63話 祝福の大聖女・アミナ
――聖都ブラドライト。街の中央にある天をも衝かんばかりの大聖堂が街のシンボルである、ブラドライト正教会の総本山だ。
王都からそう離れてはいないが、街並みの雰囲気はだいぶ違う。建前上はウィンストリア王国の土地に存在してはいるものの、外交・内政上は独立した形態を取っているので、この都市だけ治外法権の独立国家と言える。
「お前ここ来たことある?」
「ん?多分ない。初めて。何が名産?」
きょろきょろと辺りを見渡すシーラさんはきっと饅頭とかせんべいののぼりを探しているのではなかろうか。
「神様かなぁ」
あきれ顔で俺が答えると、それがなにやらおかしかった様でシーラはクスリと笑う。
「神様は食べれないでしょ」
「ギリギリな発言ですなぁ」
イズイから渡された依頼書では、鑑定場所は大聖堂。とりあえず目の前のうす高い塔を目指せば到着だ。
静謐な街の雰囲気とは対照的に、どう考えても街には冒険者が多い。もしかしなくてもこの依頼のせいだろう。実際に聖遺物であれば、物を引き渡さず鑑定させるだけで最低40万ジェン。得られる情報によっては上限は青天井。それならワンチャン狙ってみようとみんな思うのは道理だ。
「とりあえず先に用件済ませちまおうぜ」
「ん。了解」
街の中央にある大聖堂。その横にある広場で簡易的な鑑定が行われているようだった。
「んん~。こりゃ市販品でしょう」
「ゴミ。ですなぁ」
何人か居並ぶ修道服の人らが、冒険者が持ち寄った『聖遺物』と思しき一品を鑑定する。遠目に漏れ聞こえる感想からすると、本物の聖遺物なんてものはそうそうお目にかかれないものなのかもな。そもそもシーラのトールハンマーも聖遺物だって保証はない。
「そう言えば、お前ってほいほいどこからともなく武器出すけど、あれは【祝福】とは違う感じ?」
出会った時に似たような質問をした覚えがある。その時の答えは――『関係ない』。
「違う。普通に収納魔石」
「普通に……って。魔石開いてる感じしないんだけど。祝福じゃないのかよ」
問いかけると、シーラは数秒沈黙して思案する。
「いや、違う。普通に収納魔石」
「フォークある?」
「ん。なんに使う?」
シーラは収納魔石を開いて銀のスプーンを取り出し、俺に手渡す。
「魔石ある?」
「あるけど」
再びシーラは収納魔石を開く。中には大小さまざまな魔石がぎっしりと詰まっている。金額にするといくらになるのか想像もつかない。
「トールハンマーある?」
「あるに決まってる」
ここはギルドではないので、武器を出しても罰則はないはず。そもそも鑑定待ちと言えば通る……はず。
シーラの左手にはどこからともなく巨大な槌が現れる。
「ほら、今!収納魔石開いてなかっただろ!?」
言われて初めてシーラは意識した様子で、困惑した様子でトールハンマーを眺める。
「ん?んん?そうだっけ?」
そして、出してはしまってを何度か繰り返す。はたから見ていると手品か何かのようだ。
何度か繰り返して、シーラはあきらめたように小さくため息をつく。
「知らない。生まれた時からこうだった」
「本当かよ!?」
「本当。私は嘘つかない」
これ以上は押し問答にしかならないし、確かめる方法もない。
「まぁ、いいんだけどさぁ……」
そんなやり取りをしていると、俺とシーラの周りを数人の修道服の男たちが囲んでいた。
「失礼。別室へどうぞ」
「あ、武器出したのまずかったっすかね?」
苦笑いを浮かべてみるも、男たちは無表情に俺とシーラを聖堂の方へと促す。
「やる?」
「やらない」
物騒な言葉に毅然と首を横に振り、拒絶の意を示す。
煌びやかすぎない厳かな装飾のなされた大聖堂に入る。連行される、の方が正しいだろうか?
