60話 故郷と似た風が吹く場所
――依頼を終えてギルドに報告へと戻る。
「つーかさぁ、F級で移動に竜馬使うやついる?大赤字だろうよ」
「あはは、だって速いじゃないですか」
まったくもって人のことは言えないのだが、俺たち同様セイランもウィンストリアから森まで竜馬を借りての移動だった。一泊二日で一頭10万ジェン。
「……F級冒険者の役つくりが甘いんだよ。俺がF級の時はなぁ」
と、自分で言っていて老害感が出ていることに気が付いて言葉を止める。
「俺がF級の時は?」
なぜかシーラが興味を出して食いついてくる。
「いや、普通に。俺がF級の時は節約したもんだよ、って」
「へぇ」
どう考えても普通のF級冒険者で無いことはわかるから、それ以上詮索してもしょうがない。そもそもの話シーラにタイマンで勝てるF級がいるはずがない。てっきり一緒にギルドに行くのかと思いきや、『それじゃあまた』と街の入り口あたりでセイランは姿を消す。悪いやつではなさそうだが、今のところつかみどころのないやつではある。
「苗木、届いてるかな?」
「どうだろうなぁ。それよりまずそれを植える土地だろ。……俺の分は後払いでいいですかね?」
「ん。別にいい」
17歳の少女のお金をあてにして土地を買う37歳C級冒険者男性。
そして、俺たちはギルドの扉を開く。
薄暗い室内にはいつも通りの喧騒と、酒とたばこの匂い。
入口からみて一番奥の突き当りにギルド受付があるのだが、俺とシーラが室内に入ったのを目ざとく見つけた一番左カウンターの受付嬢――イズイは身を乗り出して大きく両手を振ってくる。元気いっぱいだなぁ。今日はそのまま真っすぐ一番左の受付へと向かう。
「『三食おやつ付き』のお二人!ウィンストリアでの初任務、お疲れさまでしたぁ!」
「木、ある?」
唐突に聞きたい時に聞きたい事を聞くシーラさん。
「ありますよぉ!」
満面の笑顔で答えるイズイ。手のひらに収まるサイズの小さな鉢に植えられた小さな小さな苗木を取り出す。
「どうです~?しごできですか~?」
「植える。場所は?」
「……お前少しは褒めてやれよ」
シーラは少し考えると、イズイの頭をよしよしと撫でる。
「ん、偉い」
何様だよ、と思ったがイズイもまんざらでもない様子でデレっと表情を弛ませる。
「えへへ、頭撫でられるのなんていつ振りでしょうねぇ!」
取り合えず依頼達成の手続きをして、俺たち三人はギルドを後にする。イズイは半休を取るとの事で、意外にギルドの労働環境は自由らしい。
「取り合えず三か所ピックアップして、軽く話は通してありますので。どこも条件はオッケーですよ~」
高い樹が枝を伸ばしてもみんなの暮らしの邪魔にならないような場所。金額的な条件の折り合う場所。
まず、一件目。
王都を北東に見下ろす街はずれの高台の丘。丘の先は森に包まれていて、木がどれだけ枝を伸ばしても問題はなさそうに思う。
少し冷たい風が吹いて、風は森の香りを王都へと運ぶ。
なんだろうな。既視感、って言うのか。
と、考えているとシーラは草むらに座り、ごろんと寝そべって俺の顔を見上げる。
「リューズ。ここにしたい」
約5000万ジェンの超高額な買い物。ほかの候補地も見ずにシーラはわくわくした顔でそう言った。
「いいのか?ほかのところも見なくて」
シーラの傍に座ると、イズイは少し離れた木陰でそれを眺めて微笑んでいる。
「うん。ここがいい。なんかバルハードみたいだな、って思ったから」
子供の頃、俺たち四人がよく集まった町を見下ろす高台の上の樹。俺と、シーラと、ミアリアが話した場所。
「あー、俺も少し思った」
照れ隠しに笑って返すと、シーラも嬉しそうに笑う。
「だよね。イズイ。買ってきて」
シーラは無造作にお金の入った収納魔石をイズイに放る。
「かしこまりました~!」
「まるでパンでも買うみたいに言うなぁ」
イズイが高台を降りて街に向かうと、辺りは急に静かになる。
草むらに手枕で寝転がるシーラは目をつぶり、上機嫌そうにしていたかと思うと、急に思い出したように勢いよく身体を起こす。
「そうだ!リューズ。戦お。わかったこと。教えてあげる」
次の瞬間、姿を消したと思ったら、チャンバラに手頃な木の枝を二本持って俺の眼前に現れる。
