40話 祝福・【 】
日も落ちて、月のない夜。俺たち三人は再び町はずれの墓地を訪れる。
本来閉園の時間なのだが、『元英雄の威光』とやらで特別に入れてもらえた。『神戟』の墓標。俺がミアリアと話をするのに、それ以外の場所が思い当たらなかった。
「暗くない?」
手近な柵に腰かけたシーラが呟く。
「そりゃまぁ暗いよ。夜だから」
「灯り要る?」
「いや、いいや。サンキュー」
遮るもののない墓所を冷たい風が通り抜け、大きな神戟の墓碑の前で、ミアリアは俺とシーラのやり取りをイライラした様子で見守る。
「結局その女はなんなの?」
「シルヴァリア。俺のパーティメンバーだ」
「……はいはい、いいご身分ね。お姉たちを見捨てて一人で逃げ帰って、今度は若い女と二人でパーティ組むなんて。何のつもりなの、本当」
腕を組み、嘲るような笑いを俺に向けるミアリア。
「何のつもり、と聞かれるのなら――」
この町に来ることを決めた時から、ミアリアだけには伝えようと思っていた。こんな風に憎悪を向けられる事はわかっていたけれど、それは関係無い。
「神殺しの魔窟に挑むつもりだ。今はまだC級だけど、すぐにS級に上がってな。そして、あいつらの仇を取って、絶対に何かを持ち帰るから。あいつらを、……ちゃんとこの町に帰すから」
そう伝えると、ミアリアの瞳に動揺が見える。
「えっ……、神殺しの魔窟って。馬鹿じゃないの!?四人でも駄目だったのに……、無理に決まってるじゃん!死にに行くつもり!?」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿」
暗がりからシーラがぼそりと呟く。
「あの、シーラさん。余計な横やりやめてくれません?」
「早くね」
柵に座るシーラは足をブラブラと揺らしながらそう催促をする。シリアスな空気は一瞬で希釈され、俺も思わず苦笑い。
ミアリアは困惑した様子で、俺を指さしてシーラを見る。
「ね、ねぇ!あんた騙されてるよ?上手いこと利用されてるだけだって。どうせ、また危なくなったらこいつ一人で逃げるんだよ!?暗いダンジョンで一人死ぬことになってもいいの!?」
シーラは迷惑そうに眉を寄せて、短く答える。
「は?うっさ。リューズは逃げない」
「逃げたじゃん!」
「逃げてない」
「逃げた!」
俺をよそに二人は対照的なテンションで言い合いを続ける。
シーラはまるで話が通じないといったふうに大きくため息をついた。
「リューズ。こいついい加減めんどくさい。逃げてないって言ってやって」
まさかの無茶ぶりについ失笑が漏れると、ミアリアが俺を睨む。
「なに笑ってんの」
「いや、別に」
神戟墓碑に手を触れると、当然ながらそれはひやりと冷たく、硬い。誰も入っていない墓所。シーラに言わせれば意味なんてない。けれど、触れた手のひらの奥が、なぜか熱くなる。もしかすると、それは気のせいなのかもしれない。だけど、確かに俺の心は熱くなる。
「……誰にも話した事ないんだけど、聞いてくれるか?」
無言で、驚いたような瞳でミアリアは俺を見て、その表情は言葉より雄弁に返事を語り、俺は言葉を続ける。
「言い訳じゃない。正当化でもない。俺はみんなを見殺しにして、一人生きて逃げ帰ってきた。それだけは事実だ」
「……うん」
ミアリアはコクリと頷く。冷えてしまうとよくないので、風除けにマントを差し出すと、ミアリアは意外に素直にそれを受け取ってくれて身にまとう。
「ミアリアは【祝福】って知ってるか?」
「ダンジョンをクリアすると得られる、すごい力……?ってくらいには」
「そう。クリアすると、その中の一人がランダムで得られるんだけど、まぁ色んなのがあるらしい。一瞬でなんでも記憶して絶対忘れない【絶対記憶】とか、翼が生えて空を飛べるようになるとか」
『神戟』は1414年・奈落噴出の際にダンジョンを一つクリアしている。話の流れから、ミアリアはそれを察して、困惑の眼差しで俺に問う。
「じゃあ、……『神戟』の誰かも?」
「多分、言葉じゃ信じてもらえないと思う。実際、俺はこの【祝福】の事は発現するまで気づかなかった。逆にシーラはよく【帰還】の使い方わかったな?」
「ん。なんか普通にわかった。他のは知らない」
ソロでダンジョンを三つクリアしているシーラは【祝福】を三つ持っている事になる。【帰還】と、残り二つ。あの武器を出すやつは違うのだろうか?
さて、昔話の前にどうすれば信じてもらえるのか。少し考えるが、どれだけ言葉を重ねてもただの言い訳にしかならないだろう。
「ミアリア。お前は俺の事を殺したいほど憎いか?」
直球な問いかけに、ミアリアは口元を手で隠して逡巡する。
「……そんなの決まってるでしょ」
その答えを受けて俺はシーラを見る。
「ならよかった。シーラ、頼みがある」
「ん?なに」
キョトンとした顔で首を傾げる。
「今から俺を殺してくれ」
「は?いやすぎる。ごはんどうすんの?」
シーラらしい物言いで、眉を寄せながら即答。まぁそりゃそうだ。俺は両手を合わせて真面目にシーラに懇願する。
「大丈夫。絶対死なないから。だから頼むよ」
「ふーん。ならいいけど」
自分で言っていて『いいんだ?』と内心笑ってしまう。――だが、その間に景色は逆転する。
闇夜に紛れたシーラの黒い片刃刀が、目にも留まらぬ速度で俺の首を刎ねていた。
胴を離れた俺の頭部は墓所の石畳の上にゴトリと音を立てて転がり、少し間をおいて支配者を失ったその胴体もドサリと生命感なく横たわる。
まさかの事態にミアリアは悲鳴を上げる事も出来ずに、身体を震わせ、何度も呼吸を飲み込む。シーラはさすがにいつも通り。
「平気?」
どこの世界に首を刎ねられて平気な人間がいるというのだろうか。――そういう意味では、俺はもう人間ではないのかもしれない。
数秒後。斬られた頭と胴体の切り口から、黒い澱の様に禍々しい何かが揺れて、ゆっくりと身体を繋ぎとめようと蠢く。
「わ。きも」
てめぇ、シーラ。聞こえてんぞ。
時間にしておよそ20秒ほど経っただろうか。俺の首は見事に復元し、何事もなかったように立ち上がる俺をミアリアは化け物を見るような目で見上げた。
「悪い。びっくりさせたよな。……これが俺がダンジョンで得た祝福・【不老不死】。確かに俺は嘘つきだ、……俺はマリステラを、死んでも守れなかったんだから」
そして俺は口を開く。12年間誰にも告げることのなかった『神殺しの魔窟』の最奥、俺たちの旅の終わりを――。