修道士が前と後ろについて、外から見た高い塔とは対照的な、地下へと向かう階段に通される。
「ちょっと待った。いい加減用件は?」
俺一人なら別にいいんだけど、シーラに危害が加わる可能性があるのなら看過出来ない。俺がそう問うと、修道服のおじさんは困惑した様子で首を傾げる。
「用件……、と言いましても。鑑定に来られたのではないのですか?」
「え?」
「鑑定の列に並び、見るからに聖遺物と思われる武器を出されていたので、こちらにお通ししたのですが」
「え、あぁ。そうっすね。そうでした」
へらへらと愛想笑いを浮かべて、再びおじさんの後を歩く。
「やっぱりハンマーは聖遺物とやらなんだな」
「だね。他にもあるかも」
「さすがっすなぁ」
薄暗い階段を揺れる魔導灯が照らし、俺たちは地下に降りる。万が一を考えると、逃げる方向が一方向なのはうまくないなぁとそんな事を考えていると、階段は終点に着く。
「それでは、私共はここまででございます」
そう言って頭を下げると、修道士は扉へ手を向けて入室を促す。
外界と比べて二度位温度が下がったような気がする。
分厚い鉄製の扉に触れると、当然それは硬く冷たい。重い扉を引くと、室内は階段とは対照的に明るく、生活感のある部屋だった。
「こんにちは。今日は聖遺物をお持ちいただきありがとうございます」
黒い修道服を着た金髪の女性。年齢は20を少し過ぎたくらいだろうか?立ち上がり、深々と頭を下げた彼女は、両目を目隠しで覆っていた。
「二人とも名乗りを。アミナ様に失礼だろう」
傍らに立つ明らかに武人と思しき大柄な修道士が尊大に俺たちに言い放つ。その腰には騎士団が装備する様な剣を帯びていた。
「仰る通り。俺はリューズ、こっちはシーラ。『三食おやつ付き』ってパーティだ」
それを聞いてアミナはハッと顔を上げる。
「まぁ。素敵なパーティ名!」
パーティ名を褒められて、シーラは少し上機嫌に胸を張る。
「たまに四食の時もある」
「それはさらに素敵です!」
アミナはパチパチと拍手をする。
「ア……アミナ様。早速鑑定の方を」
大男の苦言にアミナは勢いよく振り返り制する。
「少しくらいいいでしょう!今日はまだ他の鑑定の方はいないのでしょう!?こんなにかわいい子と話す機会全然ないんですから」
「かわいいって。目隠ししてわかる感じです?」
俺が問いかけると、アミナは得意げにどや顔をする。目隠ししていてもわかる。
「それはもちろん。声がかわいい。話し方がかわいい。雰囲気がかわいい。ほら、かわいいでしょう?」
指折り数えて、無理やり納得させようとしてくる。
「リューズ。私かわいいって。リューズはどう思う?」
「……あー、はいはい。かわいいかわいい」
それを聞いてシーラは満足げに笑う。
「そっか。かわいいか」
「かわいいです!絶対!ねっ!?ゲオルグもそう思うでしょう?」
再び振り返り無茶ぶりをされる。ゲオルグと呼ばれた修道士も慣れっこの様子で、表情一つ変えずにこくりと頷く。
「そうですね。平均的な女性と比べても整った顔立ちをしていると思います」
「ほら!ゲオルグお墨付きよ」
アミナは得意げに笑う。
「あ、じゃあ鑑定書お願いしてもいいっすか」
軽口で返すと、口元を隠して楽しそうにクスクスと笑う。
「そうですね。ゲオルグ!鑑定書をお願い」
「……かしこまりました」
そんなやり取りを終えると、アミナは天を仰ぎ、満足げに一度大きく息を吐く。
「はぁ~。こんなに笑ったのはいつぶりでしょう。楽しいひと時をありがとうございました。それでは、そろそろお仕事と参りましょうか」
アミナは目隠しをとる。その左目は髪の色と同様の金色の瞳で、右目は――眼帯で覆われていた。
「私は、祝福の大聖女アミナ。【解析】の祝福を持つ私の眼には、映る全てが視えるのです」




