52話 世界は待っている
俺とシーラの拠点づくりは続く。……いや、正確にはまだ始まってすらいない。
「では、候補地は以上の三つでよろしいですね?所有者の確認とざっくりした値段の聞き取りは私の方でやっておきますので」
「マジか。……ほんっとうに、助かる!」
パン、と手を合わせてイズイを拝む。こんなに俺たちにだけ手をかけて本当にいいの?とも思うが、相手の厚意を過度に遠慮するのは野暮もいいところなので、謹んでお受けする。恩はまた別の形で返せばいい。
「一応確認なんですけど、お金はあるんですよね?」
「え」
作っちゃうか、とか言って一番大事なところを失念していた中年男性、俺。
「あ、えー……っと。どうだろうね。おいくら万ジェンくらい……するんですかね?」
冷や汗だらだらで苦笑いを浮かべて聞き返すと、イズイは俺にニコリと哀れみの冷笑だけを送ると、シーラに問いかける。
「シルヴァリアさんはどうでしょう?街はずれの何もない場所とは言え王都でそれなりの広さですから、最低でも5000万ジェンは必要だと思いますよ~?」
シーラは難しい顔をして首を捻り、収納魔石を開く。
「あるかなぁ」
開いた中にはかまくらのように無造作に百万ジェン札束がうすたかく積もっていた。その数、どう少なく見積もっても百や二百ではきかないだろう。
「あるある!絶対ある!」
つい大きな声を出してしまい、イズイとシーラが俺に白い目を向けてくる。
「……シルヴァリアさん。女の金を狙う男はやめておいた方がいいですよ?お金貸して、とか言われてません?」
「ん?シャヤルで言われた。500万」
「やっぱり!クズヒモぉ!」
「……全部事実だからなんも言えねぇ」
俺に罵声を浴びせたイズイはスッキリした様子で爽やかな顔。
「ま、シャヤルの出来事は詳細知ってますけどねぇ」
「無駄におじさんを罵倒するんじゃないよ」
イズイはファイルに入っているチェックシートに丸を付ける。
「資金は問題なしっ、と。それじゃ、最後にS級プランの説明に移りま~す。お手元の用紙をご覧くださいねぇ」
そういいながら黒板と併用してプラン説明が始まる。
「S級冒険者とは!すべての冒険者の頂点であり、その数パーティにして5つ!人数にしてたったの20人!全世界で二万人近くを数える冒険者の頂点でぇっす!」
「へぇ。すごいんだ」
「……他人事みたいに仰いますがね、あなたもそのS級なんですよ。シルヴァリアさん」
俺がひそひそと苦言を呈するが、シーラにとってはどこ吹く風である。
「最年少記録は13歳。……きっとこれはもう一生抜かれる事ないでしょうねぇ」
「『神戟』は何歳だっけ?」
「21歳ですね。これは当時の最年少です」
それを聞くとシーラは嬉しそうに笑う。
「そっか。『神戟』の次が私か」
「『神戟』は奈落噴出の被害を最小限に抑え、その後ダンジョンを踏破した功績と民意を受け、三会一致での昇格となりました。三会一致についての説明は要りますか?」
「一応お願い」
俺は知っているけど、多分シーラは知らないだろうしね。いや、多分っていうか絶対興味がない。
カツカツとチョークは黒板に音を立て、深緑の板に白い文字で『三会一致』と書かれる。書き終えるとイズイは左手の指を三本立てる。
「この世界には大きな権力を持つ組織がざっくり三つありまぁす」
「『神戟』」
「いや、神戟もういねぇから」
意外にクイズ形式の好きなシーラさん。
「ぎるど」
「正解っ!シルヴァリアさん一つ正解で~す」
イズイはパチパチと拍手をして、シーラはむふーっと鼻息荒く得意げに俺を見る。なので、俺もパチパチと拍手を贈る。シーラに花を持たせたところでクイズ形式を切り上げて、イズイは残る二つの説明を続ける。
「残りは『ウィンストリア王国』と『ブラドライト正教会』の二つです。王国、教会、ギルド。この三つが承認をすることを『三会一致』と言い、S級昇格の一つの方法ですね」
「簡単じゃん」
「……君にとってはね?」
