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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
元英雄の凱旋と、死を願う黒姫

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47話 『黒顎』のレイド

◇◇◇

 潮風が花びら揺らす港町。両断された雷獣と、その身体を濡らす赤い血だまりに、風に乗って花が一輪舞い落ちる。

 万雷の拍手と喝采が雨あられとシーラに浴びせられ、慣れない光景にシーラも少し困惑しているのがわかる。


「あっ、リューズ!ケガは!?してる人!」

 ハッと我に返ったシーラが真剣な面持ちで俺に詰め寄るので、安心させるように微笑んでみる。

「大丈夫。もう治してる」

 それを聞いてシーラも安心した様子で肩の力が抜ける。

「それはよかった」

 

 これだけ多くの人が群がる中で、もしシーラが駆けつけるのが遅れていたらどのくらいの被害が出たのかもわからない。当たり前の話だけど、俺は治癒士だ。死人は生き返らせられない。けがをした人には申し訳ないけれど、死人がでなくて本当に良かった。


 そして、こんな事を思って本当に申し訳ないんだけれど、それ以上にシーラの成長が本当に嬉しく思う。効率や最適解からは外れた考えや行動は、きっとこれからあいつを悩ませて苦しませる事もあるだろうと思う。けれど、それが人間なんだから。


「さて、シーラ。面倒に巻き込まれる前にそろそろずらかろうぜ」

 

 と、思ったのだが時すでに遅し――。


 カツ、と乾いた靴の音が石畳に散る花びらを踏みにじり、声がした。

「あぁ?マジで雷獣死んでんじゃん。っざけんなよ~」


 男の登場で、喝采が包む港の空気がピリッと変わる。


 金色のツンツン髪に派手な柄のシャツを着たチンピラ然とした若者。歳はシーラよりも少し上くらいだろう。

「レッ……レイドさん!?」

 檻の警備をしていた冒険者が彼を見て顔面蒼白となり、レイドと呼ばれた青年は明らかに彼より年上な冒険者を物の様に足蹴にする。

 

「ったく、つっかえねぇなぁ。死人もいないんだって?ははは、ラッキーだなこいつら。宝くじでも買った方がいいんじゃねぇか?」

 

 レイドは両手をポケットに入れたまま、ゆっくりと俺の眼前まで歩み寄る。

「おっさん。あんただろ?やったの」

「だったらなんだよ。あ、わざわざお礼とか言わなくてもいいぞ」

 一目見て不快なやつとわかるのはわかりやすくて助かるよなぁ。チンピラさんは俺の言葉を聞いて馬鹿にしたように鼻で笑う。


「あぁ?礼だぁ?寝言は寝て言えって言葉知らねぇのか?てめぇのせいで俺の商売が台無しだろうが。そいつは貴族様に納品する予定だったんだよ。どうしてくれんだ、あぁ!?……まぁ、いいぜ。てめぇが代わりに払えや。五百万ジェン。今ここでな」


 威嚇するように顎を上げ、ポケットから出した右手で地面を指さす。


 そのあまりに理不尽な物言いに、周囲で見守っていた群衆からも「ひどい……」「助けてもらったのに」と非難の声が上がる。だが、ひそひそとした声以上の行動は怒らない。チンピラ然とした彼のいで立ちもあるのだろうが、その立場を恐れての事の様にも思える。


「あ、あ~……もしかして高名な冒険者の方だったり?」


 下手(したて)に出て問いかけると、彼は無意識にチラリと俺の左腕の腕輪を見てから得意げに自己紹介を始める。

「A級パーティ『黒顎(くろあぎと)』のレイドを知らねぇなんてどこの田舎もんだてめぇ。んなことより、500万!払えんのか、払えねぇのか!?」


「……500万、ねぇ」

 俺はわざとらしく困ったように頭をかき、隣に立つ少女を見やる。

「なぁ、シーラさん。500万ジェン、持ってたりしない?すぐ返すから貸してくれない?」

 傍から聞くと20歳も離れた少女に金をせびるクズ男のそれである。だが、今はあえて気にしない。

「ん?あるけど」


 シーラは事もなげにそう言うと、収納魔石を開き、そこから取り出した札束を無造作に俺に放る。一束100万ジェン。100枚の札束は見た目よりも軽いが、その実重い。

「いくつ?」

「とりあえず5個で」

「ん」

 まるで子供がお手玉でもするかのように、シーラはひょいひょいと俺に札束を5つ放る。

 そして俺はその札束をうやうやしくA級冒険者様へと差し出す。


「それでは500万ジェン。ご笑納ください」

「……はっ、情けねぇ。最初からいきがんじゃねぇよ」

 レイドは満足げに札束を受け取り、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。その下卑た表情を見ながら、俺はゆっくりと言葉を続ける。

