42話 おかえり、ただいま
◇◇◇
12年前、神殺しの魔窟。その最深部での出来事――、『神戟』の最期を初めて人に告げた。
「やばくない?」
真面目な顔のシーラがたった五文字で要約してくれたのでつい笑ってしまう。
「やばいよな。シンプルな感想ありがとう」
ミアリアはぽろぽろと涙を流していて、ズッと一度鼻をすすった後で、俺を睨む。
「……逃げてないじゃん」
そう呟くと両手で強く、強く俺の胸を叩く。
「全然逃げてないじゃない!お姉ちゃんを!……守ろうとしてくれたんでしょ!?」
「言い訳のウソかもよ?」
何度か俺の胸を叩いたミアリアは、そのまま胸倉をつかみ、頭を付ける。その頭が横に揺れる。
「……帰ってきたらよかったのに」
「帰れるかよ。みんなを見殺しにして、一人生き残って――」
「私の兄弟は姉一人だなんて思ってなかった!お姉ちゃんと、三人もお兄ちゃんがいたのに、みんな一遍にいなくなっちゃったんだよ!?ひとりでも生きててくれたなら、……なんですぐに帰ってきてくれなかったの!?私のことなんて……どうでもよかったんでしょ?」
そう言ってミアリアは声を抑えて嗚咽を漏らす。
「そんな訳ない。……ごめんな。俺はずっと自分の事しか考えてなかった」
本当なら、石を投げられようとも、罵られようとも、何より先にここに戻って来なければいけなかったんだ。それなのに、俺は一人ではそんな事にも気が付けず、12年もの時間を掛けてしまった。一人にしてしまった。
遠くの方でどこか他人事の様に虫の音が響き、風が草を揺らす音がそれに重なる。
俺の胸に顔を押し付けたまま、ミアリアの頭は再度横に揺れる。
「おかえり。……ずっと待ってた」
「ただいま。遅くなって悪かった」
そう言って頭を撫でると、ミアリアはまるで10歳の少女のように声を上げて泣いた――。
――気が付けば大分時間が経っていた。でも、俺たちは家に戻る前に町外れの高台を目指した。いつも四人で集まった、街を見渡せる俺たちのお気に入りの場所。
「え、なに?急になんか近くない?」
俺とミアリアを指差してシーラが困惑の表情を浮かべる。
「はぁ?別に普通でしょ。ねっ、リュー兄」
俺の貸したマントを羽織ったミアリアは、俺の腕にしがみつく様に密着している。
「い、いや。それはどうかなぁ……。ははは」
シーラさんの指摘ももっともだ。でも、空白の12年を考えたらこのくらいしないと帳尻が合わないのかもしれない。俺から『ちょっと離れろよ』なんて言えるはずもない。
「殺したいほど憎いんじゃなかったかな?あっ、一回死んだからもういいのか……」
腕を組みながらシーラは思案する。きっと以前なら『どうでもいい』で済ませていただろう。その成長を思うと自然とニヤけてしまう。
「うっわ、ベタベタされて笑ってる。きもぉ」
シーラは露骨に嫌そうな顔をして俺から一歩距離を取る。
「いや、違う。誤解だ」
「別にいいでしょ。あんたには関係ない」
ミアリアはつっけんどんにシーラに言い放つ。するとシーラはムッとした様子で言い返した。
「関係ある。私とリューズは『三食おやつ付き』」
「……それ、パーティ名?だっさ」
「リューズ。そいつうるさい。なんか言って」
指をさしてそいつ呼ばわりをするものの、別に本当に怒っている訳ではなさそうなシーラ。
「まぁ、パーティ名に関してはお前のねーちゃんも大概だったけどなぁ。パーティ名決めた時の話したっけ?」
問いかけるとミアリアは俺の服を引いて顔を近づけてくる。
「なにそれ。教えて教えて」
いつかの様に大樹の根元に座り、町の明かりを見下ろす。シーラはいつの間にか樹に登っていて、枝に座りながら気持ちよさそうに夜風に吹かれていた。
「四人でそれぞれ案を出し合ってさ、くじ引きで決めたんだよ。レオンが『神戟』、バルドが『バルハードの熱き疾風』、俺が『無名』」
「お姉ちゃんは?」
「『なかよし動物園』」
それを聞いて一瞬ミアリアの顔が引きつる。
「だっ――、かっ、かわいいじゃん。お姉ちゃんらしい」
わずかな言い淀みも聞き逃さず、木の枝に座っていたシーラはガサリと音を立てながら蝙蝠の様に足で枝にぶら下がり、長い髪を垂らして得意げに指摘する。
「今『ださっ』って言おうとした」
「言ってない」
「言おうとした。『神戟』の方がいい」
「……それは、確かにそうだけど」
ごにょごにょと口ごもりながらも、言い合いはひとまず収束する。やれやれだよ。
「ねぇ、リュー兄」
子供の頃の様にくっつきながら、ミアリアは言葉を続ける。
「『神殺しの魔窟』、……行かないでよ」
「ごめんな、それは聞けない」
「なんで!?……また死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「俺は死なないんだって。見ただろ?」
軽く笑いながらそう言うと、ミアリアはムスッと不満げに木の上のシーラを指差す。
「……そいつ。そいつが死んだら、また落ち込んじゃうじゃん」
「ん、私?別に死なないけど」
指を刺されながらも他人事の様にしれっとシーラは答える。
「シーラ。悪いけど、同じ事があっても俺はお前を助けないからな」
ヒラリと木の葉のように木の上から舞い降りたシーラは、『何を当たり前の事を』と言った様子で、きょとんとした顔で俺を見る。
「当たり前。リューズは死ななきゃ治せる」
シンプルなその物言いからはシンプルな信頼が感じ取れて、俺はニヤリと笑い『任せろ』とだけ告げる。
「墓碑にはこう刻まれてたよな?……『神戟、ここに眠る』って」
ミアリアの答えも待たずに俺は言葉を繋げる。情けないことに、自分一人では燻りほとんど消えかけていた火種が煙を上げて燃え盛る。
「まだ眠ってないんだよ。……俺も『神戟』なんだから。だから、必ずクリアする。生きて帰って来て、『神戟』を終わらせるんだ」
俺とあいつらの物語。負けたまま終わりになんてできるはずがない。
ミアリアはキュッと唇を結んだ後で、右手の小指を立てて俺に差し出す。
「……わかった。じゃあ、また約束して。絶対に、二人で生きて帰るって」
「私も?」
「当たり前だろ。約束する。絶対に、生きて、また戻ってくる」
指を絡めるとミアリアは嬉しそうに笑い、そして泣いた。
「うん。いってらっしゃい」
――二日後、俺たちはバルハードを後にした。きっと、もう下を向くことなんて無い。