「はい、これ。好きに打ってきていいよ」
木の枝を受け取り、苦笑いを浮かべつつ何度か素振りをしてみる。
「俺学生時代剣技の成績悪かったんだけど」
「ふふ、大丈夫。殺さないから」
「最低限すぎん!?」
素人構えで枝を構える。シーラは珍しく両手で枝を構えている。
「どうぞ」
「うっ……うおぉぉぉぉおお!」
絶対に当たらない安心感から、俺は全力でシーラに向けて枝を振るう。ギリギリまで動かないシーラ。本当に大丈夫!?と不安がよぎったその一瞬、舞踊の様にゆったりとした動きでシーラは枝を前に伸ばし、俺の枝はその上をするりと滑る。
「これ、角度が大事。まっすぐだと受け止めちゃう」
俺の枝は乾いた音を立てて地面を叩き、草や土が低く宙を舞う。
「へぇ」
俺とシーラの攻防は続く。速度を抑えてゆっくりと攻撃するシーラの剣を俺が受け止めると、ヌルリと動いたシーラはすでに目の前にはおらず、足の動きだけで俺の背後に回る。
「速いとゆっくりを混ぜると超速い」
そんな風に、二十年以上ぶりの剣術訓練は終えた。シーラはセイランとの戦いを経て得た気付きを、俺にたくさん教えてくれた。
「ねぇ、リューズ」
少し息を弾ませたシーラは、汗だくで、地面にしゃがみ込んで肩で息をする俺を見下ろして困り顔で微笑んだ。
「私はまだ強くなるから。だからがっかりしないで」
「するわけねぇだろ」
あきれ顔で、間を置かずに答えると。それを聞いたシーラは満足げにクスリと笑う。
「そっか」
――飲み物とおやつを食べながら小休止。草むらに寝転がっていると、いつの間にかうとうととしてきて、期せずして午睡となる。
どのくらい時間が経ったのか、眠っていた事に気が付いて目を開けると傍らに座り込んだイズイがニコニコと俺たちを眺めていた。
目覚めた俺のすぐ隣では、シーラがスースーと寝息を立てている。ゴブリンの森では眠っていなかったからそりゃ眠いよな。
「……悪いね、寝てた」
口元を隠してあくびをすると、イズイは楽しそうに笑う。
「いいもの見せてもらったので、謝るのは誤りですねぇ」
「……なんだそりゃ」
シーラの頬をペチペチと叩くと、寝ぼけ眼のシーラはむくりと身体を起こす。
「ん。おかえり。買えた?」
「もちろんです!じゃんっ、これが権利書!今日からこの辺は、お二人の土地でぇす!」
イズイは誇らしげに両手で権利書を掲げて俺たちに見せつける。
「おぉ、すげぇ」
よくわからないがパチパチと拍手をすると、シーラもつられてパチパチと拍手をする。
「えらい、えらい」
俺たち二人の拍手を受けて、イズイは照れ臭そうに髪の毛をいじって笑う。
「えへへ……、照れますねぇ」
イズイが骨を折ってくれなければ、この手続きを自分たちでやらなければいけなかった訳だ。色々調べたりしているうちに妥協して王都に部屋を借りていた可能性だってある。いや、まぁ今現在は一時的に王都に借りているわけなんだけど。
「本当、面倒なことばっかりやってもらって申し訳ない。ほんっ……とうに助かる!」
心から、頭を下げる。すると、頭の上からイズイの慌てた声が聞こえる。
「いっ……いやいや!頭上げてくださいよ、リューズさぁん。お礼を言うのは私の方なんですから」
しばらく頭を上げずにいると、シーラが無理やり俺の顔を上にあげる。なぜ?そして、視線の先には困り顔のイズイ。
「子供のころ、『神戟』の冒険譚を聞いて、やっぱり冒険者に憧れたんですよねぇ。けど、誰にでもできる職業じゃないじゃないですか?私は魔法も苦手で、運動神経だって悪かったので」
思い出に浸りながら、イズイは言葉を続ける。
「だけど、こうやって仕事をしていると皆さんと一緒に冒険しているような気持ちになれちゃうんですよ。だから、お礼を言うのは私の方ですねぇ」
俺は手で目を隠す。理由は特にない。
「君さ、なんかそういうゲームして楽しんでる感じ?おじさん泣かせて楽しい?」
「泣きすぎじゃない?」
「うるせぇ!文句はイズイに言え!」
「別にいい。木植えよう。ここでいい?」
「……本当ためらいってもんがねぇのな、お前」
王都のはずれ、街はずれの高台の丘、森の手前。今日、一本の苗木が植えられた。まだまだ小さな、いつか俺とシーラの家になる木。




