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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
生き恥の帰郷と、英雄の墓標

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36話 里帰り

 ――温泉町エウリザを出て二週間、ダンガロを出て約一か月。


 俺とシーラを乗せた定期馬車は、まもなくバルハードの町に到着する。


「……やべぇ、吐きそう」

 15歳で冒険者になり町を出て、それ以来年に一度は必ず里帰りをしていた。12年前、神殺しの魔窟に挑むまで。三人の幼馴染は死に、それを見殺しにして俺は一人だけ生きて戻った。だから、それ以降一度も町には帰っていなかった。文字通り合わせる顔なんてなかったから。


 そんな生まれ故郷に、あと一時間ほどでついてしまうのだから嘔気もこみ上げてこようというものだ。青白い顔で口元に手をやる俺をシーラは冷ややかな視線で眺めている。

「乗り物酔いってやつ?」

「じゃないんだわ。気遣いありがとう」

 

 水を一口飲んで気持ちを落ち着かせる。

「あのな、シーラ。バルハードに行くにあたっていくつか決め事をしようか」

「またかぁ」

 入浴ルールに引き続きのルール制定にシーラは他人事のようにあきれた声で応えるが、一々取り合っていてはキリがない。

「じゃあ二つだけな。①俺が悪く言われても怒らない」

「は?無理」

 早速一つ目のルールから締結は決裂してしまう。

「気持ちはありがたいがね、無理じゃなくてやるんだよ。頼むよ」

 正直言って、この町の人々はギルドのやつらよりもはるかに俺を責める資格があると思っている。町が生んだ英雄『神戟』。それを見殺しにした俺。シーラが言うように、単純な引き算であれば一人でも生き残っていれば全滅するよりマシなんだろう。だけど、それは生き残っていたのが俺以外だったらの話だ。マリステラが生き残っていればそうなっただろう。


「自信は無いから約束はできない」

 シーラは断固として首を縦に振らない。よく考えたら『嘘つき』とシーラはよく言う。それは約束を重んじる結果なのだろう。そういう意味ではシーラなりの誠実な答えといえよう。となれば引き続き二つ目のルールだ。

「……わかった。じゃあ二つ目。②町で俺をリューズと呼ばない。これならできるだろ?」

 首を傾げて少し思案するシーラ。何秒か考えたのちにコクリと頷く。

「わかった。そっちはできそう」

「助かる。頼むぜ」

 本当は顔を隠したり変装して訪れるべきなんだと思う。けれど、それじゃ俺が再びバルハード(生まれた町)を訪れる意味なんてない。シーラが背中を押してくれなかったら、もしかしたら一生逃げ回っていたかもしれない。だから、できる限り堂々と訪れなければならないと思うんだ。


 

 馬車の外の風景は、次第に見慣れた景色に変わってくる。四人で冒険者の真似事をして探検した森、暑い日に遊んだ川。今はもういない、俺が見殺しにした幼馴染たちとの思い出。


「ねぇ、リューズ」


 車窓を眺める俺をシーラが呼ぶ。まだ町についていないからルール②は適用されない。返事の代わりにシーラの方を見る。


「リューズは仲間を見捨てて逃げたりしなくない?」


 まっすぐな瞳であまりにド直球な質問。この視線を受けて躱したり誤魔化したりするのなら、俺とシーラはもうパーティでも何でもないと思う。


「逃げたんだよ。神殺しの魔窟の最深部で、守護者と戦って――」

 思い出すだけで心臓が裏返りそうな不快感が全身を襲う。この話をするのも12年ぶりだ。

「仲間たちが死んで、守護者に食われてるのを見て、何もできずに一人で逃げ帰ってきたんだよ。治癒するのが仕事の治癒士(ヒーラー)がさ」


 まっすぐな瞳が失望の色に染まるのが怖い。俺が視線を上げられずにいると、シーラは短く『そっか』と呟き、言葉を続ける。

「多分、なんかの間違いだと思うけどね。いいよ、私がそいつ倒すから。そしたらもう逃げたって言われない」


「……お前なぁ。何の根拠もなく適当な事言うなよ」


 何かを言おうとしたけれど、気の利いた言葉の一つも言えず、強がりみたいなことしか言えなかった。シーラは得意げに左手の人差し指を立てる。

「根拠はある。初めて会ったとき。ミノタウロスから逃げなかった」


 俺は大きくため息をつくと、シーラの頭を強めにわしわしとなで回す。

「わ」

「もうその話終わり。いいな?もう着くぞ」

 歳をとると涙もろくなるのは何なんだろう。なんで俺はそんな言葉一つで嬉しくなってしまう程単純なんだろうな。

 


 窓の外からは木々の姿が減り、馬車は遂にバルハードの町に至る。


 馬車を降りる。時刻は夕暮れ。12年ぶりの故郷。心なしか12年前より少しどんよりと沈んで見えるのは夕日のせいか、それとも俺の心がそうだからだろうか?12年前はもう少し活気の溢れる町に見えた。


 特に名産も観光もない平凡な町・バルハード。馬車の停留所を降りてすぐのところには、前回訪れた時と同様に『神戟』4人の銅像が立っていた。それは今でもピカピカに磨かれていて、町の人たちが『彼ら』を今でもどう思っているのかが一目で分かった。


