55話 秘密
――王都から少し離れた森の奥。ゴブリンの生態調査及び討伐依頼を受けた三人は、鍋を囲んでの小休止。
リューズとシーラをつけてきたF級冒険者セイランは、温かいつみれ汁のよそわれたお椀を手に持ち、笑顔が張り付いたまま固まっている。それもそのはず、そのつみれ団子の材料はゴブリンの肉だ。
きっとそれは冒険者の間で流行っている冗談で、本当は鶏肉かなにかだろう。自分に言い聞かせるように彼は内心一度頷く。だが、よく見ると視界の端に解体されたゴブリンの死骸がまとめられている。それを横目に見てセイランの淡い期待は打ち砕かれた。
(な、なるほど……。獲れたて新鮮って訳ですか)
「あはは、おいし。森のゴブリン全部コレにしよう」
鍋を挟んだ向こう側で、黒髪の美少女が笑顔で物騒な事を口にしている。チラリとリューズを見ると、リューズは困惑した様子で心配そうに彼を見る。
「あっ、悪い。何か嫌いなもの入ってたか?」
いや、嫌いなものって言うかゴブリンが――。とは、さすがに言い出しづらい。
「リューズ。良いことを教える。ふつうはゴブリン食べない」
味の染み出したスープを飲みながら、他人事の様にシーラが呟き、リューズはそこでハッと常識を取り戻す。かつての彼は『亜人はやめてくれよ』と懇願する側だったのだ。
「そっ、そうか!申し訳ないっ、セイランくん!だよな、……畜生。すっかりシーラに毒されちまってた!それは俺が食うから!」
慌てながらリューズはセイランに手を伸ばしてお椀を受け取ろうとするが、セイランはひょいとお椀をリューズから離す。
「いえ、僕はあなた方を知りたくてついてきたんですから。だからこの試練……受けましょう」
「今試練って言った?」
セイランはお椀とスプーンを手にゴクリと固唾を飲む。もちろんそれは食欲に由来する行為では無い。
「行きます」
「お、おう」
「意味わかんない。嫌なら食べなければいい。おかわり。団子いっぱいね」
「へいへい。野菜も食えよ」
「ん」
臭み消しに練りこんだショウガの香りがお気に召した様子のシーラは、さっそく空にしたお椀をリューズに差出し、リューズはリクエスト通りつみれ団子をたくさんよそう。
実食宣言をしたセイランはまだ口を開けたまま固まっている。鼻腔を通る馴染みのある香りが逆に違和感を強調してくる。だが、彼は意を決する。興味を持ち二人に近づいたのは事実。であれば、せっかくの歩み寄りの機会を失うわけにはいかない。
目をつぶり、スプーンに乗せたつみれ団子をパクリと口に入れる。一口嚙む事にあふれ出す肉汁とうまみ。
瞬間、閉じた瞳を開き、驚いた顔でリューズを見る。リューズは心配そうに、不安そうにセイランの食事光景を見守っていた。
「おいっ……しいです!」
その一言でリューズも一安心。ふーっと長く息を吐いて安堵に肩を落とす。
「そりゃよかった。まぁ、でも無理しなくていいからな。一応普通の食材もあるから、必要なら別に作るぞ」
「いえ、同じもので。同じものがいいです」
そうして、一口食べた後は普通の食事をするように、セイランはおいしそうにゴブリン汁を食べ、二度おかわりをした――。
◇◇◇
食事を終え、後片付けをする。知らぬ間に俺の常識がシーラに浸食されていた事を思い知り、気を引き締めなきゃなと改めて思い知る。
「手伝いますよ、後片付け」
鍋を洗っているとセイランくんが申し出てくれるが、その気持ちだけでありがたい。
「あぁ、すぐ終わるから平気だよ」
「すぐ終わるなら僕やりますって」
と、半ば強引に持ち場を奪われる。チラリとシーラを見ると岩場に腰を掛け、上機嫌に足を揺らしている。
セイランくんは手首に木製の腕輪が付いている事からF級冒険者なのだろうが、あの気配の消し方はどう考えてもF級のそれではない。シーラだから余裕で気が付いたが、俺も言われなければもう少し気づくのにかかったかもしれない。そのくらい精度の高いものだった。とはいえ、俺たちをつけてきた理由も納得のできるものだったし、仮に嘘だったとしてもまぁどうでもいい。誰しも言いたくない事はあるだろう。
水魔法で出した水で鍋を洗い、洗った鍋や食器を風魔法で乾かしてくれる気の配り様に思わず目じりが下がってしまう。
「で、どうでした?魔石」
この依頼の本題。ゴブリンの生態調査。100匹のゴブリンを討伐して、そのうち何匹が魔石持ちなのかを調査するというものだ。この依頼自体はせん滅を目的としていない。
「あぁ、その三匹は魔石なかったよ。外部繁殖だな」
「なるほど。ちなみに、調査結果共有してもいいです?」
「そりゃもちろん。せっかくだから一緒にやろうぜ。シーラ、いいか?」
「どっちでもいい」
そっけない返事に聞こえるけれど、『どうでもいい』と比べると格段の進歩を感じさせる一言だよなぁ。
「いいってさ。そんじゃ、ひとまずよろしくなセイランくん」
「セイランでいいですよ、リューズさん」
「んじゃ、俺もリューズでいいよ」
互いに握手をして臨時パーティの結成だ。
片づけを終え、食休みを終え、俺たちはさらに森を進む。
ゴブリンは基本的に三匹か四匹を一組として襲い掛かってくるのだが、どの群れも現れた瞬間にシーラにより首を刎ねられて絶命する。俺やセイランの出番は解体しかない。
「セイランの武器は、その棒?」
「ですね。……今回は使う機会なさそうですけど」
「へぇ、変わってんなぁ」
四匹のゴブリンを手分けして解体する。
「へへへ、あった」
一番大きな個体を解体していたシーラが魔石を掲げて嬉しそうに笑う。
「魔石、1……っと」
現在22匹討伐で、ようやく魔石持ち個体に出会えた。調査結果を記しながらふと、前から気になっていた事が1つ。
「お前なんでか魔石だけは熱心に集めるよなぁ」
何の気なく問いかけたその言葉に、シーラは珍しく不自然なくらいびくっと大きく身じろぐ。
しばらくそのままの体勢で固まったかと思うと、ゆっくりとぎこちなく振り返る。その表情に俺は見覚えがあった。遡る事30年近く前。俺や、レオンや、バルドが、いたずらがばれた時に親に見せるような表情だ。
俺は小さくため息をつくと、ゆっくりとシーラに近づく。珍しく、シーラはおびえたような表情を見せるが、逃げもせず、観念したようにその場に留まっている。
シーラの隣にしゃがみ込み、安心させるように頭をポンと撫で、笑いかける。
「悪い。余計な詮索しちまったな。もう聞かないから」
申し訳なさに眉を寄せながらそう言うと、シーラは俺の服をつかんで首を横に振る。
「秘密。お母さんと、二人だけの」
――その短い言葉には、どれだけたくさんの思いと感情が込められていたのだろう。
「そっか。そりゃ大事にしないとな」
それが正解かはわからないけれど、そう答えるとシーラはうつむいたままコクリと頷いた。




