57話 闇をなぞる
ゴブリンの生態調査及び討伐。現在討伐数66匹、うち魔石持ち10匹。
「シーラさ~ん。仕事してくださいよ~」
涼しげな笑顔でセイランが木棍を振るう。その棍の先端には魔力で刃が象られていて、死神の様な大鎌になっている。その鎌はイメージ通りゴブリン達の首を的確に身体と切り離していく。
戦闘のさなか、シーラは木の幹に座り込み、いじけたように豆菓子を食べている。
「は?うっさ。お前がやれ。バカ」
「こらこら、口悪いぞ」
あきれ顔で窘めると、ジッと無言で睨んできて抗議の意を示しながら、指で俺の口に豆菓子を弾く。
単純に腕輪だけ見てみると、F級に戦わせて豆菓子を食べているC級二人。なかなかの絵面である。
セイランの動きはシーラ程速くは無い。その手に持つ木棍も何か特殊な武器と言った風では無い。勿論、ある程度以上の魔力や速度はある訳だが、シーラを倒したその強さの源を一言でいうのなら、『技術』なのだろうか。
チラリとシーラを見る。シーラは豆菓子を食べながらも、真剣なまなざしで瞬きもせずにセイランの動きを見つめている。きっとその頭の中では自分の動きと彼の動きを照らし合わせているのだろう。
あっという間にセイランは13匹のゴブリンを狩る。これで79匹。任務達成まで残り21匹だ。
ただでさえ暗い森の中では時間が分かりづらい。気が付いたらとっくの昔に夜になっていた。時刻は夜の九時。今日はいったんこの辺りにして、残りは明日に回そうと思う。
少し広い空間を見つけると、四方の植物に少し細工をして拠点化する。ゴブリンが近づいてきたら木々を檻にして閉じ込める算段だ。魔物が忌避するお香を焚いて、順番で仮眠を取る。
夕食はゴブリンと豚肉の合挽ハンバーグ。シーラは難しい顔でハンバーグを食べ、いつもと違い『おいしい』とも言わずに無言で食事をするので、俺もつい不安になって何度も『うまいか?』と聞いてしまう。我ながらうざいよなぁ、と後で反省する事になる。
「ごちそうさま。今日もおいしかった」
手を合わせてそう言うと、シーラは立ち上がり歩き出す。
「どこ行くんだ?」
「大丈夫」
それ以上の詮索を拒む言葉を発し、シーラは森のほうへと歩いて行ってしまう。まぁ、シーラがこの辺の魔物にどうこうされる心配なんてしてはいないのだけど。
食後にコーヒーを淹れながら、その後ろ姿を見守る。
「……だいぶ気分を害してしまったみたいですね」
コーヒーを渡すと、セイランは申し訳なさそうにそう言った。
「ん~、まぁ。最大限言い方に気を使っているのは感じたしなぁ。あいつも今は怒ってるけど、多分大丈夫だろ。さっきもずっと集中しながら君の戦うの見てたしな」
あまり考えた事がなかったが、シーラの戦い方は人間とのそれではないのだろう。11歳からずっとダンジョンに潜って生きてきた彼女は、戦闘の訓練を受けたり、人間相手に練習したりと言った経験はおそらく皆無なのだ。
人間と違い、『技術』や『フェイント』を用いない魔物との戦闘に於いては、最速、最大、最効率が一番効果的。一直線に向かってくるその刃、人間相手でもある程度以上の実力差があればそれも通じるのだろうが、力が近いとそうはいかない、ということだろう。
「その棒?棍?が特別な神器とか聖遺物とかって事じゃないんだよな?」
「えぇ。普通の木製の棍ですね。なんなら普通に王都の武具店に売ってますよ」
「まじかぁ」
「あぁは言いましたけど、やっぱりあの子は化け物ですね。一切訓練なしで、単純な魔力と身体能力だけであの動きって普通じゃないですよ」
シーラが褒められると、俺は我が事のように嬉しい。場合によっては自分の事より嬉しいかもしれない。
「わはは、まぁね」
「それで、あの時言いかけたんですけど――」
と、セイランが次の言葉を発するのを掌で制する。
「待った。難しい話ならシーラ抜きでするな。俺たちは、二人で『三食おやつ付き』なんだから」
セイランは目を丸くして驚いた顔をした後で、嬉しそうに口元を上げる。
「でしたね。失礼しました」
◇◇◇
――リューズ達が拠点化した森の広場から少し離れた場所。
火もなく、月明かりも入らぬ黒く塗りつぶされたような闇の帳。
シーラは目を閉じてふーっと長く息を吐く。その手にはほとんど飾り気の無い真っすぐな細身の槍。柄と殆ど変わらない幅の刃先は透き通るくらい透明な正体不明の金属でできている。きっとこれもダンジョンで得た聖遺物の一つなのだろう。
手持ちの武器の中で、一番セイランの武器と似ている武器を選んだ。
そして、頭の中のセイランを動かす。その動きに自らの動きをなぞらせる。重ね合わせてみて自分の動きとの違いがよく分かる。
時に緩やかに、時に素早く。常に最高速度な訳では無く、緩急を用いて速度差をさらに大きく見せることで至近距離では瞬間移動に近い速度に見える。
「そっか。速いだけじゃだめか」
あの木の棒はなぜ双剣で切れなかったのだろう?受け止めるでもなく、滑るようにその表面を流れる。幾度となく、脳内で、網膜の裏で、その状況をトレースする。
「かくど……、かな?」
もし、また次に負けたら――。
リューズはどんな顔をするだろう?がっかりするだろうか?
どのくらいの時間が経ったのかはわからない。暗闇の中、汗だくのシーラはようやくその目を開ける。闇は、彼女の眼にはくっきりと見える。
一度息を吐くと、収納魔石を開く。中には大小さまざまな色とりどりの魔石たち。
シーラは無造作に魔石をつかみ、豆菓子を放るように口に運びボリボリとかじる。その身体に魔力が巡る。魔石をかじるたびに、脳裏をよぎる。それは在りし日の母と過ごした、優しい記憶。
――幼少時のシーラの髪を梳かす彼女の母。シーラの艶やかな黒髪は、言い伝えの中にしか見られない極めて珍しい髪の色。
この世界は、魔力の質は髪の色に現れる。赤は炎属性、青は水属性、銀色は治癒魔法が得意な傾向にある。一般的にはまんべんなく扱える茶色や金色の髪が多い。
それなら、黒髪は?
黒髪は、古来忌み子として嫌われた。
魔力を持たず、一切魔法も使えない、全てを飲み込む暗闇のような黒い髪。
『シルヴァリア。魔石を食べると、魔法が使えるようになるんだって。だから、お母さんと二人だけの秘密よ?』
亡き母は、金色の長い髪を揺らし、優しい笑顔で、どこか悲しそうに、お菓子を与えるようにシーラに魔石を与えた。
彼女はその事を、魔石を食べるたびに思い出す。
「もっと、強くならなきゃ」
シーラは魔石を食べる。一掴み、また一掴み――。




