38話 伝説の産声
翌朝、俺たちは町はずれにある墓地を訪れる。
「リューズの家の風呂は狭い。箱みたい」
「おまっ……、失礼な奴だな。母さんたちの前で絶対言うなよ」
朝6時に起きて、軽い朝食を食べてすぐの出発。今日の朝食はシンプルな焼き魚とスープ。
市街地から離れたところに公立墓地はある。守衛さんのところで受付をして、花を買って先に進む。秋晴れの早朝。空は青く、雲は白い。
きれいに区分けされた墓地の一番奥に進むと、ひときわ大きい石碑のような墓標があった。
興味深げに足早にシーラが駆け寄り、そこに刻まれた文字を声に出して読む。
「『神戟』、ここに眠る――、だって。あはは、変なの。リューズまだ生きてるのに」
そう言ってシーラは楽しそうに笑う。墓と笑い声って普通にミスマッチだよなぁ。墓標には1408-1418と年号も刻まれている。
「いや、普通に『神戟』は死んだだろ。俺が逃げ帰った時点で」
「そういうもんか。リューズも死んだらここに入るの?」
石碑を四方八方から物珍しそうに眺めるシーラ。
「入らないだろうなぁ」
「ふーん。変なの」
花を捧げて手を合わせる。その行為の意味の無さは続くシーラの言葉で浮彫りになる。
「ここには何が入ってるの?」
先の丸いスプーンでプリンを掬うかのように優しく心臓が抉られる錯覚。
「何も入ってないな。俺は何にも持ち帰れなかったんだから」
「じゃあ意味ないね。お母さんのお墓は骨とか入ってる。私ちゃんと見た」
得意げに、自慢げにシーラは胸を張る。
「……まさか骨食べたりしてないよな?」
精一杯の強がりで軽口を叩くと、シーラは怪訝に眉を寄せて俺から半歩距離をとる。
「リューズ。人間は人間を食べない。知らない?」
「知ってるよ」
答えてもう一度手を合わせる。そして、少し遅れてシーラに答えを返す。
「意味無くなんてねぇよ。骨も髪も何もなくてもさ。……どうにかして、ちゃんと終わらせないといけないんだから」
それは、俺たち四人が始めた『神戟』と言う物語。ここ、バルハードから始まり、世界中を熱狂に包んだ10年間の記憶――。
◇◇◇
――24年前、当時彼らは13歳。どこにでもいるような普通の少年少女だった。
これは、田舎町バルハードの中等学校に通う4人の幼馴染、のちに世界中少年少女を熱狂させる伝説のパーティ『神戟』を結成する事になる彼らの始まりの物語。
「リューズ、お前魔法学何位だった?」
赤い髪の少年が銀髪の少年・リューズに問い掛けると、リューズは得意気に答える。
「30位。お前は?レオン」
赤い髪をした少年・レオンは、リューズの問いに苦々しげに答える。
「聞かなくてもわかんだろ」
彼らのクラスは全部で31人。得意気に見せたリューズは下から二番目の成績。対するレオンは――、31位。最下位である。
「あはは、いつも通り低レベルな争いしてるねぇ、君たちは」
ケラケラと明るく笑う金髪の少年はバルド。後に『城塞』」と例えられる大柄な身体はこの頃からすでにその片鱗を示していた。
「うるせぇな。お前には聞いてねーの」
「僕?11位だけど」
「聞いてねぇ~」
幼少時から冒険者に憧れた彼らは、その近道として魔法学のある中等学校へと進学したのだが、彼らはお世辞にも優等生とは言い難い成績だった。
全属性を扱える事を是とする指導方針に反して、リューズは治癒魔法しか扱えなかった。髪の色は魔力の質を表し、その属性の魔法が得意になる傾向はあるにせよ、素養のある人間は少なかれ全属性を扱えるものなのだ。
生来根が負けず嫌いなリューズは、隠れて勉強も特訓もしたのだが、治癒以外の魔法は一切扱える気配すらなかった。
さらに、レオンに至っては魔法が一切扱えない。赤い髪は炎魔法への適性を表し、魔力量の測定値は学年でもトップクラスだったにも関わらず、魔法は一切扱えない。リューズとは対照的に割り切りのいい彼は、すぐに魔法学科を捨てる判断をする。
対して11位とそこそこ優秀な成績を修めたバルド。だが、彼にも致命的な弱点があった。その大柄で恵まれた体躯に反して、絶望的なまでの運動神経のなさから、運動の実技はいつも学年最下位だった。明るく人懐っこい性格の彼は気にする素振りは見せず、比較的得意な魔法の修練に励んだ。
「ねぇ、次の休みは町はずれの森に冒険に行こうよ」
地図を広げて水色の髪をした少女が三人に問いかける。彼女の名前はマリステラ。流れる川のような美しい水色の髪をした少女は、いつも人懐っこい笑顔を浮かべていて、言うなれば彼女は3人の太陽のようなものだった。その太陽からそんな提案を受けた3人の答えはもう決まっている。
混じり気のない水色の髪が示すように、マリステラは水属性の魔法しか扱えなかった。
万能が是とされる教育の中で、歪な特徴を持った4人は憧れの赴くままに冒険者を目指した。50年以上前の実話を元にしたとされる冒険者ヴァリアルの冒険譚を読みながら、『どうせ作り話だろ』と斜に構えた感想を漏らしながらも、当時世界に98個あるとされていたダンジョン深部の光景に思いを馳せていた。マリステラが家から持ってきたこの本が、彼らの憧憬の始まりだった。
「ダンジョンクリアすると【祝福】を得られるんだってさ」
「へぇ、僕は何にしようかな」
「選べるの!?私動物と話したい!」
マリステラが驚きの声を上げると同時に手を挙げ、リューズはあきれ顔で手を横に振る。
「選べねぇよ」
