49話 冒険者ギルドへようこそ
「そういえば」
王都ウィンストリアの冒険者ギルドを目前にして、シーラが思い出したとばかりに呟く。
「ここの人はレオンなんとか推しってビスカが言ってた」
その言葉を聞いて扉に触れた俺の手が止まる。
「……あー、忘れてた。そんな事言ってたなぁ」
ビスカが紹介状を書いてくれた、彼女の知己であるここウィンストリアの受付嬢は『千剣』のレオン永続推しだと言っていた。まぁ、普通に考えると俺に激しい恨みを持っているんだろうなぁ。
シーラが『なにしてんの?』とでも言いたそうな顔で俺を見上げ、俺は一人苦笑いをして扉を開く。
「ま、今更気にしてもしゃーない。行こうぜ」
「ん」
俺たち『三食おやつ付き』は王都のギルドの扉を開く。
ギギィと言う重く古めかしい扉の鳴き声が俺達を歓迎する。12年ぶりに訪れたギルド本部。ダンガロのギルドより格段広く、受付も一人では無く三か所。例のごとく食堂も併設されており、一仕事終えた冒険者たちの憩いの場となり、情報交換の場も兼ねている。
「そういえば、ドラッケンフェルド家のある街の名前も聞かなきゃだよな」
「別に急いでない。あっちのほう」
そういって北西の方向を指さすシーラ。王都から北西の方角で大きめの街だと、闘技場のあるディザとか、国境近くのエルラディールとかか?まぁ、それもギルドで聞けば解決だ。
当然ながら俺とシーラは冒険者たちの目を集める。おっさんと少女のパーティなんてもの、少なくとも俺は見たことがない。保護者同伴の冒険者なんてのもいなくはないかもしれないが、俺は見たことがない。
「……なぁ、もしかしてあいつらが」
「おっさんと黒姫だろ?間違いねぇよ」
樽ジョッキで酒を飲みながら、彼らはヒソヒソと噂話をする。情報は時に馬車より早い。神妙な顔をした冒険者たちの言葉は続く。
「あの『黒顎』のレイドを残忍に殺したって言う――」
「いや、殺してねぇよ!?」
思わず噂話に突っ込んでしまい、彼らは樽ジョッキを片手に苦笑いで俺から距離をとる。
「ひぃっ」
シーラはあきれ顔で男たちに近づく。
「殺してない。手斬り落としただけ」
そう言うと、得意げな顔で俺を指さす。
「それはリューズが治した。ふふ、斬っても簡単にくっつく」
クスクスと思い出し笑いをするその笑顔は冒険者たちには残忍な笑みに映った様子。
「……簡単にくっつくって」
「だ、だから簡単に切り落として良いって事かよ」
少し曲がった形ではあるが、交易都市での話が広がっている様子。人々を守る為に、身を挺して立ちはだかったシーラの偉さも、もっともっと広まるといい。
「あのさ、ついでに聞きたいんだけど、イズイって人ここのギルドにいますかね?」
ビスカからの紹介状の宛名にあるイズイ・トラウデン。
「あ、あぁ。イズイさんなら一番左の前髪で片目が隠れてる人だよ」
二十代中ごろと言った冒険者は、前方に三つ並ぶ受付の左端を指さす。そして、チラリと俺の左手の腕輪を見る。
「しっ……C級なんすね。今は」
「ん?俺の事知ってる感じ?」
「それは……もちろん」
含みのある、複雑な感情が見て取れる。
「握手、してもらっていいっすか?」
「あぁ、俺なんかでよければ」
差し出された右手をがっちりと握る。後ろでシーラは腕を組みながらなぜか得意げにその光景を眺めていた。
濃い紫色の髪で片目が隠れた女性――イズイは、俺とシーラが近づくと、紹介状を出す前からニコリとほほ笑んだ。
「お待ちしておりましたぁ。『三食おやつ付き』のお二方」
イズイの口が発した俺たちのパーティ名を聞いてギルド中は困惑の渦に叩き込まれる。
「三食……」「おやつ付き!?」
