30話 ダンガロ、最後の夜
――翌週、ダンガロ冒険者ギルド。
「おめでとうございます。本日付けで『三食おやつ付き』はC級パーティに認定されました」
ギルドから呼び出しがあり、俺たちが訪れると受付のビスカはにこやかな笑顔でそう告げた。
「おぉ……、ありがとうございます!」
誰かに評価されるのなんて12年振りである。感極まって思わず涙腺が崩壊しそうになるが、また『きも』とか言われるのが目に見えているのでグッとこらえる。
「なんだ、Sじゃないんだ」
シーラは心底がっかりした顔でため息までついている。態度悪いな、こいつ。
「あのな、シーラ。ビスカは最初から言ってただろ?ダンガロではC級までしか査定出来ないって」
「へぇ、じゃあ別のとこ行こう」
「お前なぁ……、それはさすがに感じ悪すぎんぞ」
白い目を向けて苦言を呈するが、それがシーラの気分を害したようで、シーラも不満気に俺をにらみ返してくる。
「だってそうじゃん」
「私もそれがいいと思います」
予想外にビスカがそう言ったので、俺は言葉に詰まってしまう。
「失礼ながら、シルヴァリアさんもリューズさんもこの地方の生まれではありませんよね?であれば、ここダンガロのギルドに固執する理由はないでしょう」
いつもは受付内で淡々と冷静に業務をこなす印象のビスカは苦々しい顔をしながら一枚の封書を差し出してくる。
「差し出がましい真似とは思いましたが、紹介状を用意させていただきました。王都ウィンストリア、その城下町にあるギルドに知り合いがおりますので、さらに上の等級への査定もスムーズに進むと思います」
根っからの『神戟』ファンの彼女。過信でなく、この苦々しい顔の理由はよく分かる。だから、俺は封書を受けとり、ビスカに頭を下げる。
「ありがとう。ちなみに期限ってある?」
ビスカは首を横に振る。
「いえ、特には。あぁ、しいて言えば――」
含み笑いを浮かべ、試す様な視線で俺を見て言葉を続ける。
「あなたが『仲間を見捨てるまで』有効です」
今ならわかる、それは嫌味でも皮肉でもない、俺へのエールだ。
「了解、忘れねぇ」
「ねぇ、長い。まだ?」
俺はシーラに白い目を向ける。
「まだ。ほら、豆食って待ってろ」
「ん」
シーラはいり豆の入った袋を満足気に受け取る。
俺とシーラのやり取りを、ビスカは微笑ましく見つめる。
「今後のご活躍、微力ながらここダンガロからお祈りしてます」
そう言って、ビスカは思い出したように意地悪そうに笑う。
「そうそう、お気を付けください。ウィンストリアのギルドにいる私の知り合いは……、『千剣』のレオン永続推しですので」
「……何を気を付けりゃいいんだよ」
そして、俺とシーラの腕輪は銅の腕輪に変わった。厳密に言えばシーラはソロとパーティで二つの腕輪が右手首についている。C級は銅、S級は特別製の透明な魔石だ。
「街、出るか」
問いかけると、シーラは当然とばかりに頷く。
「うん」
――そして、数日後。
連絡の取れたナインたち『満月の夜』を誘って、昇格パーティ及びお別れ会を行う。世話になったのでビスカも誘ったのだが、『公私混同が過ぎると査定の公平性が疑われるので』と固辞された。本当に、そのあたりしっかりしている。
場所は目抜き通りの超高級店『ル・リオン・エール』。
店の前に立つと、ナインたちは苦笑いを浮かべる。
「あの、リューズさん。ご存じないかもしれませんが、ここ冒険者お断りですよ?」
「ん?あぁ、知ってる」
少し前まで俺も同じ反応をしたからね。
「言っても無駄だぜ、ナイン。おっさんもうボケちまってんだ」
「ダルトン!リューズさんに失礼だよ!」
若者たち三人のやり取りを見ているだけで、なんだかおじさんも若返るような気がしてしまう。
「あ、予約っす。5名」
俺が手のひらで5を示すと、受付のお兄さんはクスリと微笑み恭しくお辞儀をしてくれる。
「お待ちしておりました、チキンハート様。料理長も首を長くしてお待ちしております」
「……はは、毎度わがまま言ってすいませんね」
