44話 交易都市・シャヤル
バルハードを出ること十日、俺たちの乗る定期馬車は交易都市・シャヤルに到着する。
「いや~、やっと着いたな。体いてぇ」
腰をトントンと叩いてから伸びをする。
「おじさんくさっ」
「まぁ実際おっさんだからなぁ」
シーラはいつかのようにスンスンと鼻を鳴らす。
「海の匂いだ」
「お、正解。シャヤルは港町だからな。海がある」
俺の答えを聞いてシーラは楽しそうに笑う。
「あはは、また海か」
またってなんだよと思ったけど、地図でよく海の話をしていたからなんだろうと一人勝手に納得する。多分、正解。
交易都市シャヤルは陸路の交差する要衝であると同時に魔物の口のように大きく開いたシナル湾にも面している事もあり、ダンガロやバルハードと比べると異国情緒溢れる一風変わった雰囲気の街並みをしている。
よく晴れた昼下がり、港へと続く大通りには幾つもの店舗が軒を連ね、その賑わいは見ているだけで活力を貰えそうだ。
「お、魔石屋もあんじゃん。炎魔石の出力落ちてきたからそろそろ新調するかねぇ」
冒険者なんだから自分で潜って取って来いよ、と言う意見も出るだろうけれど、魔石の種類は魔物の種類と一致する訳ではないので、倒して解体するまで目当ての魔石が取れるかはわからない。だから目当てが決まっているのなら買ったほうが断然早いのだ。
「別に魔石なんか買わなくてもいっぱいある」
魔石屋を眺める俺の袖を引いて、シーラは先を催促する。
「へいへい、シーラは何か買わないのか?」
「何かって何」
「……何って言われても。あぁ、例えば年頃なんだから服とか」
「服ならある」
そう言ってシーラは手を伸ばしてマントをなびかせる。いつもと同じ黒い衣服にショートパンツ、茶色のブーツ。マントを除けば普通に街を歩いている少女と変わらないような服装。まさかこんな服装でダンジョンを踏破しているとは誰も思うまい。
「あるのはわかってんだよ。新しい服とか買わないの?って話」
「同じの6着ある。だから平気」
「あ、そう」
なんだか妙に納得してしまう。
「そうだ。欲しいのあった。本。本買う」
「おぉ、いいな。なんかおいしそうな料理の載ってるやつ探すか」
「それも欲しいけど」
それも、と言う事は他にお目当てがある様子。へぇ、何を――と思う間にシーラはワクワクした様子で答えを告げる。
「言葉がいっぱい載ってる本が欲しい。私あんまり学校行ってないから。もっとたくさん色んな言葉を覚えて、たくさんおいしいって言いたい」
「……お前、何のつもりだよ」
交易都市シャヤル、人で賑わう昼下がりの大通り。37歳おっさん冒険者は目頭を押さえてぽいっとそっぽを向く。
「今言った。いっぱいおいしいって言うつもり」
「こんなとこで俺を泣かせてどうするつもりだっていってんだよぉ」
「きも。また泣いてんの?意味わかんない」
毎度の様にシーラにきもがられながらも本を扱っている商店を探す。街を歩いているとチラチラと振り返られて、ヒソヒソとなにやら小声で噂話をされているのに気付く。
「ねぇ、あれってもしかして……」「絶対そうだよ、声かけてみようよ」
視線は俺を通り過ぎて少し後ろに向かっている様子。俺の少し後ろにいるのは、シーラだ。
「あ、あのっ!すいません」
シーラより少し年下だろう女の子二人が意を決して声を掛けてくる。俺に、ではなくシーラに。俺は立ち止まるが、当の本人は全く聞こえていないかの様にそのままスタスタと書店を目指して先を進み、少しして迷惑そうに眉を寄せて振り返る。
「何で止まる?早く」
「いやいや。この子たちがお前に用があるってよ」
「は?私は無いけど」
「いいからいいから」
