45話 魔物狩り
交易都市シャヤル。大通りをまっすぐに進むと、だんだん潮の香りが強くなり、通り抜ける風も心無しか身体に纏わりつくような塩気を感じる。
シーラは通りで目当ての本を買ってご満悦で、歩きながら本を広げて何やら読み上げている。
「ジャビー。グリーシャッス。マイウー。レ・ボン」
「何言ってんだ、お前。ていうか本読みながら歩くなよ、危ないぞ」
「ん?いろんな国の言葉の『おいしい』」
「え、そういう意味!?」
てっきりいろんな語彙で、と思いきやまさかの多国語。
「リューズの、ごはんは、とてもジャビー」
「嬉しさが感じきれねぇ」
「ふふ、嬉しいか」
本当にそう聞こえた?と思いはしたが口にはしないのが大人の作法。
港にはいくつもの船が停泊しており、様々な格好をした色々な国の人たちが、慌ただしく、所せましと荷揚げや荷下ろしを行っている。遠くの方で異国情緒溢れる楽器の音が聞こえてきたり、潮風に乗って甘いお香の香りが乗ってきたりと、一つの街にいながら外国を旅しているような錯覚さえ感じる。
「リューズがさっき買ったのは?レ・ボン?」
露店で買った小袋を指さしながら、さっそく得たばかりの知識を活用してくる応用力溢れるシルヴァリアさん。
「レ・ボン?じゃねぇ。食い物じゃねぇから」
袋を開いて見せてみる。中には無数の種が入っている。
「なにそれ」
「見ての通り、種。花の種だ」
「ふーん。一つちょうだい」
答えも待たずに袋に手を入れて持っていくのがシルヴァリアクオリティ。そして何のためらいもなくパクリと口に入れる。
「豆みたい。何が違う?」
「……何が違うんだろうな」
「食べ物じゃないならどうする?」
断りもなくまた手を伸ばしてきたのでシーラから離してポケットにしまう。
「ちょっと試してみたい事があってな」
どや顔で思わせぶりにニヤリと笑うと、それを聞いたシーラも楽しそうに口元を上げる。
「へぇ。楽しみ」
何も言っていないのに楽しみにしてくれるとは。ずいぶんと信用してくれているみたいで責任重大だ。
港には様々な貨物が運ばれてきて、運ばれていく。船は陸路よりも多くの積み荷を運ぶことができる。果実や植物、鉱物の類、資材や工芸品。そして、動物。
南方にしか生息しない珍しいサル、やたらとカラフルなトラ、シンプルに巨大な象。様々な鳴き声が多重に混じりあう。
「一応聞くけどさ、動物の声がわかったりはしないよな?」
まさか、と思って冗談半分で聞いてみると、シーラは珍しくクスリと笑って俺をたしなめてくる。
「リューズ。あのね、人間は動物の言葉はわからない」
「知ってるよ」
シーラは弾む足取りで積み荷を指さしながら歩く。
「サル。トラ。象。ダチョウ。なんでもいる」
と、その時――、シーラの楽し気な声をかき消すような咆哮が進行方向の先から聞こえてくる。ビリビリとべたつく空気を揺らすその声はおよそ地上には似つかわしくない。
マジかよ、と一瞬表情が固まる。対してシーラはそれすらも楽しそうに笑っていた。
「ふふ、魔物までいる。交易都市すごいな」
「軽っ」
「リューズ。魔物はどうする?何用?」
俺の袖を引いて先をせかしながらシーラが問う。
「んー、金持ちの道楽もあったり、騎士団とかの訓練用だったり、あとは闘技場ってのもあるな。……まぁ、どのみちろくな用途じゃない」
きれいごとを言うつもりもないけれど、なんであれ命を見世物にするのはなにか違うんじゃないかなぁ、と青臭い事を思う。
「ふーん。逃がす?」
「いやいや、こんなところで逃げたら大変だろうが」
「見に行こ。何かな」
まるで子供の用に俺の袖を引いてシーラは先に進む。
近づくに連れて増える人混み。そして、その人の群れの上、遠くからでも見えるくらいの大きな檻。
「全然見えない」
不満げに呟いたシーラは斜め前の辺りにお父さんに肩車をしてもらっている幼女を見つけ、それを指さす。
「リューズ」
「は?ざけんな。無理無理無理」
俺の言葉を一切意に介さず、シーラは身軽に俺の肩に手を置くと、タンと一瞬で肩車をする。
「うぉぉ、重い。止めろ、降りろ」
「ほら、無理じゃない」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
「あー、リューズ。こりゃダメだ」
遠く前方、巨大な檻を眺めるシーラは呑気な声を上げる。
「あぁ!?ダメなのは俺の膝と腰だよ!」
万一の為に【再生】を回しているが、だからと言って負担が減るわけでもない。
だが、続くシーラの言葉は俺の予想の遥か彼方だった。
「死人がでる」
そのたった一言で、ゾクリと体温が数度下がった錯覚を覚える。のんきな声だが嘘や冗談なはずがない。おそらくシーラの分析は正確で的確だ。この港町の誰よりも。
「雷獣の類。あんな檻意味ない」
雷獣。名前の通りの獣型と鳥型を含んだ総称であり、どちらにせよその特性は名前の通りの放電による広範囲における高殺傷力を持つ無差別攻撃だ。
「シーラ、先に行け」
「ん、了解」
短く答えるとシーラは俺の肩に立ち、タッと飛び立つ。蹴られた肩には不思議と重さは感じない。
確かにダンジョンで魔物を捕まえて売る『魔物狩り』を生業としているパーティはある。決して非合法じゃない。もしかすると、あの檻には俺やシーラの知らない何か特殊な魔導式が組んであって、雷を無効にする仕組みがあるのかもしれない。
けれど、シーラは『死人が出る』と言った。パーティリーダーとして、その判断に疑いを持つ余地はない。
俺はフーっと一度大きく息を吐き、両手をグーパーと何度か握っては開く。
広さ、人の数、この人混みの中では全容が把握できない。結界術でも使えればいいんだけど、俺には治癒術しか使えない。
だから、俺は出来ることをしよう。
毎度おなじみの予防と保険。おじさんの特権だよ、本当。
シーラを追う前にお守りを使う。パン、と両手を合わせて呟く。
「【再生結界】
俺を中心に光の波が人混みをさざ波のように広がる。【超速即時治癒魔法】の劣化版とでも言うか、範囲再生魔法である。
そして、俺も人をかき分けて前に進む。
「シーラ、頼むぜ……」