「で、確認なんだけど金を受け取ったってことは、この魔物は元々お前らの物って事でいいんだよな?」

「あ?……当たり前だろ」

 

 レイドが怪訝な顔で頷くのを確認して、俺は満面の笑みを浮かべた。――だが、正直言って内心はらわたが煮えくり返っている。シーラが、……あのシーラが身を挺してまで魔物からみんなを守った誇るべき戦いを、こいつは土足で踏み躙ろうとしているのだ。許していいはずがない。

 

「そっかそっか、よかった。なぁ、ところでお前『管理責任』って言葉、知ってる?」

 俺の言葉に、レイドの顔から笑みが消える。

「……はぁ?」

 

「いやいや、お前さんらが管理してた魔物が街中で暴れて、こんなにたくさんの人を傷つけたんだ。その処分代と、みんなを治癒した費用、払ってもらわないと困るんだよねぇ」

 

 年甲斐もなく湧き出る怒りを薄笑みで必死に隠しつつ、言葉を続ける。

 

「こう見えて俺元S級治癒士だからさ。治療費、お安くないんだよね。一人五万として、ざっと見ても二百人はいるかな。合計、一千万ジェン。ほら、払えよ。今すぐ。俺はすぐ払っただろ?」

 

 形勢は、一瞬で逆転した。

 俺の言葉に、レイドの顔が怒りでみるみる赤く染まっていく。周囲の群衆は、今度は期待の眼差しで俺たちを見ていた。

「て……めぇ……っ!」

 レイドは怒りに任せて、舌打ちと同時に腰の剣を抜いた。A級冒険者の放つ神速の一閃。殺意のこもった本気の脅し。その切っ先が、俺の喉元に向けられ――

 ――るはずだった。

 

 レイドの右手は、音も無く、剣を握ったままの形で、綺麗に宙を舞っていた。少し遅れて、ドチャリ、と肉の塊が地面に落ちる音が続く。

 何が起きたのか、レイド自身も、周囲の誰も理解できていない。ただ、彼の右腕の断面からは、噴水のように鮮血が吹き出していた。


 神速の抜刀よりも速く、シーラの黒い片刃刀がレイドの右腕を斬り落としていた。

「……こら」

 俺が白い目を向けてシーラを咎めると、シーラはプイッとそっぽを向いて目を逸らす。


「あ……ああ……あああああああっ!?」

 遅れてやってきた激痛に、レイドが絶叫する。

 俺は、にこやかに笑いながら、ハンカチでも拾うかの様に地面に落ちた彼の右手を拾い上げた。

 

「おっと、落とし物だぞ?うっかりさんめ」

 血が滴る右手を、レイドの腕の断面に添える。瞬間、柔らかな光が溢れ出し、傷口は見る見るうちに塞がっていく。まるで、最初から何もなかったかのように。

「なっ……」

 

 レイドが、そして群衆が、言葉を失う。俺は悪戯が成功した子供のように、不敵な笑みを浮かべた。

「はい、治療完了。今の治療費、百万ジェン追加な」

「ふっ……、ふざけた事言ってんじゃねぇ!」

 かろうじて反論の声を絞り出すレイド。俺はキョトンとした顔で首を傾げる。

「意外に謙虚だなぁ、お前。自分にはそんな価値ないって?……じゃあ、10ジェンでいいや。合計1000万とんで10ジェンな」


 レイドは音が聞こえるくらい力強く歯を噛み締め、苦渋に満ちた表情で俺を睨む。

「ま、払えないなら割り引いてそこにある500万でいいぞ。俺はすぐ払ったけどね」

 

 最後にもうひと煽り。その500万はシーラのものだから返してくれないと俺が困る。

 血管が切れるかの様に顔を赤くしたレイドは、自分の頬を右拳で殴る。ゴッと鈍い音がして、切れた口の中から血が滴る。

 

「……上等だ」

 両手で収納魔石を無造作に開き、札束やら宝石やらが溢れるように溢れて山となる。

「全部持ってけ。オレに値段は付けさせねぇ!」

 獣の様な鋭い視線で俺を睨み、レイドはそう言った。


「……いや、間に合ってます」

 そそくさとシーラの金を回収。憲兵の警笛が聞こえてきたのでシーラを促してこの場を去る。

「おっさん!……名前は?」

 レイドの問いに、シーラがなぜか嬉しそうに答える。

「ん、リューズ。『三食おやつ付き』」

「……お前が言うんかい」


 俺の名を聞いて、レイドは嬉しそうに、不敵に笑う。

「リューズ。……『神戟』か!覚えてろよ、てめぇ」


 足早に港を去る俺たちの後方で、レイドはそう呟いた。

 

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