50話 王都、チュートリアル
――場所を変えて、俺とシーラは別室へと通される。
「第三会議室借りますねぇ」
イズイは他の二名にそう告げると、俺たちをヒラヒラと手招きをする。
「受付空けて平気なんすか?」
「えぇ。各受付嬢にはお気に入りのパーティを優遇する権利が与えられているので~」
ニコニコと楽しそうに彼女はそう言ったので、なんだか照れくさい。
「あ、そうなんすね」
「ところで、シーラさんは~。誰推しなんですかぁ?」
廊下を歩きながらイズイがシーラに問いかけると、腕を組んだシーラは難しい顔で首を捻る。
「推しってのがよくわかんない」
何気ない問答。昔のシーラなら『どうでもいい』と一刀両断する類の話題だろう。自然と俺の口もにやけてしまう。
「そうですねぇ~。言語化するのも野暮ですけど、敢えて言葉にするのなら――」
分厚いファイルを小脇に抱えた小柄なイズイは、シーラに教示する。
「その人の事を考えるだけで、明日が待ち遠しくなって毎日楽しく元気に過ごせる人、ってところですかねぇ!」
それを聞いたシーラは納得した様子で一度頷く。
「じゃあリューズだ。私のおしは、リューズ」
「……なんか照れくさいな」
いい歳したおじさんがはにかむ横で、シーラはイズイに熱弁を語る。
「リューズのごはんを考えると、明日が待ち遠しくなって、毎日楽しい。だから、私のおしはリューズ」
「それ、推しは俺じゃなくてご飯だよね?」
まぁ、だとしてもおじさんは嬉しいよ。
さて、場所は変わって曰く『第三会議室』。ダンガロのギルドで講習を受けた部屋より広く、20人ほど入れそうな小ぎれいな部屋だ。
「それでは、改めて自己紹介しますねぇ。ここウィンストリアの冒険者ギルドで受付兼事務を務めているイズイ・トラウデンです。どうぞよろしくお願いしま~す」
ペコリとイズイが頭を下げると、それとともに濃い紫色の髪も揺れる。パチパチと拍手をする俺を見て、シーラも遅れて拍手を合わせる。
「しばらく王都を拠点にすると思うので、いくつか書類お願いしていいですか?宿ってもう決まってます?」
四、五枚の書類を俺とシーラに渡し、テキパキと次の準備をしながらイズイが問いかけてくる。
「それも聞きたかったんだよ。ちょっと色々希望条件が多くて骨だなぁって思ってて。シーラがギルドで探してくれるって言ってたんだけど、そうなんですか?」
「敬語じゃなくてOKですよ~。リューズさんの方が年上ですし。私の事も気安くイズイとお呼びくださいねぇ」
「イズイ。リューズと一緒に住める部屋を探して。お風呂が広くて、いろいろ料理を作れるように広いキッチンがついてるやつ」
「あらあらぁ、一緒に住むんですねぇ~」
口元を手で隠しながらイズイの声は楽しそうに弾む。
「あのさ、言っとくけど神に誓って変なアレじゃないから。あ、俺の部屋は別ね。強固で頑丈な鍵の付いてる牢屋みたいな部屋」
「なんかのプレイですかぁ?」
「そんなの簡単にぶっ壊せる。意味ない」
「壊すんじゃねぇ」
「ふむふむ。ご予算は~?」
昔王都に住んでいた事もあるが、なにぶん12年前の話だし、当時は正直金もあったので金額を考えて住んでいなかった。なので相場がわからない。
「えっと、C級冒険者二人が一般的に借りる部屋は大体どんな感じっすかね?その範囲内であります?」
「それはもちろん。失礼ながらお二人ちょっと勘違いしてますけど、C級冒険者って決して低くないですからね?普通はA級とか上がれるものじゃないですし、S級なんて文字通り英雄ですよ?」
持参のファイルをパラパラとめくり、参考までにと等級分布図を見せてくれる。
