32話 野生の盗賊団が現れた。
――ダンガロの街を出て三日。
俺とシーラは隊商の護衛を兼ねて馬車に揺られる。
「いやぁ、まさか噂に名高い黒姫・シルヴァリア様の護衛がこんな値段で受けられるとは。僥倖とはこの事ですなぁ」
隊商を率いる豪商はそう言ってカラカラと笑う。シーラは馬車の幌の上に寝転がり流れる雲を眺めている。
俺たち『三食おやつ付き』はC級パーティなので、当然の事ながらシーラ単体を雇うよりも費用がグッと下がると言うねじれ現象が起きている。
利に聡い商人からすれば、この上なくお得な買い物なのだから彼の満足げな顔も納得である。当然、俺の事も知っている様子だったが、特に触れてくるわけでもないのでまぁ助かる。
ダンガロから俺の生まれたバルハードの町へと至る長い旅路、その途中の温泉街までの護衛を受託した形だ。通り道にある渓谷に最近質の悪い盗賊が現れるようになり、多くの商人が被害にあっているそうな。
「リューズ」
屋根の上からシーラの声が聞こえる。
「なんだ?なんか居たか?」
「いないけど。この人達、なんで魔石に入れて運ばない?」
窓の外にシーラの長い黒髪がだらんと垂れて揺れている。いったいどんな体勢なんだよ。
「あのな。そもそもの話が大容量の魔石って超が付く高級品なんだぞ」
いくつかある魔石の種類の一つ、『収納魔石』。その収納容量は基本的にその魔石の大きさに比例し、冒険者が使っているのは本当に欠片くらいの大きさの収納魔石であり、容量もリュックとさほど変わらない大きさである。純度の高い希少なものだと、小さくて大容量のものもある。
「へぇ、そう。だからか」
本当に理解したのかわからないけれど、シーラからはそんな返事が返ってきた。ちなみに、シーラの収納魔石は俺が泊まっていた安宿の部屋と同じくらいの大きさであり、おそらく値段のつけようもないくらいの高級品だろうと思う。
「人間は入れらんないんだっけ?」
どんな当たり前の事でも、シーラから質問が来るだけで、その成長と変化に少し嬉しくなってしまう。
「厳密に言うと入れはするけど閉じられない。人間だけじゃなく、生き物全般な。動物も、魔物もな」
「へぇ、なんで?」
「……なんでって。……そりゃ、アレだよ」
当然のように答えはしたが、原理や理屈はわからない。そう言うもの、としか聞いていないし、実際にそうなのだから。恥ずかしながら、魔石の原理を理解して使っているやつなんていないと思う。だが、それで納得するシーラさんではない。
「ねぇ、なんで?アレってなに?」
「すまんっ、わからん!」
「リューズにもわからない事があるか」
変に取り繕うのも教育に悪いので素直に謝ると屋根の上からそんな声が聞こえてきた。そりゃあるよ。37年生きていようとわからない事だらけだよ。
隊商は5台の馬車が連なり、各馬車に冒険者が一組ずつ乗っている。俺たちの馬車が先頭。そりゃそうだ。シーラがいるんだから。
「リューズ」
しばらくして、再びシーラの声。
「お客さん」
のんきなその単語に窓の外を見ると、馬車の正面を塞ぐように二十人程の柄の悪い輩が薄笑いを浮かべていた。
「おォーい、止まれェ」
武装した男たちは各々魔石の付いた剣や槍を持っていて、武威を誇示するようにそれを馬車に向けて声を上げる。
「ゲヒヒ、悪いィが赤ん坊が腹を空かせていてな。お前らにできる選択は二つだ」
盗賊頭と思しき一段立派な鎧を着た中年男性は一本ずつ指を立てて、もったいつけて下卑た選択肢を示す。
「一つ、荷物を置いて立ち去ること。二つ、命もおいていくこと。どっちでもいいぜ、好きなほうを選びな」
シーラは幌の上から馬車内の俺をのぞき込む。
「だって。どっち?」
「……シーラさん、シーラさん。あいつらが噂の盗賊ですよ」
俺がひそひそ声で耳打ちをすると、『あぁ』と短く答えて幌の上に立つ。明らかにやる気のない表情で、欠伸交じりに。
「盗賊は食べられないから面白くない」
その言葉を聞いて、馬車の中には戦慄が走る。
シーラは馬車の上に立ち、腕を組んで盗賊たちを見下ろす。
「邪魔。どけ」
シーラの見た目は17歳の少女。明らかになめくさったその態度は盗賊たちの感情を逆撫でする。
「あぁ!?なんだと、ガキが!ぶっ殺すぞ!」
安っぽい恫喝を意に介さず、シーラはさらにテンションを下げて大きなため息をつく。
「……殺すと飯がまずくなるし。殺しても食えないし。いいこと何にもない」