わかる。俺もきっと人のパーティだったらそう思うから。そう考えると、『神戟』は『神戟』で本当に良かったと思う。もし四分の一の確率で『仲良し動物園』になっていたとしたら、世界にはどんな伝説が残ってたのだろう。
あの”仲良し動物園”をもってしても踏破出来なかった『神殺しの魔窟』。とか言われても緊張感ないよなぁ。
「ビスカから手紙で話は聞いていますよぉ。あの子はただリューズ愛を拗らせたツンデレ厄介オタク。私はあの子とは違いますからねぇ!」
片目の隠れたイズイは少し間延びした特徴のある口調でそう言って不敵な笑みを見せ、俺はゴクリと唾を呑む。
「さて、『神殺しの魔窟』を目指すにあたり、最速でS級を目指すとの事ですよね?そこでプランを幾つか考えてみたので、お二人の事情に合ったものを選んでいただいて、そこから逐次調整していきたいと思うのですが、いかがでしょう~?」
あらかじめ用意してあった分厚いファイルを捲りながら、イズイは早口で捲し立てる。
「えっ。あー……、そうっすねぇ」
てっきりまた嫌味か何かから始まると思ったので、軽く肩透かしを食らった印象。
「どうしましたぁ?何やら驚いた顔に見えますけど」
「いや、……レオンのファンだって聞いてたから、てっきり恨まれてると思って」
「違う。なんとか推し」
シーラが俺の言葉を訂正すると、イズイは腕を組んでうんうんと一人納得したフリをしてうなずいて見せる。
「なるほど、なるほど~。私がレオン様を愛するが故に、一人逃げ帰ったあなたを恨んでいる、と~?」
さらっと愛とか出てきて軽く戦慄を覚える。にも拘わらずレオンはそれほど女性にモテている様子は無かったのだがな。
「ま、まぁ。ざっくりいうとそんな感じかな」
俺の答えがお望み通りだった様子で、イズイは得意げなドヤ顔でピッと人差し指を立てる。
「ビスカもそう言っていたでしょう。けれど、私はそうは思いません。レオン様はですねぇ……、その身を賭して、愛する相手を生かしたのですよぉ!」
「は?」
と、短く答えたのはシーラでなく俺。シーラは対照的に初耳の話に興味深々。
「へぇ。愛するって?誰?」
「それは~……、口に出すのは野暮じゃないですかぁ?」
思わせぶりな口調で俺に目配せをするイズイ。
「……もしかしてその勘違い世間に浸透してんのか?」
「いえ、そうだったらいいなぁっていう。私やビスカの想像ですねぇ」
まったく悪びれずにイズイは軽く笑う。
「それは違う。リューズが愛してるのは、マリステラ」
受付のテーブルに載せた両手に頬を載せて、シーラが言い切る。
「えぇっ!?それってどこ情報ですか!?出典は!?」
イズイはノートを取り出して何やらさらさらと速記する。
「レストランも一緒にやるはずだった」
「エモモモモっ!?どこでですか!?」
「ちょ、ちょっとシルヴァリアさん……?あんまりプライベートな事勝手に言わないでくれませんかね」
熱心に何かを書いていたイズイは、左手で器用にペンをクルクルと回しながら、興奮した様子でチラリと俺の顔を窺いみる。
「あの~、例えばマリステラさんがレオン様の事を好きだったりすると最高なんですけど」
ノートには三角関係が記されていた。矢印の方向はレオン→リューズ→マリステラ→レオン?と書かれている。
「最低だよ。なんだよ、そのパーティ。バルドも入れてやれよ」
「いいんですか!?」
「いいわけねぇだろ」
「マリステラが好きなのはリューズ」
「あ~、やっぱり。ですよねぇ」
一体俺たちは何の話をしているんだろうな?と思ったけれど、シーラとイズイが思いのほか楽しそうに話しているのならまぁいいか、と思う俺は甘いよなぁ。