こともなげに呟くシーラの言葉を聞いたら全国2万人の冒険者さんたちも怒るよ、きっと。
「5つのS級パーティと言っても、シルヴァリアさんはソロだったので、他は実質4つですね」
現在『神殺しの魔窟』に挑戦していると言う『魔断』、 教会が【勇者】と認定している冒険者ノア・アークライト率いる純白の装備で身を固めた『アークライト』、【巨躯】の祝福を持つ冒険者マグナ・シュタインを擁する『蛇使いの杖』、武器を持たず徒手空拳のみで戦う三人組『爪』。と、シーラ。
「へぇ。いろいろいるんだ」
「ですなぁ」
「そいつら倒せばS級?」
「そんなルールはありませんねぇ。時間はかかりますけど、一番確実なのはダンジョンをクリアし続ける事。時間はかかり、危険は伴いますけれどいつかは確実にS級になります」
イズイは黒板に書かれた三会一致の文字を丸で囲む。
「ですが、オーダーは最速との事。時間がかかるルートを推奨するのは芸がないですよねぇ。ここで私のおすすめはこの三会一致の発動を狙った特殊ルートです」
「そんなのあるのか?」
思えば昔は何も考えずに面白そうな依頼ばかりこなしてたなぁ。俺の問いにイズイは満足げに頷く。
「えぇ。全ての制度には抜け道が用意されているんですよ~。幸いお二人は今C級。あと二つ等級を上げるとS級昇格が狙えるA級になりますよね?次に受ける依頼。これは教会に全力で顔と恩を売れるものを受けます。そして、続く依頼は同様に王国全振り。晴れてA級に上がった暁には、お二人はS級昇格審査の俎上に上がります」
指を一本、二本と立てながらイズイは彼女の用意した最速プランを提示する。原則、依頼は自分の等級の上下一つが受けられる。現在C級の俺たちはB級の依頼が受けられる。
「等級関係なく受けられる『緊急依頼』もありますけど、そう都合よく発生する訳じゃありませんから、そっちはまぁ来た時ってスタンスでいきましょう~」
「待った待った。別にいいんだけど、そのプラン穴多すぎじゃねぇ?仮にA級に上がったとしてもそんなすぐに審査なんてならないだろ?ほかにA級パーティなんていっぱいいるわけだし」
俺の反論は織り込み済みだった様子で、イズイは腕を組んで何度かわざとらしく頷いて見せる。
「なるほどなるほどぉ。確かに、A級には現在147のパーティがありますしねぇ。お偉方も忙しいですし、いちいち審査なんてしてられないですよねぇ~」
そう言ってイズイは俺達のテーブルにゆっくりと近づき、バンと音を立ててテーブルを叩く。
「それは、普通のA級の場合です。リューズさん。多分、知らないのあなただけですよ~?……世界は、あなたを待っているんです」
あまりに大げさで衝撃的な言葉に口を開くが言葉が継げない。それを見てクスリと笑って、イズイは恍惚の表情で両手を広げる。
「12年前にすべてを失った英雄。そんな彼が若くして伝説となった少女と共に立ち上がった。もう一度言いますね?あなたは特別なんです。みんな!そんな特別なあなたが立ちあがった理由を知りたいんです。結果が知りたいんですよ」
かくいう私もその一人です、とイズイは言った。
「そんなあなた方がA級に上がったらどうします?推すでしょう?少なくともギルドは全力で推挙します。これは個人的な意見ではなく、ギルドの総意と思ってください」
そして、笑顔で指を二本立てる。まるで、ピースサインのように。
「なので、厳密には狙うのは二会一致ですねぇ」
俺は机に突っ伏して顔を隠す。
「あらら?どうしたんですか?」
「……いや、何でもない。気にすんな」
「多分、泣いてる」
「うるせぇよ」
「正解?」
「あー、正解。正解だよ!泣くだろ、こんなの!畜生っ」
よしよし、とばかりに頭を撫でるのは多分シーラの手。この歳になってこんなに泣くことになるだなんて、若いころは想像もできなかったな。
家を作る。S級を目指す。『神殺しの魔窟』をクリアする。やることは山積み、だけど明確だ。