シーラは両手をポケットに入れ、さも当然とばかりに俺の先を勝手に進み、若者三人は目を丸くして顔を見合わせたあとで口々に感想を口にする。
「マジかよ」
「……チキンハートってなに?」
「さすがリューズさんっ」
そして、料理長が特別に用意してくれた、屋上の専用テラス席へと案内される。
「いいか、シーラ。俺はこれからお前の料理作る為に厨房に行ってくるからな?喧嘩するなよ!?絶対だぞ!」
念のため何度も厳重に釘を刺すと、シーラは心底面倒くさそうにため息をついて、シッシっと俺を手で追い払う。
「わかってる。いちいち子供と喧嘩するほど暇じゃない」
「……お前の方が年下なんだよ」
満月の夜の3人は20歳、シーラは17歳。
「気にしすぎ。心配性おじさん」
不安の芽は消えないが、これ以上シーラに釘を刺してもきっと無意味だろう。言葉通り糠に釘と言うやつだ。
「ナイン、エイラ。頼むぞ。喧嘩したら教えてくれよ?飯抜きにするから」
「はいっ」「はい!」
「おい、露骨に俺を抜いてんじゃねぇ」
――そして、リューズは後ろ髪を引かれる思いで厨房へと向かう。彼が手を加えないとシーラがおいしい食事ができないから。
◇◇◇
リューズが離れた屋上テラス席。シーラは頬杖を突いて眼下の灯を眺めながら、やがて運ばれてくる料理に思いを馳せる。その気持ちはテーブルの下でリズムをとるつま先に表れている。
「あ、あの……。C級昇格、おめでとうございます」
神聖術士・エイラが声を掛けるが、シーラは視線もやらずにそのまま街を眺めている。もう一度声を掛けて良いものかどうか、エイラはあうあうと口を動かしながら言葉に詰まる。
「おいコラ、無視してんじゃねぇぞ」
それにカチンと来たダルトンがテーブルをバン!と叩くと、シーラは面倒くさそうに視線をダルトンに向ける。
「……うざぁ」
「あぁ?」
エイラとダルトンは引きつった笑いで二人の間に割って入る。
「ダールトン!喧嘩するなってリューズさんに言われただろ!?早速破るなよ!」
「俺じゃねぇ!先にケンカ売ってきたのはそいつだろうが!」
「まっ、まぁまぁ!そ、そうだ!シーラさんはなんの料理がお好きなんですか!?私はクリームシチューが大好きです!」
エイラの言葉を聞いてシーラは興味深そうにエイラを見る。
「クリームシチュー。それ知ってる。おいしい?」
「はい!すっごく!……うちのママが得意でよく作ってくれたんですけど、牛乳たっぷり入れて、鶏肉とか……お芋が入ってて。ご飯にかけて食べると――」
「シチューに米は邪道だろ。お前んちだけだ」
「はぁ!?何言ってんの、おいしいでしょうが!」
エイラとダルトンはヤイヤイと言い合い、シーラはそのやり取りを終えるのを待ってから、エイラに問う。
「ビーフシチューとどっちがおいしい?」
質問の意味が分からず、エイラは首を傾げる。
「ん~、どっちもおいしい……ですよね?」
困惑気味のエイラとは対照的に、シーラは自信と確信に満ちた笑みを浮かべる。
「私はビーフシチューが世界で一番好き。リューズが作ったビーフシチューがこの世で一番おいしい」
それを聞いて、エイラも目をキラキラと輝かせる。
「リューズさんのビーフシチュー……。いいなぁ、私も食べてみたいなぁ」
「言えば作ってくれる。任せて」
シーラは鼻息荒く安請け合いをする。
しばらくして、リューズと料理長がたくさんの料理を伴ってやってくる。
「はいはい、お待ちかねの料理だぞ。皆料理長に感謝しろよ」
コース料理のように形式ばった物でなく、サラダやステーキ、サイドメニューがいっしょくたに運ばれてくる宴会スタイルだ。
「うおぉ……、すっげぇ」
海鮮と野菜を油で炒めた冒険者風料理、伝統に乗っ取った牛ステーキ、色とりどりの季節の野菜に自家製ドレッシングを添えたサラダ、テーブルの上は煌びやかな展覧会さながら料理たちが居並ぶ。
「おいしそう……」
リューズは傍らに立つ料理長を三人に紹介する。
「なんの勘違いか俺に良くしてくれるこの店のオーナーシェフ・ミゲイロさんだ。きちんとお礼を言って食べるように」
