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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
元英雄の凱旋と、死を願う黒姫

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46話 百花繚乱雷獣退治

◇◇◇


 人混みで賑わう交易都市の昼下がり、港。リューズと離れたシーラは群衆の肩の上を足場に檻を目指す。特殊な歩法によって、足場にされた人々は重さを感じず落ちた羽根か花びらが触れた程度にしか感じない。

 三度、四度と足場を蹴り、シーラは最前列・檻の前を目指す――。


 部屋一つが余裕ですっぽり入るくらいの巨大な檻。その中には檻の大きさに相応しい巨大な獣がいた。――それが雷獣である。真っ白な毛並みをした身体に二又の尾、額には三本の角が鋭く天を突く。その真っ赤な瞳は、明確に怒りに染まっていた。


 雷獣はその周囲にパリパリと電気の弾ける音を鳴らし、その全身がすでに強い帯電状態にある事が傍目にもわかる。


「……お、おい。本当に大丈夫なのかよ、これ」

 檻の警戒に当たっている冒険者は不安そうに相方に問いかける。腕にはシーラたちと同じく銅色の腕輪が光っている事からC級冒険者であることが窺える。

「『黒顎(くろあぎと)』のレイドさんが平気って言ってるんだから大丈夫だろ。お前A級の決定に口挟めるのか?」

「それはそうだけど」

 そんなやり取りをする間に、雷獣は咆哮を上げて檻に体当たりをする。

 咆哮は空気を轟かせ、警備の二人の不安は増幅する。

「そ、底に雷封じの術式組んであるって話だから、大丈夫だろ」

「だよなぁ」


 巨大な檻の底面には複雑な魔方陣。雷封じの術式と呼ばれたそれは、触れたものに集まる雷の魔力を霧散させる効果がある。雷獣が全力で雷を集めても、帯電程度に留まるのはこの術式の効果と思われる。それに加えて、体当たりや牙では破壊できない強度の檻。S級に上がるのも時間の問題と目されている実力派、魔物狩り専門のA級パーティ『黒顎』の取った安全対策は万全――のはずだった。


 知ってか知らずか本能か、雷獣は何度も檻に体当たりを続けた。そして、固定されていない檻はグラリと傾いて前に倒れる。


「あっ……危なーい!倒れるぞー!」

「離れて!離れてー!」


 人々は逃げまどい、檻はズズンと地響きと共に前方に倒れる。それと同時に、檻を中心に四方八方に放たれる激しい雷の渦。


「うわぁぁぁああっ!?なっ、なんで!?雷封じは!?」

「知らねぇよ!逃げるぞ!」

 檻が倒れ、底面が横に来てしまった事で雷獣は封印から離れてしまったのだが、慌てた彼らにはそこまで頭は回らない。

 まるで積乱雲の中のような放電がしばらく続いたかと思うと、檻の前面は高熱でドロリと溶解されていて、雷獣はそこから悠然と姿を現す。


 シーラが着いたのは、まさにそんなタイミングだった。

「やった。丁度いい」


 収納を開いて魔石をつかみ取ると、おもむろにガリガリと齧り、武器を取る。一番お気に入りの武器である漆黒の双剣だ。

「やっ、やめろ!殺すな!生け捕りにしてくれ!」

 距離を置いた見張りの冒険者が、安全圏からシーラに懇願する。見張りを頼まれた彼らの責任問題になる事を恐れての言葉だろう。

「そうだ!無傷で頼む!」


「は?いやだけど」

 無責任な懇願に一瞥もくれず、シーラと雷獣の戦闘が始まる。

 ネコ科の獣の様な俊敏な動きで、雷撃を纏った爪を使って雷獣はシーラに襲い掛かる。シーラがそれを躱して左手の刀を逆袈裟斬りに斬り上げると、半身避けた雷獣の皮一枚を切り裂いて赤い血が飛び散る。


 雷獣は鼻にしわを寄せてうなりを上げると狼の様な遠吠えを上げる。それと共に三本角を電極のようにして、高密度の指向性のある雷撃が一直線にシーラを襲う。並みの冒険者であれば反応すらできず黒焦げになるだろう間合いと距離。だが、シーラは意に介する事もなくヒラリとよける。