幌の上に再び寝転がると、口元も隠さずに大あくび。
「始めるとき言って」
馬車と盗賊たちの間はギリギリ弓矢の間合いの外。全力で走れば10秒、と言った距離。見た感じどう考えてもワーウルフよりも弱そうな盗賊達。もしシーラがいなくて俺だけだったらどうするかなぁ?と考えていると、盗賊頭は怒りに歯をギリっと食いしばる。
「てめぇ……、俺を怒らせたなァ?ダンジョン踏破する事七つ!【七つの祝福を持つ男】と呼ばれたこの俺を!」
ダンジョン七つとは恐れ入った。世の中にはまだ知らないすごい人がいるんだなぁ。……世界で17個しかクリアされていないダンジョンを、こんなやつがクリアできる訳がないだろうが。しかも七つも。
立派に見えつつも少し錆の浮いた軽鎧に身を包んだ盗賊頭は、パン!と勢いよく両手を合わせ、詠唱を始める。
「天上の玉座より墜ち、西の涯てにてその身を朽ち果てさせる黄金の王よ。汝が最期に流す血の涙、その一滴は奈落の底にある我が炉心へと注がれる。光は影を孕み、影は熱を宿し、生は死を羨み、死は新たな焔の揺り籠となる――」
彼の周囲に魔法陣が現れ、詠唱を聞いて盗賊たちはざわめきだす。
「まっ、まさかお頭!あんな小娘にその魔法を!?」
「やべぇ、死人が出るぞ!」
それを聞いてお頭さんはニヤリと口元を弛める。瞼を閉じて詠唱に集中。その額には脂汗が伝い、疲労の色が見える。そして、詠唱はまだ続く。
「我は理を紡ぐ者にあらず。我はただ、忘れられた窯に火を灯す番人なり。悔悟の吐息を鞴とし、嫉妬の渇望を薪と焚べ、幾億の絶望を以てその窯を満たせ――」
「なっが。これ、待ってたほうがいい?すごい魔法?」
あきれ顔でシーラが問いかけてくるので、首を横に振る。
「多少アレンジされているみたいだが、現れている魔法陣を見るに中級炎魔法だな。独学なら大したもんだと思うし、学校出てるならこの程度かと言ったところだ」
「ん?よくわかんない」
「ははは、悪い。まぁ、一言で言えば大したことない魔法って事」
「ふーん、そっか」
「おっと、これ持ってけ」
シーラが動き出しそうだったので、おやつ替わりにパンを手渡す。手を伸ばしてパンを受け取るシーラは次の瞬間眉を寄せていやそうな顔をする。
「またお節介」
毎度おなじみ【再生】の押し売りへのクレームである。
「行ってこい」
「はいはい」
シーラはタッと反動なく幌を蹴ると、次の瞬間盗賊頭の眼前に現れる。すると、そのまま彼の眼前にあぐらをかいて座る。あまりの異質さに、盗賊達も手を出せず、遠巻きに見守るほかない。
そうこうしているうちに盗賊頭の詠唱も佳境に入る。だいぶ興が乗ってきたと見えて、詠唱にも力が入る。
「――満ちよ!満ちよ!赤黒く満ちよ!星すら熔かす一滴の原罪!太陽の骸を喰らいし七つの絶望よ、今こそその姿を現せ!」
盗賊頭はカッと刮目すると、パンをかじりながら目の前に座るシーラの姿を見てビクッと一度身じろぐ。だが、そこはさすがに悪党の頭。すぐに気持ちを切り替えて、シーラの目の前に手のひらを向けて声を上げる。
「死ねぇい!【煉獄七陽炎螺】!」
手のひらから放たれた炎熱魔法は超至近距離でシーラを襲い、包み込む。隊商の皆さんも馬車の中で固唾を飲んでその光景を見守る。
灼熱の炎はゆらゆらと陽炎を揺らし、燃え盛る。
――悲鳴も上げる間も無く消し炭となった。
そう確信した頭は、疲労感を滲ませながらもニヤリと口元を上げ、火柱を指差す。
「俺を舐めるとこうなる。さぁ、分かったらとっとと選びな!荷物を置いて消えるか!それとも――」
「……っふふ」
盗賊頭の恫喝は全く場違いな笑い声にかき消される。それは炎の中から漏れ聞こえた笑い声。声の主は言うまでも無い、――シーラだ。
シーラが右手を一振りすると、炎は煙を散らす様にたちまちに消える。
「なん……だと……!?」
驚く盗賊頭を意に解さず、シーラは満足げにパンをひとかじりする。パリッと小気味いい皮の音。それは焼きたてパン特有のものだ。
「パンはやっぱり焼きたてが最強」
嬉しそうにもうひと口頬張る。どうやら、さっきの魔法でパンを焼いてみたようだ。なんと言う応用力。
「さて、もういい?持ってる魔石全部出して。三秒待つから」
そう言ってシーラは右手を伸ばす。格の違いに引きつり笑いを浮かべる盗賊頭。それから盗賊団が壊滅したのは二分と掛からなかった――。