魔物とは、ダンジョンの内部で生まれ、その身体に魔石を有する生物。それが世界の定義。だから、原則森には魔物はいない。とはいえ、完全に安全というわけではなく、ビッグボアのような大型の動物もいる。
四人は週末になると森に入り、いつか訪れる冒険の日々の練習をした。
この時の隊列はレオン、リューズ、マリステラ、バルドの順番。剣士、治癒士、魔導士、魔導士の四人パーティ。
身体が大きく、反して運動神経の悪いバルド。太ってはいないが体力は無い。
「バルド、平気?」
「あぁ、マリー。もちろんだよ」
リューズはチラリと後ろを振り返り離れた二人を見ると、先頭のレオンに声をかける。
「レオン。後ろが遅れてる。ちょっと遅くしてくれ」
「あぁ?またかよ。……しょうがねぇなぁ。今日はもう少し先まで行ってみたかったけど、いったん休もうぜ」
マッピングしている地図を片手にレオンはそう提案をして、一同は小休止となる。
「あはは、ごめんね。僕のせいで」
「ううん、全然そんなことないよ。私だって結構遅れちゃうもん」
「……本当お前らはよぉ」
謝るバルドを慰めるマリステラ。それをあきれ顔で見るレオン。リューズは難しい顔でペンを回しながら呟く。
「バルド。お前さ、先頭歩かない?」
「え、なんで。そんな魔法使いいる!?」
それを聞いてレオンは腕を組んで首を傾げる。
「まぁ一番遅いやつを前に置けば隊列は乱れねぇけどさ。魔法使いが先頭じゃ戦えないだろ」
バルドは困り笑いをしながら、レオンに反論する。
「じゃ、じゃあ魔法使い辞めるよ。前衛になる」
「……言いたくないけどお前剣術とか体育の成績悪いじゃん?オレと連携取るのムズクね?」
眉を寄せて言いづらい言葉を歯に衣着せずにレオンが言うと、バルドは首を横に振り困り顔で言葉を続ける。
「そうだろうね。レオンは魔法は全く使えないけど、剣術はクラス1だから。……リューズは治癒魔法しか使えないけど、それに関してはクラストップ。それに座学の成績もいい。マリーの水魔法は学校の歴代でもトップクラスだって先生は言ってたよ」
「……そんなことないと思うけど」
謙遜するマリステラの言葉に首を横に振り、バルドは自分の両手を見る。
「で、僕は何ができるんだろうって考えて、一番得意だったのが魔法なだけだったんだよね。それもクラス11位の。……もしかしたら、僕は皆と釣り合わないのかも――」
バルドの言葉をリューズが遮る。
「お前もクラス1位あんだろ」
リューズの言葉に三人の視線が彼に集まる。リューズはペンをバルドに向けて、自信と確信に満ちた言葉を放つ。
「一番身体がデカい。生徒だけじゃなく、下手したら大人よりな。だから、俺はお前は本当は前衛に向いていると思ってた」
手に持ったメモ紙にはバルドを前衛に置いたフォーメーションがいくつも書かれていた。
「いっ……、いやいや。今レオンも言ってただろ?僕の運動神経で前衛になんか就いたらみんなの足手まといにしかならないって」
「アホ。動けないなら、いっそ動かなければいい」
三人は言葉の意味を図りかね、そんな反応が返ってくるだろうことを予想していたリューズはニヤリと笑って言葉を続けた。
「絶対退かない難攻不落のパーティの盾。そんなのどうだ?」
キョトンとしてリューズを見るバルドの瞳に、一秒ごとに火が灯っていくのがわかる。
「それ、いいね」
頷くバルドを見てリューズも少し安心した様子で僅かにほほ笑む。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。みんなもう書けたな?」
四人の手には紙とペン。
「おう」「うん」「はいっ」、口々にリューズの問いに返事を返す。
「そんじゃ、せーのでいこう。……せーっのっ」
四人は書いた紙を表にする。それは、四人のパーティの名前の案だ。
『神戟』、『バルハードの熱き疾風』、『仲良しどうぶつ園』、『無名』
「ださっ!」
レオンとリューズの声が見事に重なる。
「えぇっ!?どれがダサい!?無名!?」
「無名はダサくねぇだろうが」
マリステラの声にリューズは白い目を向ける。どうやら、『無名』はリューズのアイディア。
「仲良しどうぶつ園……、は却下だな」
「じゃあ『バルハードの熱き疾風』だね」
「疾風に『かぜ』って読み仮名ふってあるのが、絶妙にダサイんだよなぁ」
「無名ってかっこつけすぎじゃない?」
「あぁ?」
互いに言い合って一気にギスギスした雰囲気になる3人。その空気を切り裂くように、マリステラが笑顔で手を挙げる。
「じゃあくじ引きにしよっか。それなら恨みっこなしだもん。ねっ?」
――その提案を受けて三人の心は一つになった。
(どうぶつ園以外、どうぶつ園以外、どうぶつ園以外……)
祈るような気持ちで三人はくじを引く。〇が書いてある紙を引いた人の案が採用だ。生死のかかったかのような神妙な顔をしている三人とは対照的に、マリステラはワクワクした様子でクジを両手で隠す。
「じゃ、いくよ?せーのっ!」
四人は紙を見せ合う。レオンの手には〇が書いてある紙。それを見て、男性陣三人は全力でガッツポーズをした後で、力強くハイタッチをする。
「っしゃあー!『神戟』だぁー!」
「よーしよしっ!レオン、よくやった!」
「『神戟』最高!」
その様子を見て、マリステラは嬉しそうにクスクスと笑った。
「仲良しだなぁ、本当」
――24年前のこの日、伝説は産声を上げたのだ。




