43話 弟のお母さん
――バルハードから定期馬車に乗り王都へ向かう。
ダンガロのギルドでビスカから貰った紹介状。S級パーティを目指す為の昇級審査の推薦をしてくれたものだ。
俺たちの生まれたバルハードから王都までは馬車一本では行けない。一旦大きな街に出て、竜馬でも借りるか隊商の護衛でもしながら王都を目指すとしよう。
推薦状の有効期限は『仲間を見捨てるまで』。多分まだ有効期限内だろう。
「な、なぁ。なんか近くない?」
中継地点である交易都市・シャヤルに向かう馬車の中。俺はシーラに苦言を呈する。
「別に普通」
どこかで聞いたような言葉で短く答えるシーラは俺を背もたれにするように寄りかかっていつも愛読しているレシピ本を読んでいる。
「いや、近いんだよ。そんなにくっつくなよ、暑苦しい」
その言葉が癇に障った様子で、シーラはムッとした顔で俺から身体を離すと、当てつけの様に離れた壁にもたれて膝を畳む。
「意味わかんない。なんであの子はよくて私はダメ」
あの子、とはきっとミアリアの事だろう。あの墓地での昔話以降、ミアリアはまるで子供の時のように――いや、子供の時以上にずっと俺にくっついたままで過ごした。それは四人の兄姉を失って12年間を過ごした代償行為なのだろうと思い黙認していたら、思わぬところで弊害が現れた。
「あのな、シルヴァリアさん?わざわざこんなおじさんに寄りかからなくてももっといいクッションとか持ってるんじゃないの?お前の収納なんでも入ってるじゃん」
「は?そんなの私の勝手」
「勝手ですなぁ」
「勝手じゃない。ルール①もルール②も全然破らなかった」
バルハードの町に着く前にシーラと交わした二つのルール。①俺が悪く言われても怒らない②町で俺をリューズと呼ばない。①は確かにミアリアが俺に何を言おうとシーラは静観してくれたし、②も俺がいいよと言うまではシーラなりに考えてリューズとは呼ばなかった。
「わはは、確かにそうだな。ワガママ聞いてもらったんだから、こっちも聞かなきゃなぁ」
軽く笑ってそう言うと、シーラは得意げに距離を詰めてきて、再び俺を背もたれ替わりにする。
「最初からそう言ってる。はぁ、おじさんくさ」
「いやならあっちいけ」
「そんなの私の勝手」
文句を言いながらも俺をクッション替わりに再びレシピ本をめくる。狭いながらも六つの客室が連なる旅客馬車は、複数の屈強な馬が客車を引いて走る。
地図を広げて王都までの道のりを眺める。
「いつか、お前の家にも行ってみていいか?」
そう問いかけると、シーラは見上げるように寄りかかった首を上げて俺を見る。
「前にいいって言ったはず」
「どこにあんの?ドラッケンフェルド家って」
地図を広げてシーラに示すと、案の定シーラは首を傾げながら地図を指さす。
「さぁ?この辺じゃない?」
「残念。そこは海なんだ」
「また海か」
「なんて街?」
「さぁ?」
「お前マジで言ってんの?自分の生まれ育った街の名前知らないとかある?」
「私は嘘つかない。名前なんて知らなくても帰れる。だいたいわかる。あっちの方」
自信満々にシーラは北北西を指さす。
「そんな事言われてもあってるかわかんねぇよ」
「ダンガロはあっちで、バルハードはそっち」
地図と見比べてみる。シーラの指さす方向はまさにそれぞれの町の方向と合致する。
「え、なにその超感覚?【祝福】じゃねぇの、それ?」
「多分違う。昔からそう」
「すげぇな、本当」
それでいて街の名前がわからない。本当奇跡のバランスだよな、こいつは。
「シャヤルで聞いてみればわかるんじゃねぇかな。交易都市を名乗るくらいなんだから」
「それ関係ある?」
「あるある。物資が集まるところ情報も集まるもんだから。公爵家の場所位当たり前に知ってるだろ」
「へぇ。そしたら忘れないように〇つけとこう」
シーラは楽しそうに地図を指で〇となぞる。
「そこ、海な」
馬車の旅は続く。隊商のルートと違い、きちんと整備された公道は盗賊の出る余地も無く安全な旅路だ。
「リューズは」
俺の肩を背もたれにしながらシーラは口を開く。
「レストラン開くから料理がうまい?料理がうまいからレストランを開く?」
「わはは、なんだよその質問」
笑いながらも、こいつから質問をされるのは悪い気がしない。興味がなく、関係もなく、どうでもいい存在ではないと言う証と感じる……なんて言ったらまた『きも』とか言われるんだろう。
「まぁ、その二択で言えば……料理がうまいからレストランを開く、かなぁ。うまいって言うと語弊があるが、料理が比較的得意だから、だな」
「ふーん」
肩越しで表情の見えないシーラの言葉は、興味のなさそうな生返事のあとも続いた。
「じゃあ、私は料理とか運んであげる」
思わぬ言葉に驚いてシーラを見ると、体勢の崩れたシーラの頭はずるりと床へと落ちる。
「うわ。ちょっと」
まだ17歳。きっと明るい未来に満ちあふれている少女の気まぐれの一言だ。いい歳して、そんなたった一言に心を揺さぶられるだなんて恥ずかしい事はあってはならない。そんな想像、一瞬でもするだけ罪だよ。ましてやそれは、マリステラと描いた未来だ。
「こ、公爵令嬢様にそんなお仕事が務まりますかねぇ」
年長者の矜持を保つために、全力で余裕のある風を装って軽口を叩く。
「ん。問題ない。家は弟の物ってベラドンナが言ってたから」
「んん?ベラドンナって、誰?」
時折唐突にねじ込まれるシーラさんの新情報。
「弟のお母さんに決まってる」
「決まっちゃいねぇよ」
なるほど、事情が見えてきた。
①シーラには弟がいる、②弟の母親はベラドンナさん、③シーラのお母さんとは別、④活躍するとお墓がきれいになる、逆に言えばシーラが活躍しなければきれいにならない。つまり、シーラのお母さんはベラドンナ氏より立場の低い……側室的な感じなのではないか、と推測される。
シーラは俺の思案も内心の怒りも全く意に介さず、嬉しそうに話を続ける。
「だから平気。あのね、私メニューを考えてみた。これなんていいと思う。絶対おいしい」
開いたページにはとろとろ卵のオムライス。
「そうか、まだ作ったことなかったな。今度作るか。卵はとろとろと固めのとどっちがいい?」
「は?なんで二択?」
不満げに眉を寄せて強い口調でシーラが反論してくるので、思わず苦笑いで頷く。
「……あぁ、両方ね」
人の家の事情に口を挟むなんておこがましいし、きっと間違っている。ましてや相手は公爵家。文句を言うにしてもやはり立場は武器になる。
「早くS級にならないとな」
……なんて、汚い大人の事情を込みで呟き、馬車は交易都市へと向かう――。