「ははは、ご謙遜も過ぎると嫌味に聞こえますよ、リューズさん。先生のお陰で、私の料理もさらに一段高みに至れたと自負しております。今日は先生の門出を、私の『心』で飾りたいと思っています。是非!その――」
ミゲイロ料理長の言葉をシーラは遮る。
「長い。ねぇ、リューズ。ビーフシチュー作って。この人に食べさせたい。世界で一番おいしいやつ」
エイラを指さしてシーラがそう言うと、リューズはあきれ笑いのあとで困り顔を浮かべる。
「この人……って、エイラな。いい加減名前覚えろよ。で、それは嬉しいんだけど、あれ時間掛かるんだよ。すぐは作れないぞ?」
ダンジョンで作った時も、5時間掛かっていた。それも時短ありきでの5時間。とにかく、煮込み料理を本気で作ると時間が掛かる。
「えぇ……、それは困る」
リューズは、チラリと料理長を見る。そして、互いにニッと笑う。元々、シーラがこの店を訪れたのはビーフシチューを食べる為だった。ダンジョンで食べたミノタウロスのビーフシチューと、最高級のビーフシチューを食べ比べる為に。言わば、リューズとシーラの始まりの料理とも言える、ビーフシチュー。
それを作っていない訳がない。
鋭敏な嗅覚を持つシーラから何とか隠し通す為に隠していた寸胴を開くと、夜のテラスには琥珀色に色づいた香りが蝶のように舞い、若者たちの鼻腔をくすぐる。
「……っふふ、これこれ」
シーラは待ちきれないと言った風に嬉しそうに笑う。
「わぁ……、きれいですね」
そして、乾杯も無しに宴会は始まる。
シーラは待ちかねたビーフシチューを純銀のスプーンですくうと、そっと口に運ぶ。リューズや料理長はドキドキとした面持ちで反応を見守る。ゴクリ、と一口飲みこんだシーラは血相を変えて、勢いよくリューズを見る。
「リューズ!何これ、前のと全然違う!」
強い口調で言い放つ。だが、それは抗議の声では無かった。
「……なんで?前より、もっともっとおいしいんだけど。おかしい。世界一だったはずなのに」
困惑の表情で、心底不思議そうにシーラは首を傾げる。それはリューズにとって最大の誉め言葉。
「ふはは、修行してるって言っただろ」
シーラは嬉しそうに、隣に座るエイラを見る。
「食べて!おいしいから。世界一おいしいから」
「う、うん!……えへへ、リューズさんのシチューかぁ」
呟いて、エイラもビーフシチューを一口口にする。すると、口元を隠してシーラを見る。
「本当、おいしいっ!」
シーラは得意満面の表情で頷く。
「世界一だからね、当然」
エイラは恥ずかしそうに料理長をチラリと見て、言い辛そうに呟く。
「……あ、あの。ご飯とかって、もらえたり……しますか?」
「出た。また白米かよ、てめぇ」
ステーキを切りながらダルトンがあきれ顔を向ける。
「いっ、いいでしょ別に!?」
料理長はにこやかに頷いて、エイラにライスの載った皿を運ぶ。
五人はテーブルを囲み、賑やかな時が過ぎる。
少し蒸し暑い夜、時折吹く風がほてりを覚ます。群青色の空には星が煌めいていて、満月が人々の暮らしを照らしていた。
「リューズさん、C級昇級おめでとうございます。……と、言ってもあなたたちならすぐにもっと上に行ってしまうと思いますが」
そう前置きをすると、ナインはまっすぐにリューズを見て宣言する。
「ですが、あえて宣言させてください。リューズさん、僕たちは『神戟』を超える……最高のパーティになりますから」
二回り近く年下の彼からの、ある種の宣戦布告の言葉。それを受けてリューズは右手を差し出す。
「あぁ、なら俺たちは――ライバルだな」
ナインは、リューズの右手を掴む。それは、かつて憧れた英雄の右手。幼い頃、ダルトンが貰ったリューズの皮手袋。三人で、何度もその手袋と握手をした。
その手は、あの日の手袋と同じ大きさだった。
こうして、リューズとシーラのダンガロ最後の夜は更けていく――。
ここまでご愛読ありがとうございます!
ここで序章は終わり、物語は本筋に入ります。
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