53話 割に合わない任務
――教会や国に全力で顔と恩を売れる依頼。
そんなのあるの?と思ったら、依頼掲示板を見てその答えが分かった。例えば、初任務だった『ブナエラ村のビッグボア討伐』が五万ジェン。商隊護衛が十日で四十万ジェン。(実際にはシーラを気に入った豪商から三百万もらってたが)……つまり、冒険にも相場がある。芋や羊や魔石と同じだ。
王都の掲示板はダンガロのそれよりも圧倒的に数が多い。王都のみならず遠方の依頼も取りまとめていることから、条件から難易度までより取り見取りである。なので、相場はあるものの、早くこなしてほしい任務は相対的に報酬も高くなる。そして、そう言った割のいい依頼は掲示板に張り出された瞬間、冒険者達の争奪戦が始まる。
中にはそんな割のいい依頼だけを狙い、一日中掲示板の前で様子を窺っている冒険者もいると言う。その時間で依頼こなせばいいのにな。
要するに、教会や国が発注している割に合わない安い依頼をこなすのが顔と恩を売るってことか。
「行って帰ってくる間に家建つかな?」
掲示板を見上げながらシーラが呟く。
「まだ苗木も植えてないからそれは無理だろうなぁ」
俺が現状をお伝えすると、シーラは不満げな視線を俺に向ける。
「無理なら作るって言った」
「いや、苗木はさすがにねぇ……。大丈夫だって、イズイが探してくれるって言ってたから。帰ってくる頃にはきっと見つかってるぞ」
それを聞いてシーラは満足そうに頷き、指折り数える。
「そっか。一つやって苗が来て、もう一つやると木が育つ。家はどうやる?」
「あぁ、それもちょっと考えがあってな。別に部屋たくさんなくていいんだろ?」
「うん。前の宿くらいでよくない?」
「俺の部屋も欲しいなぁ」
俺の切実なつぶやきは完全に無視され、シーラは再び掲示板に目をやる。
だいぶ古びた依頼書が目に付く。任務内容は森に自生してしまったゴブリンの群れの調査・討伐。B級任務でありながら、報酬は5万ジェン。これは発注ミスを疑われるレベルの依頼だ。だってE級の依頼と同額なのだから。気が付かずに取り下げられていないのか、それともすでに解決しているのか。正直言って、これを受ける冒険者はいないと思う。
「シーラ。最速って言ったけど、寄り道していいか?」
「ん?私は最速なんて言ってないけど」
だよな。そう言って気負ってるのは俺だけだ。なんとなく、その言葉が面白くてにやけながら依頼書をピッと壁から剥がす。一体いつから張られていたのか、紙は見た目以上に劣化していて、糊で張られた箇所が破れて壁に残る。
「ゴブリン?」
「まぁな。そりゃ、安いし、国も教会も関係ないかもしれないけどさ。……困ってるから依頼したんだろ?」
「ふふ、ゴブリンは……『あり』だね」
さっそく食欲全開のシーラは不敵にニヤリと笑う。
「亜人は勘弁してくださいよぉ」
俺が依頼書を剥がすとギルド内は騒然とする。
『あの依頼書を!?』『嘘だろ』『読み書きできねぇのかよ』
ちらほらと好奇の視線が集まる。まるで珍獣でも見るみたいに。
場所は王都の城壁の外、王都直近のダンジョンから少し離れた森深くらしい。
依頼書を持って受付に向かう、一番左にニコニコと笑顔で俺を待つイズイを見つけたので、一番右の列のきれいな長髪のお姉さんのところに持っていく。
「これお願いしまーっす」
「ちょっとちょっとぉ!?それは浮気ですよぉ!?」
二つ向こうの受付から大きな声で不穏なワードが飛んでくる。長髪のお姉さんも苦笑いだ。
「リューズさぁん。それはさすがに意地悪が過ぎるんじゃないですかねぇ!お二人の王都での初任務!私を通さずに誰を通すつもりですかぁ?」
イズイはジト目を俺に向け、全力で俺に抗議をする。
「わはは、悪い。冗談だ」
「……おやじギャグってやつですね。はいはい、面白い面白い」
シレっとそのまま右受付に入り、あきれ顔で書類をまとめるイズイ。
「イズイ。リューズは浮気しない。マリステラ一筋」
それを聞いて長髪お姉さんも口元を手で隠し、キラキラした瞳を俺に向けてくる。
「シーラ、……それあんまり人前で言わないで」
書類仕事を終えると、俺とシーラの銅色の腕輪がぽうっと一瞬光を放つ。依頼受託完了の合図だ。
「悪いね、最速って言っといて早速寄り道しちゃって」
「いえ。解釈一致ですねぇ。『神戟』時代から割とそうですし」
プランを崩されたにも関わらずイズイは嫌な顔一つしないで嬉しそうに笑ってくれる。
「ふふふ、ちなみにその依頼書は半年間貼りっぱなしでした。それでは!リューズさん、シーラさん!『三食おやつ付き』の王都での初任務、無事のお帰りをお待ちしております!いってらっしゃい~」
――二人はイズイの元気な声に見送られてギルドを後にする。
◇◇◇
ギルドに併設されているバーで一連の流れを見守っていた紺色の髪の青年は、リューズとシーラがギルドを出たのを確認すると、注文していた酒を一息に飲み干し、ほろ酔いで上機嫌な笑顔のまま掲示板へと向かう。そして、広い掲示板の一番右下、一番等級の低い依頼書を剥がして受付へと持っていく。
「これ、お願いします」
紺色の長髪をなびかせた青年は、冒険者らしからぬ異国風の軽装をしていて、整った顔で人懐っこそうな笑顔と共に依頼書を受付へと手渡す。武器の代わりか長い木の棒を肩に乗せている。
受付の右カウンター、長髪の受付嬢は彼の顔を見て驚いた顔をしたが、依頼書を見て納得したようにコクリと頷く。
「E級依頼、……ゴブリンの群れの生態調査、討伐。報酬は3万ジェンです。よろしいでしょうか?セイラン様」
セイランと呼ばれた青年は口元に人差し指を持ってきて、悪戯そうに笑う。その意図は正確に受付嬢に伝わる。
「よっ、よろしいでしょうか?セイラン……さん。よろしければ書類に手のひらを合わせてください」
セイランは左手を書類に合わせる。すると、手首に巻いた木製の腕輪が淡く光る。――木製の腕輪はF級冒険者の証だ。
「それじゃ、行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
出口に向かいながらセイランはひらひらと軽く手を振り、受付嬢はその後ろ姿に深々と頭を下げて見送った――。




