48話 到着、王都・ウィンストリア
交易都市シャヤルを発つこと一か月、ようやく俺とシーラの長い馬車の旅も終える。
「おぉ、見ろシーラ。着いたぞ」
馬車の車輪の下には石畳の音。道は真っすぐ、光にあふれていた。
八方から道が集まり、その中心に『水の都』――王都ウィンストリアが姿を現す。
白い城壁を伝う水路が、陽光を反射して煌めく。流れる水は魔法陣の一部であり、外敵を寄せつけない結界でもある。
「ここ来たことある」
無感動にそう呟いたと思うと、シーラは窓の外を見て楽しそうに少し口元を弛めた。
「でもリューズとは初めてだ」
俺とシーラが車窓から上を見上げる間に、俺たちの乗る馬車は王都の門を潜り抜けた――。
ダンガロともシャヤルとも、もちろんバルハードとも違う、活気がありながらもどこか気品のある佇まいの街。それが久し振りに来た王都の印象だ。もちろん一口に王都と言っても様々なエリアがあり、商業区の他に平民街(と言ってもこれは通称であり、正式名称は市街である)、貴族街、そして王城と区画が分かれているのだ。
「さて、シーラ。質問。俺たちは王都に来ました。これからS級を目指してしばらくはここに腰を据える事になる。まず何をするべきでしょうか?」
俺の問いを受けたシーラはふっと不敵な笑みを見せる。
「簡単すぎ」
「"ごはん"は無しな?」
瞬間、不敵な笑みは霧散して眉を寄せた不満げな顔に変わる。
「は?無理」
「はい、答えをどうぞ」
「リューズ。それはおかしい。まずはごはん。そう決まってる」
俺の少し後ろを歩くシーラは的確に俺の踵を蹴って歩く邪魔をしてくる。地味にイラっと来るいやがらせだ。
「こら、やめろ。わかったから。まずは、ごはん。それは決まってるとして、その次は?」
シーラは俺の踵を蹴るのを止めて首を捻る。
「次?おやつはまだ時間があるとして、……ぎるど?」
一段階進んだシーラの思考に俺の口元が弛む。
「残念。ギルドはその次かな」
「ごはんと、ギルドの間か……」
歩きながら腕を組み、首を傾げるシーラ。少し考えてから得意げに俺の服を引く。
「ごはん食べながら考えよう」
「そりゃ名案だな」
当然ながら俺たちの外食は少し特殊だ。格式の高いレストランなどは原則避け、運ばれて来た料理を俺が先に一口食べ、それから軽く調味料を加えて混ぜる。その一工程を挟むだけでシーラは味を感じられるんだ。なぜ、俺が手を加えた料理だけ味がするのかはまだわからないし、いつかわかるのかもわからない。俺の持つ【不老不死】の祝福が関係している可能性はある。ほかに祝福を持つ冒険者に会ったら一度試してみたいとは思う。
「うん、おいし」
シーラは独り言の様に呟きながらリズミカルにスプーンを皿に運ぶ。今日のお昼ご飯はスパイスたっぷりのライスカレー。空腹の鼻腔に香りが突き刺さり、胃に直撃する。
「リューズ。今度これ作って」
「ん?味してるんだよな?」
俺が問い返すと、食事中のシーラは眉を寄せて不快そうに短く『は?』と声を発する。
「してたって関係ない。私は、リューズに、作ってって言った」
「確認で聞いただけだろ。怒るなよ」
「怒ってない」
そう、ギルドに行く前に済ませておきたい用事、それは『部屋探し』である。普通に考えればダンガロの時のように分相応な宿を借りる事になるだろう。だが、それにはいくつか問題がある。
①きっとシーラは部屋を分ける事に同意しない、②一般的な宿の部屋には厨房が付いていない、③部屋に風呂がついているのが望ましい。
問題は②だよな。部屋に厨房がついている部屋なんて見たことないし、室内で料理をするような換気設備もついていない。強い弱いは関係なく年ごろの女の子が住むんだから、それなりにしっかりしたところならなおいい。
そんな物件あるのかねぇ。妥協できる点が一つもないのがまた悩ましい。
「鍋」
シーラはそう呟いて、ジッと俺の反応を見る。俺がきょとんとした顔で見返すと、残念そうに小さくため息をつく。
「も、違うか」
――口に含んだカレーのスパイスが、笑いとともに不意に抜ける。
「ふはっ」
俺の出したクイズをまだ忘れずに考えていたシーラを思うと、つい面白くて笑ってしまう。
「笑うな」
「ふはは、失礼。まさかまだ考えてると思わなくてな」
ムッと口をへの字に曲げ、意地になったシーラの口は再び言葉を発する。
「うざっ。もういい。答えは?」
「ん?『家』。しばらく王都に腰を据えるだろ?住むとこちゃんと探さないとな」
答えを聞いたシーラは少し考えてから満足げに頷く。
「そっか。家か」
呟いたシーラは今度は腕を組み、得意げな笑みで俺を見る。
「ならやっぱり私が正解。家はギルドで探してくれる。ギルドに行けば全部解決」
「え、そうなの!?」
俺の驚いた声を聞いたシーラは、得意満面といった様子で、テーブルに身を乗り出してくる。
「そう。部屋でも馬車でも、なんでも聞けば教えてくれる」
「まじかぁ」
当時15歳の『神戟』駆け出し時代。変に背伸びしていた俺たちは、大人に頼るだなんて発想もなく、何でもかんでも自分たちでやっていた。冒険者生活20年を越えて、今更新しい発見があるだなんてな。あの世に行ったらレオン達にも教えてやらなきゃいけないなぁ。
「ふふ、リューズも知らない事がある。私は知ってる」
食器を下げてもらって空いたテーブルに手枕をしながらシーラはクスクスと笑った。
「だなぁ。お前には教えられてばっかりだ。じゃあ、出たらさっそくギルドに行くとしますか」
食後のコーヒーがテーブルに運ばれてくる。シーラは紅茶。毎度おなじみのミルクティー。多分、今のところシーラは飲み物で一番ミルクティーが好きだ。
「それ、どんな味?」
「ん?苦いぞ」
「はい、嘘。好き好んで苦いの飲むはずがない」
「いや、マジなんすけど」
「その判断は私がする。味するようにして」
「へいへい、わかりましたよ」
どう考えても結末が見えすぎているので、せめてミルクを多めに入れようとすると、シーラはカップと同じ目線でジッと俺の行動を疑いのまなざしで監視する。
「入れすぎたら怒る。どんな味か知りたいんだから」
「じゃあ本当に少しだけな」
ほんの僅かにミルクを垂らし、かき混ぜる。黒に近い濃褐色の水面に一点の白が浮かび、渦とともに消えていく。俺が手を加えたものならシーラは味を感じる事ができる。
「ほれ」
「あはは、黒すぎ」
カップを両手で受け取り、まずは香りを楽しむシーラさん。
そして、カップを口に近づけ、ゴクリと一口。
同時に、まさに苦々しげな顔をしたシーラはべぇと舌を出す。
「にがっ。正気?」
「だから言ったのに」
完全に想像通りの反応を楽しみ、俺たちは店を後にする。