「おっそ」


 返す刀で一太刀浴びせようとした瞬間、雷撃の着弾した後方から人々の悲鳴が上がる。

「きゃあああ」「熱いっ!……痛いよぉ」「誰かっ、誰か!」


 シーラはハッとして後ろを振り向く。

「しまった」

 命のかかった戦場でのよそ見など、今までの彼女なら考えられない愚行である。今までの彼女は守るもののある戦いなどしたことはなかった。自分の身一つ守って、相手の命を絶つ。そして、食らう。それが彼女にとっての戦いだったのだから。


 視界に入ったのは、血まみれの、やけどをした、たくさんの人々。


 何かを言おうと口を動かした瞬間、雷獣の爪は激しくシーラを襲う。


 顔から右半身にかけて鋭い爪での攻撃を食らったシーラは群衆の方向へと吹き飛ばされる。


 まさに阿鼻叫喚。逃げ惑う群衆は、それ自体が障害物となり、最前線の人々の避難の妨げになる。


「……ぐ」

 双剣を杖替わりに立ち上がるシーラの顔には深々と雷獣の爪痕が残り、真っ赤な血がとめどなく流れて視界をふさぐ。


 シーラはチラリと自分の後ろにへたり込む多くの人々を見て、少しだけ口元を上げる。それは、まるで安心させる様に。


「絶対下がらない」


 下がれない。避けられない。――どうする!?


 犠牲を厭わず戦闘を続けて、できるだけ早く雷獣を屠る。きっと、それがこの戦闘における最適解。当然シーラにもその選択肢が浮かぶ。けれど、それと同時に浮かんでしまったのはリューズの顔だった。――そんなことをして、リューズは褒めてくれるだろうか?


 どうする!?どうすれば!?


 雷獣はジリジリと間合いを詰めつつ、三本の角には雷撃の迸りが見える。


 シーラは眉を寄せる。決断の時間は無い。だがこの場所で雷撃を放たれるのだけはまずい。今度こそ、本当に死人が出る。――私のせいで。


 その思いが身をすくめる。きっと、多くの冒険者であればすでに通っただろう決断の道。


「うおぉぉぉぉらっ……!」


 ――遠く人混みの奥から聞きなれた声がした。


 少し遅れて、後方から投げられた小さな袋が放物線を描いて空中を舞い、そこからはパラパラと雨のように何かが零れ落ちる。


 種だ。


「【治癒結界(ヒールサークル)】……改っ!」


 声の主はリューズ。瞬間、辺りを柔らかな光が包み、顔と胸に受けた傷が癒されるのを感じる。そして、雨の様に舞う種からは、次々に花が咲き乱れる。

「……ふふっ、天才すぎ」

 シーラはそう呟くと、口を開けて舞い散る花をパクリと一つ受け止める。それはほのかに甘みを帯びていた。

 

 人々はその幻想的な光景を見上げ、一瞬恐怖を忘れた。


 注意の逸れた雷獣。そんなもの、もはやシーラの敵にはなり得なかった。ダンジョン生まれの雷獣が初めて目にしただろう百花繚乱の花々、それを見上げた瞬間に、彼の首は漆黒の二刀により胴体と別れを告げた。


 シン、と静寂が港を包む。


 次の瞬間、津波のような怒涛の喝采がシーラに浴びせられる。

「うおぉぉぉっ!」「すげぇぇえええ!」「ありがとう……ありがとう!」


 困惑気味にその喝采を受けるシーラの元に、心配そうな顔をしたリューズが駆け寄ってくる。

「シーラ!お前……っ顔!大丈夫か!?」

「別に全然大丈夫」

 シーラはそう答えて服で血を拭うと、少し固まった血が落ち、傷跡はもうなくなっていた。

 小さく安堵の息を漏らしたリューズは、そのまま力任せにシーラの頭をわしわしと撫でまわす。

「お前、みんなを守ろうとしたんだってな。偉いぞ」


 短い沈黙。港を渡る潮風が、花の香りを運んだ。シーラは、嬉しそうに、照れくさそうに笑う。

「……へへ、言うと思った」



 

 


 


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