ちしてますね」
「では、失礼しまーっす」
俺たちは地下室を後にする。
気のせいか、深読みしすぎか、アミナの答えはさっきより少し重く暗い返事に聞こえた気がした。――喉に刺さった小骨の様な違和感の答えを知るのは、もうしばらく先の話になる。
――リューズとシーラが去った後、地下室。
「ゲオルグ、たくさん話させてくれてありがとう。本当に気持ちのいい人たちだったわね」
両目を黒い布で覆ったアミナは楽しそうに礼を言う。
「……あの二人みたいなのを、『運命』って言うのかしらね。ふふ、また来てくれるかな」
「アミナ様」
クスクス笑うアミナを窘める様に、ゲオルグは冷たく低い声で名前を呼び、左手で腰から下げた剣をカシャリと鳴らす。
「楽しまれるのは結構。ですが、努々口を滑らせることのありませんように。私の剣は、あなたを守る為だけでなく、あなたを殺す為のものでもある事をどうかお忘れなく」
「もちろん。承知してるわ」
「……この世界の理、あなたの口から洩れるような事があれば――、ブラドライトの名に於いてあなたを手にかけなければなりません」
アミナはゲオルグの殺意に微笑みを返す。
――【解析】の祝福を持ち、その目に映るすべてを知る事ができる大聖女・アミナ。この世のすべてを知る彼女は、この地下室から外に出る事は無い。
青空の下、教会からはパイプオルガンの伴奏に合わせて讃美歌が流れる。だが、それは地下室に届くことは無い。
今日も、世界の秘密は守られ、世界は平和に回っている。