手招きでシーラを呼び寄せる。不満そうにしながらも一応素直に戻ってきてくれる。
「なに?」
ぶっきらぼうでつっけんどんな反応に戸惑う少女たち。多分、用件は分かる。ここは年長者としてフォローしてあげようか。
「あぁ、大丈夫。取って食ったりしないから。なっ?シーラ」
シーラは腕を組みながら面倒くさそうに頷く。
「私は人間は食べない」
俺が手で促すと、少女は顔を赤らめて、一大決心とばかりに勢いよく右手を差し出す。
「黒姫・シルヴァリアさんですよね!?握手して下さい!」
「ん?なんで?」
「……ファンだからだろ。ほれ、いいから握手」
「私『神戟』じゃないけど」
よくわからないことを言い、首を傾げながらも右手を差し出して握手をしてあげるシーラ。
「ずるい!私もお願いします!」
「えぇ?じゃあ左手も?」
困り顔のシーラが左手も差し出すと、もう一人の子は左手と握手をする。結果、シーラは両手で二人と握手をする形となる。
「そうはならんだろ」
シーラは両手で二人と握手をしながらしばらく首を傾げていたが、不意にハッと閃いて神妙な顔で俺を見る。
「……この人達にとっての『神戟』が私って事?」
まさか自分でそれに気が付くなんてな。本当に成長してるんだな、とわが子の様に嬉しくなってしまう。
「かもな」
「あっ、じゃあ私もなんかあげる。何がいいか……」
邪魔そうに握手をした両手を払い、そのまま手を振る勢いで現れたのはいつかギルドで出した漆黒の二又槍。
真昼間、公衆の面前で武器を振り回すS級冒険者の姿に往来はざわつく。
「ん。これあげる」
明らかに店で売っている様な品ではない禍々しさすら感じるその武器を、豆菓子でもあげるような感覚でシーラは少女たちに差しだす。
「そんな物騒なもんあげんなよ!?いらねぇよ!なぁ!?」
俺が大人げなく声を上げると、少女たちは少し安心したように顔を見合わせる。
「……お、お母さんに怒られちゃうからね」
「う、うん」
「んん?槍じゃない方がいいって事?双剣は使うし、弓もたまに使う」
「武器から離れてくんねぇかな」
「じゃああげるものない。バイバイ。リューズ、行こ」
「諦めが早いんだよ。あー、ほら。じゃあそのマントあげろ」
「え、いやだけど」
シーラは苦々しい顔をしながらマントを守るように身に引き寄せる。
「いやだけど、じゃねぇよ。同じの6着あるんだろ?」
「いやすぎる。ん!」
口をむっと結び二又槍をまだ少女二人に押し付けようとする。
「えっ、あっ」
女の子たちは両手を後ろに隠して抵抗をする。そうこうするうちに遠くの方からピピーっと警笛の音が聞こえてくる。
「やべぇ、シーラ。憲兵だ」
するとシーラは槍を手に心配そうな顔で俺を見る。
「リューズ、捕まる?」
「捕まんのはおめぇだよ」
「それは困る。本屋行こう」
「……ははは、悪いねバタバタして。こんな風だけど応援喜んでるから」
去り際に声を掛けると、少女たちは嬉しそうに笑う。
「はいっ!あっ、そうだ!……パーティ名!パーティ名教えて下さい!」
それを聞いてシーラは得意げに笑う。
「三食おやつ付き」
短くそう答えると、マントの留め具を外して、バサっと少女たちに投げ、足早に通りの向こうへと消えていく――。
「おかしい。今まで声かけられるなんてなかったのに。……これが交易都市。情報が集まる」
新しいマントを羽織りながらシーラは首を捻る。
「多分それ関係ないぞ」
出会った頃のシーラならそうだろう。或いは、さっきの様に声をかけられていることにも気が付かず素通りしていたはずだ。
本当に、そんな些細な変化と成長がこんなに嬉しく思うなんてな。




