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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
元英雄の凱旋と、死を願う黒姫

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56話 森の奥の敗北

 俺たち三人のゴブリン調査は続く。


 森は深く、木々のトンネルを奥へと進むにつれて、あたりはまるで夜のように暗くなる。わずかな隙間から漏れいる日の光がまるで夜空の星のように森を照らす。

 数がいようと所詮はゴブリン。襲い来るごとにシーラの双剣にその命を刈り取られる。

「……完全に僕も出る幕ないですね」

「んなことないぞ。ほれ、出番出番」


 六体のゴブリンを手分けして解体する。魔石持ちはその中の一体。これで39体のうち3体が魔石持ちのゴブリンと言うことになる。

 シーラは魔石を見つけると、一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに不安そうに眉を寄せて俺をチラリとみる。

「大丈夫だっつの。もう余計な事は聞かないからいつも通り楽しく集めろ」

「別に楽しく集めてはいない」

 ほっとしたような表情をごまかすように、シーラはプイっとそっぽを向く。やれやれ。


 解体したゴブリンは全部を食用にするわけではない。魔石の確認をすると、死骸はまとめて端へと寄せておく。

 

 ほんの時折、俺たちを観察するようなセイランの視線を感じる。俺たちに害をなそうというわけでもなさそうだし、放っておいてもいいんだけど、歩み寄るなら年長者の方からと相場は決まっている。


「で、お眼鏡には適ったのかな?」


 不意な問いかけにも関わらず、セイランは狼狽も動揺もみせずにクスリと笑う。

「はい。半分は」

「半分ってなんだよ」

 予期せぬ答えに苦笑すると、水魔法で手を洗いながらセイランは俺に笑いかける。

「貴賤を問わず依頼を受け、世界中の民に愛された伝説のパーティ『神戟』。そのリーダーであったリューズさんはまだ死んでいないことがよくわかりました」


 それが半分。と、なると残りは――。


 セイランはあきれ顔で小さくため息をついて横目でシーラを見る。

「でもシーラさん。あなたは全くの期待外れでしたね」


「は?」


 その一言でカチリとシーラのスイッチが入る。ズシリ、と森の中が瞬時に深海に移動したような圧力が場を支配する。だが、F級を示す木製の腕輪を付けたセイランはその重圧の中でも涼しげな笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「伝わりません?あなたの力は、思った程じゃない。そう言ったつもりなんですけど」

「お、おい。セイラン……」

「リューズ」


 意図の分からぬ挑発を止めようとするが、シーラの言葉がそれを覆いかぶせる。

「私は期待外れじゃない」


 その言葉はシーラの何かを的確に刺激した様子で、手にはすでに黒い二刀が握られている。それを見てもなお、セイランの顔からは笑みが消えない。

「リューズさん、大丈夫ですって。シーラさんの力も直接見ておきたかったので」

 

 セイランは手に持った長い木棍をヒュンと振る。

 止めるべきだ。それは分かっている。けれど、このセイランの自身の根拠も気になってしまう。それに、今止めてもお互いに納得なんてできないだろう。


 俺は苦々しく顔をしかめ、頭をガリガリとかくと、その場にドカッと胡坐をかく。

「……わかったよ。死ななければ治してやる。殺すなよ、いいな?」


 当然、それはシーラに向けての言葉。極限まで集中を高めたシーラは小さく頷く。


「それじゃあ――」


 俺はゆっくりと右手を挙げ、そして下ろす。

「はじめっ」


 瞬間、瞬間移動の様な高速移動でシーラはセイランに襲い掛かり、その黒い刀は胴を横凪ぎに狙う。


 ――目を疑った。


 シーラの黒刀は、何の変哲もないセイランの木棍の上を滑るように流れる。


「ほら、速いだけ」


 短く呟いたセイランは、棍の反対側でシーラの頭部を打つ。ゴッと鈍い音がしてシーラは怒りにギリっと歯をきしませる。

 返す刀も棍の上を流されると、刀をセイランに投げつけながら後方に一足飛びをして距離をとる。


 手には真っ白な弓。飛びながら引き番えられた弓は、着地と同時にセイランへとまっすぐに放たれる。

「真っすぐ最短距離」

 戦闘の添削をするようにまた呟き、目にもとまらぬ高速の射撃をかわしながらセイランはシーラへと向かう。シーラの表情は、いつもの無表情ではなく、眉を寄せ、歯を食いしばり、悔しさと焦りが覆っていた。

 手には二又槍。半ばやけくその様にまっすぐに突いたその槍はカツ、カツ、と木棍に上下に二度打たれると、弾き飛ばされて回転しながら宙を舞う。


 次の武器――。


 シーラの手に純白の大剣が握られるが、それは素人目に見ても悪手に見えた。この至近距離の戦闘でその小回りの利かない武器では圧倒的に不利だろう。セイランは棍を自分の身体の一部のように扱い、洗練された体術でシーラをいなす。時に高速、時に緩やかに。まさに緩急自在のその動きで、シーラの足を払うとうつ伏せにシーラは体勢を崩し、それを支えるように伸ばした木棍には、魔力で刃が象られていた。木棍の端に魔力で大きくかたどられたその刃は、まるで死神の鎌のように見え、シーラの首がそこに載った。


「はい、終わり。わかった?」


 陽だまりの様なその柔らかな一言で、周囲を覆う重圧は霧散して、吹いた風は幾重にも織りなす木々を揺らし、さざ波のようなオーケストラを奏でた。


「ぐっ……」


 魔力の刃を消すと、シーラの身体はドサッと地面に落ちる。


「ぐぐ……ううううううっ、ううう~っ――」

 地面にうつぶせになったシーラは、土を両手に握り、歯を食いしばり、声を押し殺し――、泣いた。


 ポロポロとその両目からはとめどなく涙が流れ落ち、声にならない声を上げて、シーラは泣いていた。

 

「……すみません、リューズさん。泣かせちゃいました」

 おそらく全力で挑んだシーラの攻撃を無傷で受け流したセイランは、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「お前なぁ、そんなF級いるわけねーだろ」

 あきれ笑いで俺が言うと、セイランはいたずらそうに木の腕輪を掲げる。

「あはは。昇級希望しなければいつまでもF級ですからねぇ。あなたと同じで」


 そう言うと、セイランは真面目な顔で、どこか品のある笑みを浮かべながら口を開いた。

「等級や身分で扱いを変えない、そんな人たちを探してたんです。リューズさん、僕は――」


 と、その瞬間。セイランの整った顔は茶色い土でびちゃっと汚れる。

「バーカ!私は負けてない!ばーか!ざーこっ!」


 目を涙で濡らしたシーラは、土玉を両手に遠くから大きな声で負け惜しみを叫び、また土玉を投げてくる。

「うおっ!?バカはお前だ、やめろシーラ!」

「やめない!」

 いつしか標的は俺に代わり、セイランは顔をハンカチで拭きながら苦笑いを浮かべて光景を見守っていた。

 



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