一番数が多いのがE級。全体の四割がここにあたるらしい。
「意外。F級が一番多いんじゃないんだな」
俺の言葉が余程頓珍漢に響いたのか、イズイはあきれ顔で大きくため息をつく。
「それはそうでしょう~。F級は、上がるか辞めるか死ぬかなんですから~。普通12年もF級にいませんよ?」
「あ~……、そうね」
『神戟』の時は三か月もしないうちにE級に上がったっけな。多分俺よりイズイやビスカの方が詳しいと思う。
「C級は上位四分の一に入りますからねぇ。立派な上級冒険者ですよ~」
「なるほどね」
と、そこまで聞いて一つ単純な興味の疑問。
「シーラはどのくらいでF級卒業したんだ?」
問いかけると、案の定シーラは首を傾げる。
「さぁ?どのくらい?」
まるで他人事のようにイズイに問い返すシーラさん。
「シ、シルヴァリアさんはですねぇ……」
苦笑いを浮かべながらファイリングしてあるシーラの資料を捲る。
「B級スタートですねぇ」
「は?」「へぇ」
間の抜けた俺の声と気の抜けたようなシーラの声が重なる。
「あれ?例外なくF級から始まるって話じゃなかったっけ?」
「そうなんですよ、本当は。本来は、そうなんですよ。けれど、シルヴァリアさんの場合はさすがにちょっと……」
言葉を濁すイズイだが、それは俺の好奇心を刺激する以上の意味を持たない。
「なんだよ、気になるな。シーラ、お前なにしたんだよ」
「なんかしたっけ?」
相変わらず他人事の様に興味を持たない口ぶりのシーラ。イズイは正確を期するため、資料を読む。
「シルヴァリアさんは、11歳の時……冒険者登録をしていない状態で、単独でダンジョンを踏破したんでぇす」
予想を遥かに凌駕する武勇伝に俺は目を丸くしてシーラを眺める。
「マジかよ」
「あー、それか。うん、そうそう」
「あの〜、もし聞いてよければなんですけど、なんで急にそんな事しようと思ったんです?」
いい機会とばかりにイズイが質問をする。確かに俺もそれは気になる。
「ん?お墓に飾る花探し。お母さんの。ベラドンナがそこにしかない綺麗な花があるって教えてくれて、途中まで兵士連れてきてくれたんだ」
いい思い出とばかりに飄々と語るシーラ。だが、俺はその名前を忘れていない。――ベラドンナ。シーラの弟の母。
「……で、途中ではぐれたんじゃないのか?」
一瞬、イズイの表情が固まる。
きっと険しい顔で俺が茶々を入れると、シーラは驚いた顔で微笑む。
「お。なんでわかる。そう、それでそのまま進んだらクリアしちゃっただけ」
イズイを見ると複雑な表情をしている。きっと彼女もシーラの家庭環境を悟ったのだろう。
「なぁ。ドラッケンフェルド家ってのは、どこにある?」
イズイは地図を開き、王都の北西を指す。
「国境近くの要衝・エルラディールです」
「オッケー。じゃあ、頼みがある。最短でS級を目指すプランをくれ。S級になって、エルラディールに殴り込みだ」
俺の腹を煮やす怒りの熱は、きっとイズイも感じたのだろう。彼女は真剣な面持ちでこくりと頷いた。
「喜んで〜」
きっと、そいつはダンジョンの奥にシーラを捨てたつもりだったんだろう。まだ11歳の少女を。それはどんな理由があろうと許されるはずがない。許してはいけない。
隣を見ると、シーラは呑気にミルクティーを飲んでいて、地図を見て興味深げに指でなぞっていた。
ダンガロ、ブナエラ、エウリザ、バルハード。そして、シャヤルに、ウィンストリアと続いて、指はエルラディールで止まる。
それは、まるで星座みたいな俺たちの旅の軌跡。……なんて言ったらシーラは『きも』って笑うだろうな。