 シーラは興味深そうに、銅像の前にしゃがみこんでまじまじとかつての四人を眺める。俺がいうのもなんだけど、かなり似ていてよくできていると思う。


「どれが『千剣』?」

 問いかけに答えてレオンを指さす。軽鎧を身に纏い、腰には一振りの剣。その剣一本でこいつは『千剣』の二つ名を得た。

「こいつか」

 シーラは挑戦的な笑みを浮かべて銅像を眺める。おそらく、『神戟』で一番強いと言ったからライバル視しているのだろう。

「……『こいつ』はさすがに無礼じゃないっすかね、シルヴァリアさん」

「じゃあこれが『城塞』」

 続けてシーラが指さすのは『城塞』バルド。パーティの盾役ですべての攻撃を一手に受け止める要。

「『これ』……って」

 俺の苦言も気にせずにシーラの標的は次に移る。視線の先には『水神』マリステラ。

「この人がマリステラ」

 シーラはマリステラの銅像をじっと見つめる。レオンは『こいつ』、バルドは『これ』、マリステラは『この人』。その差はなに?

「この人はどうすごい?」

「マリステラはなぁ……、水属性の魔法しか使えないんだが、突き詰めて同時並列型立体魔法陣とかそんな術式を作り上げてなぁ。調子が良ければ50とか同時に水魔法使えるんだよ。ははは、すげぇよなぁ。マリステラには歳の離れた妹がいて――」

 昔を思い出して俺がヘラヘラと笑っていると、シーラは若干むっとした様子で膝を抱えて俺を睨んでいるのに気づき言葉を止める。

「私だってそのくらいできる」

「なんだよ、お前が聞いたんだろ」

 

 最後に『神癒』リューズ。シーラは銅像を見てからチラリと俺と見比べる。

「髪型が違う」

「……そりゃ12年も経てばなぁ」

「カツラ?」

「なぜそうなる?」


 俺たちは銅像を後にして、いよいよ町に入る。身を隠すつもりはないが、シーラに『リューズ』呼びを禁止したのは、殊更目立つ必要もないと思ったからだ。だが、その計画はすぐに崩れることになる。


「……も、もしかしてリューくんじゃないか?」

 通りを入ってすぐ、肉屋の店主が俺の姿を見て亡霊でも見るかのように目を丸くしながら店先に飛び出してくる。

「リューくん?違う。この人は――」

 シーラは俺を指さして、そこで言葉を止める。さすが、約束に律儀なシーラさん。俺は申し訳なさそうに微笑みながら肉屋のおじさんに頭を下げる。子供のころ、四人で小遣いを出し合ってよくコロッケを買った店。

「あ、あぁ……。ご無沙汰してます。どの面下げて、とは思いましたが」

 瞬間、俺の背中にバシっと衝撃が走る。

「何バカ言ってんだよ!よく帰ってきてくれた!本当みんな心配してたんだからな!?ほら、コロッケ持っていきな!揚げたてだから!」

 思わぬ反応にきょとんとしてしまう。

「あ……ありがとう、ございます」

 手渡された紙袋から立ち上る香ばしい揚げたての香りは、少年の頃の記憶を思い出させた。


「ほら、言った通りだ」

 俺の隣でシーラは得意げな笑みを浮かべていた。

「いや、……まだ一人だけだろ。すぐに確率は収束するんだよ」


 もらったコロッケを食べながら町を歩く。俺の姿を見てヒソヒソと陰口を叩く町の人が横目に映る。

『ねぇ、あれ……ってもしかして』『生き恥じゃん。どの面下げてこの町来てんの?』

 

 予想通りの反応に、俺はコロッケをほおばりながらシーラに得意げな笑みを返す。

「ほら、俺の言った通りだろ」

「なんで悪口言われて嬉しそう?」


 その反応が逆にシーラの毒気を抜いた様子。

「一人で食べてずるい。私も食べる」

「えぇ……。まぁ、じゃあ一つだけ」

 袋からコロッケを一つ取り出してシーラに手渡す。

「ふふ、揚げたては最強」

 そう言って熱々のコロッケをパクつく。

「砂利みたい」

「最低の食レポだな」


 

「リューズ……?」


 ――俺とシーラの甘い考えは、その一言で現実に引き戻される。


 正面に立つその女性は、敵意と侮蔑に満ちた目で俺を見て、目の前に立っていた。買い物袋を持つ手は震えていて、それは怒りを表しているのだろう事がわかる。

「ミアリア……。久し振り」

「誰?」

 シーラがのんきに俺に問いかけてくる。

「あぁ、マリステラの妹の……ミアリアだ」


「はぁ?気安くお姉の名前を呼ばないでくれる?なんであんたが……、なんで若い女連れて、ヘラヘラ楽しそうに……この町に帰ってきてんの!?ねぇ!」

 

 ミアリアの声を聴いて、野次馬たちも集まってくる。

「……お姉の事、死んでも守るっていったじゃん。この大ウソつき」


 歳の離れたマリステラの妹、ミアリア。彼女は震える声で、絞り出すように俺にそう告げた。


 俺は、バルハードの町に帰ってきたのだ――。

 

 

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